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しかし、驚愕に目を見開いていたのは白い女の方だった。
ゴトリ、と重たい音と共に鋼鉄の枷が床に転がった。小さな亀裂が無数に、氷の床に走った。
「凄まじいな…。鉄の枷が付いた状態でその速さか…。武装解除なんざ、全く役に立たないじゃないか…。」
男は首筋に突き付けられた氷から身を引くようにしながら感嘆した。
転がった枷を暫く無言で見つめていたが、やがて、男を見上げるようにして、溜息をついた。
「…抜く手も見せずに鋼鉄を切断する奴が何を言う…。」
首を振って、氷を軽く放り、へたりこんだ。
「…何も見えなかった…。」
小さく、呟きながら。
「で、どうする?」
ふー、と長い溜息をつくと、白とも光の具合によっては銀色にも見える長い髪をかきあげて、きりりと男を見上げた。
「…いいだろう。貴様に協力してやろう。」
凍てついた床から立ち上がった氷の姫は双眸の炎を揺らめかせた。
がしゃりと重たい音を立てた鎖はすでに彼女の足にはない。
に…と笑った男は霜を踏んで彼女に傅き、
「お手をどうぞ、我が冷たき姫君。」
と言った。
彼女は男を一瞥すると、瞼を閉じて疲れたように溜息をついた。彼女は男に目もくれず、ぽん、と何の感慨もなく差し出された手に冷たい掌を置いた。
「では、本日付で我が遊撃隊への入隊を許可しよう。名は?」
置かれた冷たい手を取るなり、男はさっと立ち上がった。
寸の間、やや目を見開いた彼女だったが、
「名を聞くなら自分から名乗るのが礼儀でしょう、隊長殿。」
慇懃に彼を見上げた。逆光で男の顔は見えなかったが、笑ったようだった。
「その変わり身の早さ、評価に値する。我が名はシグル-ン。ヴァルキュリア遊撃隊隊長だ。」
「了解しました。私の名はアリア。」
後にこの出会いが、大陸中に知れ渡ることとなる。しかし、伝説の幕開けには、まだ早い。