10-4 絶鳴
更新が遅くなってすみません。
「…いいんすか?ほっといて。」
アリアが消えって行った白い夕闇の方を眺めて、ワイザーがぽつりと呟いた。
「ああ…すまんな…。」
ぼんやりと焚火を眺めながらシグルーンが答える。
「なーに謝ってんだよ。」
ぽん、とジャックがシグルーンの頭に手を載せた。
「ああ。お前のせいじゃねーよ、シグ。」
「…なんだ、起きてたのかよ、ヘンケル。」
驚いたようにジャックが眉を上げる。
「シグは気づいてただろ?気づいてねぇのはお前とお姫様くらいのもんだぜ。」
「なんだと!ワイザー、お前、気づいてたのか!?」
「まぁ、そっすね。」
「言えよ!」
「いや別に…」
わめくジャックを尻目に、ヘンケルはゆっくりと体を起こし、シグルーンに向き直った。
「それは良いとして…一応、説明だけでもしちゃもらえねぇか?まぁ、薄々分かっちゃあ、いるけどな。」
言われて、シグルーンは背筋を伸ばして、
「すまない。」
深々と頭を下げた。
「ん?」
焚火の上でワイザーに薪を投げていたジャックが不思議そうな顔をした。
「いやいや、俺ぁ別に謝ってくれたぁ、言ってねえぞ。」
ヘンケルが困ったように頭を掻いた。
「いや…説明する前に謝っておくべきかと思ってな…。」
ワイザーが飛んできた薪を炎の中に叩き落として溜息をついた。
「隊長…言っときますけどね、俺らは別にあんたのせいでここに居るんじゃないんすよ。」
「だいたいなぁ、シグ、お前そもそも一人で行こうとしてたのについてったのは俺たち。いいか?」
ちょいちょい、とジャックは細い木の枝でシグルーンをつつく。
「そうはいってもな…。」
「いいってことよ。それで?」
俺なんてただの足手まといだしなぁ、とヘンケルは笑いとばしながら先を促した。
「…わり。なんていうか、アリアは…帰る場所があるだろう。俺達だってまぁ、王国に戻るってことにはなってるが…その、アリア、国に連れて帰ったら確実に殺されるってわかってるわけだし、な…」
「うん…?」
ヘンケルが首をかしげ、ワイザーが瞬きをした。パチパチと炎が揺れた。
「…シグ、お前、途中からわざとアリア怒らせようとしてただろ?」
ジャックが確認するようにシグルーンに尋ねた。
「ああ。…?お前も分かってて乗ってきたんだろ?」
シグルーンが怪訝そうな顔をした。
「あ…いや、まぁそうなんだけど。」
うーん、と頭を掻くジャックを見てシグルーンは暫し考え込むようなそぶりの後、ゆっくりと口を開いた。
「…。俺たちに下った命令は冬の雪崩直後の山に猛吹雪の中でたぶん生きてはいない遭難者を探し出して帰って来い、だろ?」
「ああ。とりあえず、死んで来い、的なやつだろ?」
「そうそう。なんでわざわざそんなことをさせたか…と言うと、たぶん、雪崩の原因が北の山脈の民を怒らせたから、で、なんで怒らせたのかと言うと討伐隊が攻めに行ったから。と言うのがどこかの段階で国民にばれたんだろう。ま、たぶん討伐隊の遺族かなんかだろうがな…。」
ワイザーが溜息をついた。
「それで、金もないからその辺の補償ができないってことっすか。その代わり、王家も身を切ってるって国民に示さにゃならんってことっすかね?」
「そういう事になるだろうな…。」
「おー、ワイザー、頭いいなぁ?」
ジャックがからかうようにワイザーに小枝を投げて、当たったヘンケルに睨まれた。
「なるほど、捜索で冬山に赴いた部隊は奮闘むなしく散っていく訳だ。それが王子ともなればなぁ?もはや美談にしかならんっつーことか。兵卒思いのオヤサシイシグルーン様、てか。」
「そういう事だ。アリアを連れてようがいまいが、あんだけ大規模な雪崩に正面からぶつかった奴らを生きて連れて帰ってくるのは無理だ。そもそも発生地点から遠すぎる。仮に生きてたとしても手遅れだ。…最初から捜索なんて言うのは口実だ。なら、アリアが殺されるのを見に王都に連れて帰る理由はない。」
「待て待て、話が飛んでるぞ、シグ。最後の一文がつながってない。」
ジャックがヘンケルとワイザーの方を向いて慌てて言った。
「…む。王国の上の方の奴らとしては…俺たちが生きて帰っても嬉しくない、もし帰ってきたら見せしめにアリアを殺すか、ってところなんじゃないのか?いや、寧ろアリアだけでも王都に連れてきてほしかったのかもな。悪意の標的ができるしな。」
「アリアは王都に連れて来いとは言われなかったのか?」
「ああ。そこまで思い至らなかったのか…違うだろうな。」
ぽつり、とワイザーが呟いた。
「ハインツさんが握りつぶしたのかもしんないっすね。」
「…そうだな。あいつは、あれでもかなり気の利く、奴だしな。…戦死したとでも伝えたかな?ぼろくそに怒られそうだが。」
少し、辛そうにシグル-ンは笑っていた。
「全く…お前もなかなかのお人よしだが…副官までお人よしとは思わんかったな。」
「お人よし?俺が?」
「誰それ、みたいな顔してんじゃねーよ、お前の事だよ、シグ。」
「まぁ、お人よしじゃなきゃ、俺らみたいな底辺の人間拾おうなんて思いませんでしょうけどね。」
死刑寸前のお前は多分最底辺だよ、とジャックが笑った。
「は?何言ってんだお前ら。アリアにも言ったが、俺はアリアには人質としての価値があると思って…」
「いやいや、素直になろうぜ…。それなら何もわざわざ、親衛隊に入れて身分を保障する必要とか、ねえだろうがよぉ?」
「それは…アリアは、別に…いや、ただの被害者だろ。国の…アレストリアの。」
「別にそりゃ否定しねぇけど…。」
「そういう意味で言えば、お前らもかな…。」
「いやぁ、俺らは単に運が悪かっただけだろ。知ってるか?運が悪いと、歩いてるだけでも死ぬんだぜ。」
こう…通り魔にやられたりしてな、と枝をヘンケルに突き出したジャックをワイザーがくつくつと笑った。
「そうまで言わねえとしても、今年は特にいろいろとな。」
ジャックから取り上げられた枝はヘンケルに投げ込まれて勢いよく燃え上がった。
「で、そこまで言い繕わなきゃならんのはどうしてっすか?隊長?」
ワイザーがシグルーンににやりと笑いかけた。
「お?いうねえ、ワイザー君。」
「まぁ、こんなむさくるしい男どもを助けるのには言い訳しねえのになー?」
「そういじめてやるな、ジャック。最初はいつもと同じく、お人よしが発動したんだろうよ。最初は。」
「…お前ら…。死因が凍死でも事故死でもなくなっていいみたいだな…。」
「お?図星?」
「え?あ、いや、今のは…。」
わはははは…
横穴の冷たい壁はよく響き、底抜けに明るい、それでいてどこか哀しい笑い声を、闇に沈みかけた外まで運んでいた。
終わりを目の前にしながら、悲しいほどに陽気な笑い声だった。
横穴の入り口の横で立ち尽くしたアリアにも、その声は、届いていた。吹雪が吹き付ける中、白い頬が濡れていたのはきっと、雪のせいだけではなかっただろう。
アリアは唇をかんで、ゆっくりと真っ暗な空を見上げた。
そうしていないと、零れ落ちてしまっただろうから。
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