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凍てつく王国  作者: 玖波 悠莉
後編
66/86

11-2 詠唱


冬の夜は、寒い。今年の寒波は窓の隙間、薄い壁の向こうからしみ込んできて暖炉の僅かなぬくもりを奪い去ってゆく。だかしかし、この家の寒さは外からくる寒さだけではなかった。

「おやすみ。」

簡素な食事を終えた後、マリアはあくびをしながら2階にある部屋へと上がっていった。そこに黒髪の小柄な少女もついて行く。

「あら、その耳飾り…つけたままでいいの?」

小柄な少女の耳に赤い石の耳飾りが揺れている。

「あ、忘れてた。」

今気づいたように耳に手をやる。

「それにしてもきれいよね…それ。」

「うん。昔貰ったんだ。」

「あら?男の人?」

マリアががぜん嬉しそうに言った。

「うん…かなり昔だから。このくらいかな?の頃。」

そう言って腰のあたりをとんとん、と叩いて見せた。

「ああ…そうなの。」

「そんなに露骨にしなくても。セレスタン…って言ってたかな?」

「へぇ…このあたりの名前じゃないわね。そういえばウルサーンの王様とおんなじ名前ね…。」

マリアはふぅん…と言ってから思い出したように付け足した。

「へー。」

何の気なしに相づちを打ったようだったが、その目は紅い耳飾りを見つめていた。

「じゃ、灯り消すわよ…。」

ん、と黒髪の少女が返事をして、マリアが明かりを消す。

ふっと火が消えて辺りは闇に包まれる。

そして、マリアと呼ばれた少女がすぐに穏やかな寝息をたてはじめると、黒髪の少女はそろりと部屋を抜け出した。かすかにマリアが身じろぎをしたものの、起きることはなく、すうすうと寝息を立て続けた。

その寝顔をみて、黒髪の少女は闇の中で哀しいような、幸せな様な、複雑な笑みを浮かべた。眠るときすら厚着をしたままの彼女は、音を立てずに壁にかかった外套を羽織ると、すべるように窓を開け、そっと外に出ると、元のように窓をしっかりと閉めると、2階の窓から軽く飛び降りた。

猫のように身軽に夜の街道に降り立てば、静かな闇夜に大きな月が彼女を見下ろしていた。

「明日は満月かなあ…。」

独り言ちた呟きは透明な夜にひっそりと響いた。

昼間はあれだけいた人々も、どこかに行ってしまったようで静まり返っていた。

溜息をついてフードを外す。黒い長い髪が月の光を弾いて銀色に輝いた。透明な吐息をまるで追うかのように、紅い瞳が下を向いた。

ばあさまが教えてくれたのは碧い瞳を紅く見えるようにする方法だったし。なんでそんなことをばあさまが知ってたのかは分かんないけど、とりあえず役には立たない。いつもはフードを目深にかぶって見えにくくしてはいるけど、マリアとその家族は確実に知っているし、他にも知っている人間はいるはず。それでも、髪を黒く染めただけでも随分と雰囲気が変わったのは良かった。冬なので厚着をしていれば籠手や帯、果ては双剣まで隠れるのも好都合。

ただ、夜眠ってしまえば同じ部屋のマリアは当然、マリアの家族も凍死してしまいそうだから夜はいつもこうして闇の中をふらついてる。気づいているかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、何も言われないから、彼女の好意に甘えてる。

冷たい北風が街道を渡っていく。細い高い叫び声を上げながら。

はためく外套の裾から真っ白な肌がのぞいた。

王都までまた戻ってきてこの街をさまよっているときに彼女に出会った。うっかりアリアと本名を名乗ってしまったけど、あら名前似てるわね、と言った彼女は結局今の今までアリアを居候させてくれてる。

それにしても。

どうにも腑に落ちないというか、食い違うというか。

街に下りたのは12、3年ほど前のはずだったと思うのに。その頃は一族の他の人達も割合頻繁に人間の街―特に王都―に下りていたと思う。最近はさっぱりだったけど。

それに。

セレスタン。あの時は小さな子だった。同い年くらいで、今思えば護衛の数や世間知らずの様子は間違いなく良家の子息だったし、何よりばあさまが王子って言っていた。だけどアレストリアにそんな名前の王子はいないし、ウルサーンにもいない。ウルサーンの王は同じ名前だけど、すでに壮年。子供はいないはず。何十年か、ずれてる。

くあ…と欠伸をする。

確か、シグ達と一緒に遠征に行ってた間…黒ずくめと戦った後くらいだったっけ…全く寝てなかった。そろそろ1か月近く寝てない。

眠っていなくてもすでに熱を奪いまくってるかもしれない。

ふと、人の気配を感じて振り返る。

そして、全く人のいなかった訳を知った。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

アリアです。

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