10-7 絶鳴
陽が、高く昇った。
昨日とはうって変わり、白い雪の大地が、直視できないほど輝いていた。
静寂は闇と共に過ぎ去り、今はかすかに氷が解けるきし、きしという音が聞こえていた。
相変わらず、外は極寒の地だったが、一晩中火を焚き続けた横穴の中はそれほど寒くはなかった。
「へぇ…俺らが眠ってる間にそんなことがあったんすか…。絶対戻ってこないと思ってたんすけどね。」
「普通はそうだろう…。」
焚火の周りに昨晩と同じように車座に座った彼らはシグルーンの話を聞いて首をひねっていた。
「謎だな。」
「で、どうするんすか?」
「どうするも何も…ここがどこかも分からないんだし、出来ることなんてないだろ、特に。」
「ああ、なるほど。戦死が凍死に変わっただけ?的な?」
「ならまぁ、酒でも飲むか。襲われて死ぬこたねえんだろ。」
そう言ってヘンケルが荷の中からごそごそと何本かの酒瓶を取り出した。
「確かに。」
「そだな。ま、一言で言うと、良かったな、シグ。ってとこだろ?」
若干肩をすくめたジャックがにやりと笑った。
「なんでそうなる!」
「違うのか?」
「…。」
おらよ、とジャックに酒瓶を投げたヘンケルが盛大に笑った。
「へぇ…。よかったっすね?隊長?」
にやにやとワイザーが酒をあおる。
彼等の荷物に食糧はあまり入っていなかったが、酒は十分にあった。王都に生きるために旅をする者たちには食糧が必要で、酒は、必要なかったから。
水は凍ってしまっていたが、酒はすぐにでも飲めた。
「お前にはやらん!」
ジャックに酒瓶をもらおうと手を出したシグルーンはジャックに拒まれた。
「隊長はお子様なんで。」
次いでシグルーンが目を向けたワイザーもすげなく断った。
「やらねーよ。」
ヘンケルは何も聞く前にひらひらと掌を振って自分の酒瓶をあおった。
「お前らなぁ…。」
仕方なく立ち上がって自分で酒を取りに行こうとしたシグルーンをヘンケルが手で制した。
「なんなんだよ、一体…。」
溜息をついて座りなおす。
「アリアが戻ってきてよかったとか思ってるやつに飲ます酒なんざねぇんだよー。」
なぁ、ワイザー、と早くも赤ら顔のジャックがシグルーンを横目で見た。
「そーっすね…。色々と聞かなきゃならんことがあるんでぇ、酔いつぶれられちゃ困るんすよ?」
ちぃん、と彼等は酒瓶をぶつけて笑った。
「お、そのあるんでぇ、な感じ、ルイーゼ意識してんのか?ワイザー?」
「してねーだろ…。そんなどおっでもいいこと気にしてんのはお前だけだよ。」
ぐびりと酒をあおったのはヘンケル。
「いや、別にルイーゼなんて、どうでもいいぜ?おれもー?」
「いやほんと、ジャックさんの話なんて心の底からどうでもいいんでちょっと黙っといてもらえませんかね?んで、どうなんです?隊長?」
憮然としたシグルーンにワイザーが向き直って、くだをまき始めたジャックを脇に寄せた。
「うわーワイザーがひどい事言う―。」
「そういうな、ワイザー。思っても言わないのが優しさだ。」
ジャックを丸無視してヘンケルがワイザーに相槌を打った。
「いらねーよ、そんな優しさ…。」
「はいはい、俺が話してんのは隊長なんで。」
「うるせーな、ジャックの話聞いてやれよ…。…聞かないのも優しさだろう…。」
訳が分からん、と頭を抱えるシグルーンに、ヘンケルが身を乗り出した。
「おめーに酒を渡すか否かの分水嶺だ。きちっと答えろや。」
「なんでそうなる!」
ああ…ほら、あれだろ…?とヘンケルがワイザーを顎でしゃくる。
「まぁ、言ってみれば、俺とヘンケルさんっすもんね…。」
ジャックは酒瓶を抱えてごろごろと横穴の入り口の方へ転がっていっていた。
「おめーだけなら何とかなるだろーよ…。」
ぽつり、とヘンケルが漏らした。
「…素面の隊長だけなら無事で帰りつくこともできるでしょう?」
ワイザーもシグルーンと目を合わせない。
「何とかなる…⁉何を言っている!」
激昂して、立ち上がりかけたシグルーンを、またもヘンケルが制した。
「あーもー怒るなよ…。だからお前には酒はやんねー。」
へらへらと、あくまで笑いながらワイザーもヘンケルに賛同した。
「そっすよねー…ヘンケルさん?」
「お前ら…!」
と、横穴の入り口で転がっていたジャックが気の抜けた声をかけた。
「ほらほら、シグ、お客さんだぜー。真っ白な美人さん~。」
ぱたぱたと、酒瓶を持った手を振っている。
「お前、飲み過ぎだ…いい加減にしろよ…。」
いらいらとシグルーンが立ち上がってジャックを拾いに行く。
「お迎えでも見えたんじゃないっすかねー?しっかし、真っ白な美人さんたぁ、うらやましい。アリアじゃないっすか、まんま。」
全くその通り、とヘンケルとワイザーが爆笑する。
「あっははー!確かに!言えてんなぁ!…おーい、こっちこっちぃ!」
シグルーンの制止も聞かずにごろごろとジャックは転がる。
「おい、ジャック!酔い過ぎだって言ってんだろ!外でんな!本当に死ぬぞ馬鹿!」
外に向かって転がっていくジャックを横穴の中に向かって蹴り飛ばしたシグルーンは、ジャックの手を振っていた方を見やって、愕然と動きを止めた。
「は……?」
目元に掌を当てて、頭を振る。
「おい、どぅしたよ―?」
奥の方でヘンケルが呼んでいた。
息を吐きだせば、真っ白に染まって、少しの間向こう側がぼやけた。
それでも。
白い吐息が消えて、そこには、真っ白な、紅い瞳の少女が、いた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
あと3話とか言ってましたが、すみません、意外と終わりませんでした。