略奪者17
燃えるような赤、透き通った青。
春さんが放つ多様な魔術により、空間にさまざまな色が現れる。その魔術により、蝶の姿をした蟲たちは、苦しみ消えていく。
何でいつものように、消滅させる魔術を使わないだろうか。見ていて綺麗で楽しいけど。
春さんの攻撃している様子を見ながら疑問に思っていると、
「アキヒコ、この蟲には燃焼が一番効くみたい。後、女性たちに魔術を当てないように注意して」
と春さんが僕に伝えてくる。
そうか、何が有効かを探ってくれていたんだ。ありがとう。
「わかった。女性たちに当てないようにすることも、了解」
僕は春さんの言葉に従って、『現象』に『燃焼』の機能だけを付けた魔術を発動し、それを蟲にぶつける。
僕の魔術により、燃え尽きていく蟲たち。先程までの春さんの魔術と異なり、地味である。ただ、攻撃面でも役に立てそうと感じ、僕は嬉しかった。
春さんも、消滅させる魔術に切り替えたようで、しばらくの間、静かに蟲が消え続ける。
目の端に、春さんの死角から蟲が襲いかかる様子がうつった。僕はとっさに春さんをかばうように押し倒す。襲い掛かってきた蟲が、僕の目の前で止まる。
そういえば、静止世界で、蟲は僕に攻撃できなかったな。最近戦うことなかったから忘れてた。
「アキヒコ、ありがとう」
春さんが素直に感謝する。僕は体を起こそうとするが、
「まわりの蟲を消すまでは、このままの体勢で守って」
といった春さんの言葉によって止められる。
まじか。僕としてはうれしいけど。いいのかこの状況。少し遠くに春さんの父がいるんだけど。まぁ、そうした方がいいのだから仕方ないか。
そう心の中で言い訳をしつつ、春さんに触れている体のいくつかの箇所の感触を楽しむ。
僕の内心などに興味がなさそうな春さんは、そのままの体勢で魔術を放つ。
襲いかかってきた蟲を消し尽くし、僕と春さんは立ち上がる。
結構長い間、その姿勢でいたな。ありがとうございます。
何に対するものか自分でも分からない感謝の言葉を、僕は心の中でつぶやく。
その後、僕と春さんは協力して、小型の蟲を倒しつくす。
「後はあれを倒すだけ」
春さんが、大きな蝶のような蟲を見つつ、言ってくる。
僕は春さんの方をむいて頷き、春さんと一緒に大きな蟲に近づく。
羽ばたきの音が聞こえそうな距離まで近づいた際、ふいに春さんがしゃがみこんだ。
不思議に思って顔をのぞくと、とても苦しそうな顔をしていた。僕はそんな様子に驚きながらも、春さんを支える。
「油断……した。この鱗粉は……有毒」
途切れ途切れに、春さんは言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いて、あたりをよく見てみると、細かい粉が飛んでいるのがわかる。これのことか。僕がなんともないことから考えると、この鱗粉も僕には効かないのだろうか。
「大丈夫?」
大丈夫にはとても見えなかったが、僕はそう声をかける。
「問題……ない。それより……あれを倒すのを……優先して」
春さんはそこまで言うと、目を閉じ、完全に体を預けてきた。
僕はまず、春さんを助けるためにできることが無いかを必死に考えた。しかし、結局、何も思いつかず、春さんに言われたように、蟲を倒すために行動を始めた。
まずは、先程までと同じように、『現象』の『クラス』を複製し、『燃焼』を付加する。その後、大型の蟲全体を覆うように範囲を設定する――先程までのように小さい範囲を設定し、蟲にぶつけるのではなく。その魔術を現実に反映する。魔術が発動する感覚と共に、大型の蟲が燃えつきるのが見て取れた。
「これで、終わり……なのか」
「そう。核ごと燃え尽きたから、これで蟲の退治は完了」
自問に近い僕の言葉に対し、真下から返答する声が聞こえる。今、僕が抱えている春さんの声だ。その声に誘われるかのように、僕は顔を春さんの方に向ける。抱えているため、非常に近距離に春さんの顔があった。
「もう大丈夫だから離して」
春さんは僕にそう伝えてきた。僕は慌てて、春さんを離す。春さんは何ごとも無かったかのように、立ち上がる。
「なんともないの?」
先程までの様子から、全く予想できない春さんの現状を見て、疑問が口をつく。
春さんは首をかしげ、
「目を閉じる前、問題ないと言った。その言葉のように、なんともない。毒の解除と、鱗粉が体に入らないようにすれば良いだけだったから」
と言ってくる。
あれは強がりでは無く、ただ事実を言っただけだったのか。よく考えると、春さんは強がりを言うような人では無いか。それにしても良かった。
僕は安堵した。
「父様のところへ戻る」
春さんは、多少乱れていた衣服――しゃがみこんでいたためである――を整え終えると同時に、そう僕に伝えてくる。