管理者3
美夏ねぇ、行ってくるね。
深夜三時頃、世界が止まる一時間ほど前、心の中でそうつぶやきながら、僕は宿を抜け出す。美夏ねぇを起こさないようにこっそりと。
旅の道すがら、こうしようとは思っていた。
止まった世界――春さんは静止世界と呼ぶ世界――で動けない美夏ねぇを連れて行くのは危険だと考えたからだ。春さんや春さんの父は時間を止めることができる。彼女らに何らかの異変が起きていた場合、原因となるものにその力がないと考えるのは楽観的すぎるだろう。
この時間を選んだのは、美夏ねぇを連れて行かないようにするためだけではない。四時頃、静止世界の間に目的地に着きたかったからだ。この村から目的地までは一時間程、ちょうど良い時間に着くはず。静止世界では僕に対する攻撃は効果がない可能性が高い。僕自身については、静止世界で動いた方が良いように思うのだ。
村を出て近くの森に向かう。目的地はその森の一角のはずだ。
昨夜、夕食時に村の酒場で情報を集めたところ、何の変哲もないただの森だと村の人たちは言っていた。その際、運良く森の探索を生業にしている人がいたため、地図を見せてもらうことができた――正確には買わされたのだが。その地図は、ある一部が不自然に何も書かれていなかった。村人や美夏ねぇはその部分に全く気付いていなかった。それどころか僕が指摘しても不思議な顔をされるだけだった。僕はそこが目的の場所だと思いそこを目指すことにした。
地図を確認しながら、軽く昨夜のことを思い出していると、森に辿り着く。
樹木が生い茂り、昼間でも薄暗い森という話は聞いていた。夜であるためなおさら暗く、木々の葉にさえぎられて月や星の光も射さないため、自分の足下ですらも見えない程だった。
僕は周囲を明るくする魔術を使う。それほど時間はかからない。春さんとの魔術の練習により、僕一人でもある程度は『クラス』の整理ができるようになっていた。この魔術は、昨夜準備してすぐ利用できるようにしていたある『クラス』――『光』――を元にした魔術だ。この森は昼間だと魔物などは少ないが、夜になると多数の魔物が出てくるらしい。魔物というより、野獣のたぐいらしいのだが。襲いかかってくる直前に気づいても対処は厳しいため、僕自身を起点としてかなり広範囲を明るく照らすように設定した。