4-3
扉が開いた。
小さなその扉は裏口から直接城下の町に下りれるようになっていた。
「さて、と。アリアちゃんは、何から買いに行きたい?」
眼下に広がる王都の街並みに暫しアリアは息を飲んだ。
「あ…えっと、何があるんですか?」
緩やかに下っていく坂道を歩きながらルイーゼが振り向いた。
「そうねぇ…。鎧とかは…後でいいわね。それより、服、ね。」
器用に後ろ向きで歩きながらアリアを検分する。
「はぁ…?」
よく分からないままアリアは大きく広がる街並みとルイーゼを眺めて坂を下っていく。
「そんなんで寒くないの?て、いうか隊長さんから制服もってないか頼まれちゃってるしねぇ。」
すたすたとアリアの横に近づいてくるとルイーゼはアリアのワンピースの袖と籠手の間のむき出しになっている二の腕をつついた。
「いえ、寒くないんで。大丈夫ですから。」
隙あらばアリアに触ろうとするルイーゼから逃げるアリア。
「ほんとに?」
「ほんとです!」
じりじりとアリアはルイーゼから距離をとるが、ルイーゼはにこにこと追いかけてくる。
「まぁ、いいや。じゃ、一番近い武器屋のおっさんの所に行こうか。ちょっとした防具とかもあるしね。」
ルイーゼはふっと肩をすくめた。
「はいっ。」
ルイーゼが追いかけてこないことにあからさまにほっとした顔をするアリア。
「…城って、ずいぶん高い所にあるんですね…。」
が、すぐに懲りずにルイーゼが来たので慌てて話題を振った。
「そうねぇ。昔は小さな山城だったのを増築、増築を繰り返し続けてこんな風になったみたいよ。」
ルイーゼはちらりと城を振り返った。もうずいぶんと下ってきていて、城はそびえるように高く見えていた。
「それで。下に降りたり上まで登ったりが大変ですよね…。今日はもう二回目です。」
「そう!ほんとにそう!私たち城下に住んでるけど、わざわざ上まで行くのかなり大変なのよね。なのにあのいかれ副官は…」
「ハインツさんのことですか?」
「さんなんてつけなくていいわよ、あんなの。」
ふん、とルイーゼは吐き捨てる。
「仲悪いんですか?」
「うーん、あいつが私を嫌ってるのかしらね…。」
ふと真顔に戻り、ルイーゼはアリアの方へ向き直った。
「どういう意味です?」
「ていうか、アリアちゃん、敬語じゃなくていいのにぃ。なんか心の距離感じるし。」
真顔に戻ったのも一瞬、ルイーゼはうふふと笑った。
「心だけではなくて実際に距離が…。」
アリアは数歩下がって小声で呟いた。
「なぁに?」
ルイーゼが笑顔で尋ねた。非の打ちどころのない笑顔だった。
「何でもないです、姉御。」
アリアもにっこりとわらう。こちらは少し笑顔が引きつっている。
「もぅ、アリアちゃんまでそんなふうに呼ばないでよ。ルイーゼで良いっていたじゃん。」
「う、はぃ…。」
笑顔の圧力に負けて頷く。
「あ、ここ、ここ。こんにちはぁ、親父さん、いる?」
そんなアリアを満足そうに見るとひょい、とすぐ横の店に顔を出す。
「おーぅ、姐さんじゃねえか。今日はなんだ?」
禿頭の男がすぐに顔を出した。実に凄みのある人相だった。
「新入りがいてさぁ、色々見繕ってもらえない?」
ルイーゼはにっこりとほほ笑んで店の中につかつかと入っていく。
「姐さんが新入りの面倒見るたあ、めずらしいね?」
禿頭の男が片方だけ眉を上げて見せた。
店の中は薄暗く、角の方は見えなかった。男が立っているのは店の奥にある作業台の奥で、作業台の上には色々と剣や盾、そのほかのよく分からない何かがごちゃごちゃと乱雑に積まれていた。
「可愛いのよ、これがー!ちょっとつりがちの大きな目でぇ…。」
その作業台の上に身を乗り出すようにしてルイーゼが禿頭の男に話そうとした。
「あ、あの、恥ずかしいので、その辺で…。」
店の中に入るのを少々ためらっていたようだが、ルイーゼが話し始めたのを見てアリアが慌てて店内に入ってきた。
「へぇ?こりゃあ、珍しい。真っ白なお客さんだ。」
おぅ、と禿頭の男が顔を上げた。
「…どうも?」
ちらり、と挑戦的な赤い一瞥を投げる。
「いや、すまん。悪い意味じゃねえ。」
禿頭を一つ叩いて肩をすくめた。
「あんまりうちの子をいじめないでよ?」
ルイーゼがすっとアリアの横に並ぶ。
「いえ大丈夫です。」
さっと距離を開けるアリア。
「つれないわねぇ?」
「ていうかあなたの子じゃないです。」
「はは、なかなか面白い子だな。」
その様子を見て禿頭の男が笑った。
「でしょ?」
「何であなたが答えるんですか…?」
店でまだ何一つ見繕ってすらいないというのに、アリアは疲れた溜息をついた。