略奪者18
「女の子が女の子を押し倒す画っていいねぇ。やっぱり可愛い女の子の相手は、可愛い女の子でなきゃね。危なくなったら助けようと思って、見ていて正解だったよ」
春さんの父がいる付近まで戻ってきた僕らは、そんな声をかけられる。
こんな発言をする人に、なんで子供がいるんだろうか。
春さんの父は続けて、
「あと、お疲れさま」
と言う。とってつけたかのように軽く。
その言葉が先ではないだろうか。娘が頑張ってきたのだから。
僕は春さんの父が放った一連の言葉に、僕は少し違和感を覚えた。しかし、それを表に出すことはせず、
「どうもです」
と返答し、軽く会釈をする。春さんも軽く頭を下げて、返答しているようだ。
「これから蟲の原因になった箇所の修正を行う。君にはそれを見ていてもらいたい。だから、戻ってくるのを待っていた。まぁ、蟲を倒している最中に修正することが危険って理由もあるけど」
春さんの父はそこで言葉を切り、魔術とおぼしき何かを始めた。
僕らのまわりに文字や数字の列が浮かんでくる。
春さんの父はそれに触れ、おもむろに文字を書き換えた。
かわるがわる浮かんでくる文字列に対して、春さんの父は同じように一部を書き換えていく。
かなりの文字列を書き換えた後、文字列を正しい場所に戻す作業を、春さんの父は開始した。
その作業が完了した瞬間、僕は世界の何かが変わったような感覚を得た。
「今何をしたのですか? 何かの文字列を書き換えていたような」
僕は、春さんの父に問いかける。
「アキヒコ、父様が何をしていたのか見えたの?」
春さんが確認するように聞いてくる。
僕が春さんに返答するより先に、
「へぇ。そこまで見えたのか」
と春さんの父が言い、僕の方を見てくる。
先程までと僕を見る目が変わった気がする。何か警戒の色を含んでいるような。
そういった視線を向けられ、僕は少し身構える。
「能力が数値として存在していることは、春から聞いているかい? 今回問題があった異性に対する魅力は、零より小さくなることに対応してなかっんだよ。それを対応できるようにしたんだ」
春さんの父は、僕を見つめたまま説明を続ける。
「そうなんですか」
僕はその言葉だけをつぶやくように返す。
疑問や聞いておきたいことはいくつかあったが、春さんの父が向けてくる視線に気圧されたため、問いかける言葉は口から出なかった。
「さて」
そう言って、僕の頭にふれる春さんの父。身構えていたが、よけることはできなかった。
「父様、それは……」
視線の端で、春さんが目を見開いて驚いている。それだけではなく、少し寂しそうにも見える。春さんがこんな顔をするなんて、いったい何事だろうか。
「ふむ。これでも見えないか」
僕の頭から手をどかし、春さんの父がそうつぶやく。
「いったい何を?」
「父様は、他の管理者から力を奪い取ることができる。今のはそれをする時に必要な動作。ただ、力と同時に、静止世界の記憶もなくしてしまうはず。私は何故かそれが少し寂しかった」
答えは春さんから返ってきた。僕はその説明を理解し、春さんの父をにらみつける。
「確かに、春が言ったような『略奪』をするときにも、その動作は必要だ。でも、今回は君の能力を読みとりたかっただけだよ。本来は見ただけで分かるはずだけど、君の能力は分からなかったからね」
「それだけですか。でも何のためにそこまでして」
「娘の近く正体不明の輩がいるのは不安だからね。まぁ、今のところ、春に悪影響は出ていないようだし。問題ないか」
そう言うと、春さんの父は去っていった。
春さんの父が見えなくなった瞬間、僕は再び世界が動き出すのを感じた。