10-2 絶鳴
「そもそもの、話から始めよう。」
外から、ゴウゴウと風の唸る音が聞こえた。
暗闇をちろちろと炎が照らす。ジャックとシグルーンがおこした火だった。
雪に覆われた山の斜面にぽっかりと空いた横穴。その中に彼等はいた。入口に近い方にアリアが一人で座り、火を囲むようにしてシグルーン、ジャック、それからワイザーが座っていた。横穴の一番奥…火のほど近くでもある…にヘンケルが皆の外套にくるまれて寝かされていた。
「そうだな…アレストリアは元々さほど大きな国ではなかったが、近年、近隣の小国を平らげて、勢力を拡大していった。ここまでは知っていると言ってたな。」
揺らめく炎の光を見つめながらシグル-ンは、口を開いた。パチリ、とアリアがとってきた木が炎の中で爆ぜる。
「うん。」
「それをやったのが…現国王、ま、俺の父親でもあるわけだが…。数年前、病で倒れた。」
「数年前?」
「ああ。…話をつづけるぞ。王が病に臥せってから、政治の実権は兄たちが握った。当然といえば当然だが、次の王位への覇権争いが始まった。」
「シグは入ってないわけ?」
「ああ。俺は母方が貴族の出や、まぁ、そう言った家柄じゃなかったもんでな。」
「…そう。」
アリアは話を聞きながら、入り口近くの凍った壁に背を預け、伏目がちに外を眺めていた。
ぱちりと薪の爆ぜる音がした。
アリアは、ちらりとシグルーン達に目をやったが、再び、外に視線を戻した。
「その状態で、何年かが経ったが、今年、…そう、今年の夏からが問題だった。」
ジャックが溜息をつき、ワイザーが疲れたように薪を火に投げ込んだ。
一瞬、火は薪を飲み込んで大きくなったが、まだ薪は乾ききっていなかったのかぐずぐずと燃え、火は少し、小さくなった。
「冷夏だった。今年の夏は寒い夏で、作物の出来がかなり、悪かった。おかげで軒並み物価が跳ね上がった。」
「…そういえば言ってたね、ルイーゼさんがそんなこと。」
「ああ…。景気が悪いと娯楽は真っ先に手が出なくなるからな…。」
アリアは手近にあった氷柱をぽきりと折って、吹雪の舞う外へと放った。
「それで?」
「…そのまま秋が来て、冬にさしかかった。いつもより、ずっと寒い冬に。」
「金もない上に寒い冬ときたもんだ。最悪だ。」
ジャックがまた、薪を放る。
「アレストリアは父が病に伏せるまでは、他国を吸収して、そこそこ良い生活を送っていた。それが、一気にひっくり返った。この冬は死者が多くなるはずだ。餓死や、凍死といった普段ならほとんどいないはずの死者が。」
シグルーンは溜息をつきかけたが、そのまま、話をつづけた。
「そうなると、先は見えず、不安ばかりが募る。民衆の不安や不満が募ると、国が多きく揺らぐ。父が健勝だったなら、少しは違っていたかもしれないが、王座にいるのはお互いを牽制しあう兄たちだ。まぁ…ただ兄たちが愚かだという訳ではないだろう、足元が不安定極まりない上にこれだ。仕方がない、と言うつもりも、ないが…な。そこで、兄たちは原因を外に求めた。悪役を作ってしまえば、民衆の怒りや不満はそちらに向かう。」
ガキッと握りしめたアリアのこぶしの中で氷が砕けた。
「…ちょっと、待って。それは…どういうことだ?!」
シグル-ンは、少しの間、沈黙し、再び口を開いた。
「…この不況も、寒波も、どこかに原因があるという事にしたわけだ。そして、そんな折に、北の山脈に棲む白い一族の情報が入ってきた。氷の一族、という形ではなかったが…聞けば、その一族は冷気を操れるという話ではないか。それなら…と」
「ふざ…っけるな!どうやったらそんな話になる…!」
ぱらぱらと砕け散った氷の欠片を掌からこぼして立ち上がる。
「…。さすがに、その話を頭から信じはしなかっただろうが、別段、失敗したところで露見することもない。何か見つかれば儲けものだと思ったんだろう、一度、北の山脈に捜索隊と称して兵を派遣した…。」
シグルーンはその先を継ぐ前に、溜息をついた。ひどく、疲れたように。
「そこで…アリアを、見つけた、そうだ…。」
愕然と立ちすくむアリアの見つめる先で炎の中の薪がパチン、と弾けた。
揺らめく炎の光は、アリアに背を向けるシグル-ン達の影を、なお一層濃く、大きく浮かびあがらせていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
何分文章力がないもので、説明が分かりにくいとは思いますが、大目に見てやっていただけると嬉しいです。