略奪者3
「えっ、あっ……んっ……ちょっ、ちょっと、そこまではダメだって、美夏ねぇっ」
僕は美夏ねぇにめちゃくちゃにされていた。いや、美夏ねぇ器用だし、母さんから教わっているはずだから、めちゃくちゃってほどのことには、実際にはなっていないと思うけれど。
「だーめっ。ちゃんとやったほうが、可愛くなるのっ」
美夏ねぇはそういって、最後の抵抗をしていた僕を押さえつけ、口元に紅をさす。
「よしっ、あとは髪かな」
そう言って、僕の髪――正確には僕の頭にかぶせられたウィッグ――を整え始める。
「完成っと」
その言葉と共に、美夏ねぇが僕の前から移動する。
目の前に美少女がいた。ショートの髪。ぱっちりと開いた可愛い目。目よりも少し下を見ると、唇に薄く紅がさしてあり、頬はほんのりと赤みがかっている。その化粧が、少女の魅力をいっそう引き出している。
その美少女は、僕の動きにあわせて動き、表情を変える。よく見るとその顔は、ところどころ見覚えがあった。
その美少女は、僕であった。目の前あるのは鏡なので、間違いない。
「なに……これ? 化粧って、すごい」
僕の反応を見た美夏ねぇは、ただでさえ立派な胸を強調するようにそらし、偉そうにしながら、
「うん、すごいんだよ。元々アキ君が可愛いってのもあるけど。アキ君も、立派な男の娘になるため、がんばってお化粧覚えなきゃね」
と言った。
僕は既に立派な男の子だと思うよ。ただ、美夏ねぇの発音が少し変だった気がする。ひょっとして僕の知らない言葉でもあるのだろうか。
「美夏ねぇは、普段からこんな大変なことをしているの?」
先ほどの疑問は、聞いてはいけないような気がしたため、別の問いを投げ掛ける。
「私は、普段ここまではやらないかな。まだ必要なさそうだし。ママから教えてもらっているから、今みたいにやろうと思えばできるけど」
「そうなんだ。一度では、とても覚えられないから、依頼の時も美夏ねぇにお願いするしかないかな」
「わかった。私も楽しかったし、いつでも協力するよ。あ、そうだ……」
僕のお願いを聞いてくれる言葉と共に、何かを思いついたらしい言葉を発する美夏ねぇ。
美夏ねぇの手が僕の服をとらえ、ボタンをはずしていく。
え、美夏ねぇ何やってるの? なんで僕、服脱がされてるの?
いきなりの事態に、心の中で思うことは多々あったが、言葉として口からは出なかった。
最後のボタンがはずされ、そのまま、服をはぎ取られる。
「……美夏ねぇ、なにをやってる……の?」
戸惑いながら、僕は美夏ねぇに疑問を投げかける。
「今のアキ君に、服が不釣り合いだから、私の服を着せようかなと思って」
そういうことか。確かに今の僕には、普段来ている服は似合わないだろう。でも、わざわざ脱がせなくても、言ってくれれば自分で着替えたんだけど。
納得できるような、納得できないような感じであったため、
「いや、言ってくれれば、自分で着替えたって。何で美夏ねぇが脱がせたの?」
と、一応聞いてみる。
「んー? 何でだろう。脱がせたかったから?」
結局、美夏ねぇが変態なだけだった。
なお、この問答の間、僕は上半身裸であった。仮に、変態の度合いを競った場合、女装して上半身裸である僕の方が、圧倒的に上だろう。弟の服を脱がせる姉の変態度が、決して低いわけではないが。
「さて」
といって、美夏ねぇは、服のボタンをはずし始める。今度は美夏ねぇ自身の服である。あらわになっていく下着とそれに包まれる双丘。
美夏ねぇはいったい何をやっているんだ?
僕はそう思い、とっさに目をそらす。
音を聞く限り、服を脱ぎ終わったと思われる美夏ねぇが、
「アキ君、こっち見て。そうじゃないと、服を着せづらい」
とそっぽ向いている僕に言ってきた。
そっちに向けとおっしゃいますか。では、仕方がありませんね。
僕は心の中で、何故か丁寧な言葉で返答し、美夏ねぇの方を向く。
そんな僕に服を着せようと、美夏ねぇが寄って来た。僕の顔に双丘が迫る。
その双丘が僕の顔に触れそうになった瞬間、美夏ねぇの服が僕に着せられた。目的を達したため、美夏ねぇは僕から離れた。
柔らかい感触を想像し、後少しでその感触を味わえる寸前だったため、僕は少し残念な気持ちだった。
「ぶかぶかだね」
美夏ねぇは、僕の胸元を見つつそう言った。
それはそうだろう。僕の胸には、美夏ねぇのようにすてきなものはついていない。
「よく考えると当たり前だね。昔の服とってくるから待ってて」
そういって、美夏ねぇは、下着姿のまま服を取りに行った。
そのままの姿で残される僕。
「ところで、春さんは何をやってるの?」
僕が化粧をされる前から、今に至るまで、ただ黙って僕を見ていた春さんに問いかける。
美夏ねぇはどう思っていたのか分からないが、僕は意図的に春さんを意識の外に追いやっていた。しかし、二人きりになってしまっては、それを続けることは難しい。
「映像を記録している。観察の指令遂行のため、今日はずっと記録するつもり」
春さんは分厚い本を持っていた。その本には、使用者の眼が受け取った情報を取り出し、それを映像として保存する魔術が込められている。結構値がはるものだったはずだが、買えないほど高いものでもない。
指令のためとはいえ、何故わざわざそんなものを、と僕は心の中で嘆いた。
これまでに起きた事だけを鑑みても、今日のことはできれば全て記憶から消してしまいたい。しかし、今日のできごとは、これから起こることも含め、春さんにより全て記録されることが決まった。