略奪者16
「知り合いに頼まれて来てみれば、愛しい娘がいるじゃないか。やあ、春、直接会うのは久しぶりだね」
世界が止まったことを不思議に思っていると、そんな声がする。声の方に目を向けると、一人の男性が立っていた。
「父様、お久しぶりです」
そう春さんが返答する。春さんは、かすかに驚いているように見える。
世界を止めたのは、きっと春さんが父様と呼んでいるこの人なんだろう。
そう思っているわたしの方に、春さんの父は目を向け、
「君が噂の。春の口振りから、男の子だと思っていたけど、女の子だったんだね」
と言ってくる。
「父様、彼女は男性です」
わたしが返答するより早く、春さんが答える。主語が「彼女」になっていて、おかしい文章だが、意味は伝わるだろう。そう、こんな格好――女装――をしているけど、僕はれっきとした男だ。
「へえ」
春さんの父は、僕を興味深そうに見てきた。表面的に観察されているだけではなく、内面までのぞかれているような感覚がした。
「……ないか」
僕をしばらく見ていた春さんの父が何かをつぶやく。残念ながら、その言葉はよく聞き取れなかった。
「さて、君の存在も興味深いが、まずはあれをなんとかしないとね」
と春さんの父は言葉を続け、盗賊の首領がいる方に目を向ける。
僕も、そちらに目をうつす。
紫色の何かが、女性と盗賊の首領を囲むように、複数飛び回っている。
それは、蝶のような見た目をしていた。ひときわ大きなものが、首領のすぐ後ろに存在している。
鱗粉をまき散らしつつ、飛び回るそれらは、非常に不気味であるのだが、ある種、幻想的で美しくさえ見えた。
やはり蟲なのだろうか。
僕が、そんなことを考えていると、
「六万五千五百三十五か」
という不思議な数字をつぶやく声が聞こえる。
そのつぶやきは、そこで終わらず、
「これはおそらく……。書き換える場所や影響を調べる必要があるし、少し大変だな」
と続く。そうつぶやいたのは、春さんの父だ。
「普通に倒すだけじゃ、駄目なんですか?」
僕は疑問に思い、尋ねる。
「もちろん倒すことも必要さ。今回の事態を治めるだけなら、それで可能かもしれないね。しかし、またすぐに同じことが起こってしまうだろう」
春さんの父は僕にそう返答し、
「春、蟲の退治はお願いしたい。こちらは原因の解決にあたる」
と春さんに伝える。
「承知しました」
春さんは返事をするとともに、蟲に向かって走り出す。僕もそれを追う。