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「こいつは…全く。」
そう呟いた男の吐く息は白い。その白さに目を奪われたかのように、一瞬男の眼は白い吐息を負った。きしり、と霜のなる音がした。男の眼はそちらへ再び戻る。
そこには、白い、白い塊が鎮座していた。放射状に伸びた霜の中心、極寒の冷気の中心、白の中心。ふと、その白が笑う気配がした。見れば、男の従僕が階段の縁にしがみついてがくがくと震えながら腰を抜かしたところだった。
「ば、ばばばばけもの…」
従僕は這うようにしてずりずりと階段へときえていった。
「なんだ…灯りなんぞ必要ないじゃないか…」
その様子を見て男は呟いた。
光の中に棲む化け物が白い面をあげた。
牢の中心に端然と座っている白い女は、その瞳を閉じて口元に凍りついたかのような笑みを載せていた。真っ白な髪、真っ白な肌、そして、唇は紅い。
「…何用だ?」
笑みを形どっていた唇が動く。
「…はじめまして。」
そう声をかけられることを予想していなかったかのように、返答が一瞬おくれた。
「…初めまして。」
薄く開いた瞳は、燃え盛る炎のように真っ赤だった。雪のように真っ白な、長いまつげに隠された、炎のように。
「お前は…。」
瞳の圧力に耐えかねるように、男は顔を背ける。
「…いや、単刀直入に言おう。俺の隊に来い。俺の隊は遊撃隊、戦力になる奴はいくら居ても良い。まぁ、断るというなら、このまま虜囚の身だ」
ちらり、と燃え盛る炎の瞳すがめるようにして男を見る。
「…虜囚、と。私はこのままだと、どうなる?」
「最悪、死刑だ。まあ、良くても何事もなく釈放はまずありえん。」
体ごと開いた扉に預けると、顔だけ牢の内側に戻す。
「何故?」
「それを聞いてどうする?」
男は、牢の中を見下ろす。薄い青の、澄んだ瞳だった。
なら、と紅い唇が開いた。
「私に拒否権はあるのかな?」
紅い唇は相変わらず笑みを刻み込んだままだが、炎の瞳は小動もしなかった。
「さあ?拒否することはできる。」
ますます笑みを深くした紅い唇が、深い溜息をついた。やはり、色はない。
半ば閉じていた赤い瞳が、カッと見開かれた。
瞬間!ばね仕掛けのように、一瞬で飛び出し、握った氷の刃を、神速で突き出す。
怜悧な刃は、男の喉元につきたてられた。