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凍てつく王国  作者: 玖波 悠莉
前編
42/86

8-3 遠征

ぬかるんだ地面を叩く雨音がした。その中に密やかな足音が5人分混じっていたが、彼等の目指す敵陣において、気づいた者はいなかった。

「隊長…。話が違うじゃないっすか。70人くらいいるぜ?それで、あっちの方のボロ小屋2つ占拠してた。」

偵察に出ていたジャックが合流して、こそこそと報告していた。

「誤差の範疇だろ。」

投げやりにシグルーンが答える。しかし、声はしっかりと抑えていた。

「どこがよ。」

「1.5倍くらいになってるぞ…。」

ひそひそと話を続ける。

「まぁ、正規軍の連中だったらそう言うだろうけど、な。」

「たぶん、私たちが遠征に出る前はそんなものだったんでしょう。」

「ああ。それが今では膨れ上がってしまいました、ってところかな?」

「たぶんな…。にしても、ウルサーンは何やってんだろうな。こんな国境線で盗賊が出てたら普通なんとかするだろ。俺たちみたいに。」

だろ、とシグル-ンがハインツに囁く。

「ここのところ、国境線がウルサーンとの国境になった途端、正規兵は全くいなくなりましたもんね。」

「国境に全く兵をさけないってことはないだろー。」

「全軍挙げて港でも造ってるのかな?ないか。」

確か港造ってるって言ってたよね、とアリア。

「あー、でも、ウルサーン側にはあんまり行ってないみたいだけどな。」

聞いた話によると、とジャックが偵察に行った時の話をする。

「盗賊がか?盗る物がないんじゃないか?」

「それはこっちもじゃない…?」

「確かになぁ…。」

妙に納得してしまって皆が黙り込む。

「ま、余裕がないのはこちらも同じですがね。…征きますか。」

溜息を一つついたハインツが濡れた髪を払いのける。

「ああ。」

真っ暗な闇の中で、彼らの他も位置についたのを確認したシグル-ンが、短く、密やかに、ひゅっと口笛を鳴らす。かすかな音だったが、遊撃隊はそれによく答えた。

キリッ…と小さく弓弦を引く音がした。

一瞬後には、雨音に混じって、激しく地を穿つ音がした。矢の雨だった。

闇の中、さらにはひどい雨の中で、ほとんど狙いはつかず、盗賊たちがねぐらに使っていた小屋に当たった矢もほとんど弾かれたが、それでもいくつかが貫通した。

小屋の中で悲鳴が上がった。

「突撃…!」

シグル-ンの合図で、アリアたち5人は矢の雨が降り注いだ小屋へ躍りかかる。一瞬でアリアとシグル-ンが他を引き離し、それぞれ粗末な小屋の入り口を蹴り飛ばす。

「武器を捨てろ!投降すれば命までは取らない!」

シグルーンが叫ぶ。

だが、寝込みを襲われ、突然の恐慌に陥った盗賊の耳には届かなかった。

「おい、敵襲だ!」

「どけっ!」

投降しようとする者は誰もおらず、がむしゃらに跳びかかってきた。

戸口を蹴り飛ばしたアリアに、斧を持った大男が襲い掛かった。ぐっと身をかがめて斧をやり過ごし、大男の体の横をはねるようにしてすり抜ける。すり抜けざま、軽く跳躍してその首元に剣の刃先を埋め込み、叩き切る。一瞬前までアリアが立っていた場所に大男が崩れ落ちた。

投降する者がいないのを見て取ったシグルーンは、影のように小屋へ音もなく入り込むと、小屋の中で赤々と焚かれていた薪を蹴り飛ばした。ボッと火の回りに落ちていた乾いた布に火が燃え移り、小屋の中を真っ赤に染め上げた。

小屋の窓に飛び移り、そのまま外に出ようとしたシグルーンに盗賊が殺到する。

「おおお!」

振り上げられた長剣を躱すこともせずに、その首を目視すらできない一閃で刈り取り、血しぶきがその場に噴き出す前に、窓枠を蹴って冷たい雨の降る闇夜に飛び出した。

炎と煙に巻かれてたまらず扉から飛び出してくる者は、外に立っているハインツとジャックに残らず切り伏せられた。

ロバートに叩き壊された小屋の中は、アリアによって沈黙させられていた。

強烈な雨に叩かれて、小屋の火は徐々に小さくなっていく。だが、盗賊たちがその赤い光に照らされた殺戮者を目に焼き付けるのには十分だっただろう。


それからしばらくたって、ようやく陽が昇った。小屋の片割れは焼け落ち、もう一つは壁が無残に砕かれていた。陽は登っても分厚い重苦しい雲が垂れこめたままで、空は赤く染まっていた。結局、投降したのはほんのわずかで、雨でぬかるんだ地面もまた、空と同じように赤く、染まっていた。夜が明けても止まない雨が、少しずつ血を洗い流していった。

読んでいただき、ありがとうございます。

何だかかなり暗くなってしまいました。次の本編から伏線の回収を始めます。

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