5-1
翌日、アリアはかなり早くからシグルーンと共に彼の執務室にいた。
それも、前日王都から城へ戻ってきてこんなやり取りがあったからである。
「明日ってどういう意味だったの?」
「ああ、明日は遠征に出るやつらを集めて軍議だ。と、言ってもなんていうか、ちょっとした打ち合わせくらいだな。連絡事項を伝えるのと、誰が来るのかの把握、くらいだ。」
「誰が来るのか…?」
「ああ。だから、明日他の奴らにも紹介しようと思う。いいか?」
「いいかって。そりゃ、ね。」
「わかった。あ、それとその前に色々説明したいから明日は早く来てくれないか?部屋は今日と同じところを使ってくれ。あの寒さだとちょっと他の所にという訳にはいかんと思うし、それにあと2日だしな。」
「ん。わかった。明日は早く行こう。というか、隣の部屋だしね。」
といったようなやり取りを経て、今アリアは早朝にシグルーンの執務机の正面に立っていた。
「お、その制服、ルイーゼにもらったのか?」
アリアが部屋から出てくるとすぐにシグルーンも待っていたかのように奥の部屋から出てきた。
「うん。昨日のうちに細かいところの直しをしといたから。腰のところも短くなったし、胸当てをつけたままでも着れるしね。」
くるん、とアリアはその場で回って見せた。
「お、胸当てもつけてんのか。いいな、黒も似合うな。」
「そ。前も後ろも黒い部分があるから、見分けはつきやすいんじゃない?」
「まあ、お前の場合、目立つから制服をわざわざ着て見分けやすくする意味はないのかもしれないんだが…城の中を歩くときいちいち呼び止められなくはなるだろうな。」
「あれ?そうだったの。ま、呼び止められなくなるのはいいけど。」
「遠征がこんなに早くに入るとは思ってなかったからな…暫く城にいることになると思ったから制服はあった方がいいと思ったんだがな。」
「ああ、そういうこと。あのさ、その遠征のこと聞いてもいいかな?」
机の椅子に座ったシグルーンに尋ねた。
「ああ。そのことについてざっと話しておこうと思ってな。アリア、お前この国のことについてどんくらい知ってる?」
机の下からもう一脚、背もたれのない椅子を取り出してアリアに渡した。
「どんくらい、って、え?アレストリアっていう名前でシグルーンっていう王子がいることくらい?」
受け取った椅子を机の正面においてシグルーンと向かいになるように座る。
「つまり全く知らないってことでいいんだな。」
う、とシグルーンが言葉に詰まる。
「たぶん。」
アリアは肩をすくめる。
「隣のウルサーンは?」
「この国の隣の国のことかな?」
「そう。」
「微妙。」
「わかった。」
そう言ってシグルーンは引き出しから大きな紙を取り出した。開くと、地形が描かれていた。
「これは…わかるのか?」
机においてアリアの方に向ける。2人の間に地図がある状態になった。
「地図のこと?地形のこと?」
「ああ。」
歪な逆三角形に近い形の大陸を東西に隔てるようにして山脈が走っており、その山脈は大陸の北の方になると、ほぼすべてを覆っていた。つまり、大陸の最北部は高い山脈がそびえ、大陸の中心を両断する山脈とつながっていた。山脈は大陸の北半分で途切れており、そこからは大きく平野が広がっていた。そして、その大陸の山脈の東側、南半分の半ばまでと北半分を占める大陸最大の国がアレストリアだった。そしてその反対側、山脈の西側に位置し大陸で2番目に大きく、この大陸において最古の王国がウルサーンであった。
「これならわかる。私が知ってるのはたぶん古いのだと思うけど。この大陸を縦断する山脈、それとこの北の山脈。ここら辺は私の一族の山だね。で、東側がアレストリア。そこまで古い国じゃない。近年小国を飲み込んで一気に大きくなった国だ。それで、今そこの、大陸南部の半分くらいのところ、そこら辺まで国を拡大して、そこでいったん国の国境が定まった感じだ。最近はこの国境から特に変動はない。こんな感じ?」
すらすらと話すアリアにシグルーンはあっけにとられた顔をした。
「ああ。かなり詳しいな、むしろ。」
「記録と伝承の一族だからね。」
初耳だ、というようにシグルーンは眉をひそめた。
「なんだ、それ?」
「氷の一族の別名。」
アリアは首をかしげた。
「というと?」
シグルーンも首をかしげた。
「別に国土を大きくするとか、そんな目標のない一族だから。食事だってしなくたってどうにかなるし。人から何かもぎとるとかいうのは必要ないし。学者っぽいひとが多いしね、だからそんな暇なことばっかりやってるんじゃない?」
アリアは首を元に戻した
「いや、あんまりよく分からん。」
シグルーンはもっと首をかしげた。
「正確な記録や物事の追及に人生賭けてるもの好きが多いんだ、うちの一族。」
ああ、とシグルーンはようやく首を元に戻す。
「なるほど。」
「だから細かいところは分かんなくても大まかなことは分かるよ。」
「ウルサーンについては?」
「さっきと同じ感じだけど。国境を交えてるのはアレストリアのみ。南側は海で大陸最古。海と山脈に守られているので他国と戦陣を交えることはあまりなかった。かなり前から国境は動いてないね。」
どう?とアリアがシグルーンに尋ねると、シグルーンはにっと笑った。
「ご名答。」
「でも、細かい内情はさっぱり。」
ひょいとアリアは肩をすくめる。
「ウルサーンとアレストリアは国境を挟んで硬直状態、アレストリアの南側国境もかな。」
「なんで?ウルサーンはなんとなくわかるけど。昔からそうだし。」
「南側はあの辺を超えると風土が変わるんだ。雪が降ることのない国になる。ここから先を攻めようとするとお互いに大変なんでな。ここいらが均衡状態だ。」
「なるほどね。って、じゃあ、どこに遠征しに行くの?」
アリアは眉をしかめた。
「国境の小競り合いの収集。」
「…。」
「今年は寒波がひどいからどこの国も大きく打って出てこようとはしない。国内を抑えるので必死だろ。抑えきれなかったら内側から崩壊して、そこをよその国に叩かれて終わりだしな。だが、国境付近ではちょっと叩いてかすめ獲れるものがあるなら獲っておこう的な感じで、国境がちょっと煩わしくなってる。」
「なるほど。で、それの掃討に、ってこと?」
「そう。それと、ウルサーンとの国境付近の砦を山賊に獲られたらしい。まぁ、ほとんど使ってもいない山の中のぼろい砦だったんだが、これを奪還しろ、というのが今回の遠征だ。」
「わざわざ?」
「俺に面倒事を押し付けたいのか、目障りだから遠征に出しておきたいのか、あるいは、その砦が目障りなのか。ま、そんなところだ。」
「ふぅん…。シグ嫌われてんの?」
「出来る子だからな。」
シグルーンは肩をすくめて苦笑する。
「なにそれ。」
アリアは少し唇を尖らせた。
「そういえば、お前…すっかり敬語やめたな。」
ふと、シグルーンは思い出したように言った。
「だめだった?」
「いや、いいんだが、ちょっと気になっただけだ。昨日の今日だったし。」
「…姐さん…ルイーゼさんと話したら、何か…ね。」
「ああ、それは…確かに。俺もたまに敬語使いそうになる…。」
2人して溜息をつき、肩を落とした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は書いてて自分でもこんがらがっています。
T字の山脈が逆三角形の大陸にのってる感じです。




