出会い2
「んっ……」
午前四時頃、いつも寝ているベッドの上で目を覚ます。そして、いつも通りの異常な事態に気がつく。
「またか……」
美夏ねぇが目の前にいた。美夏ねぇが僕のベッドに侵入してくるのがほぼ毎日のことのためいつも通りで、年頃の男女が、姉弟――実際には義理のという言葉がつく――とはいえ一緒のベッドで寝ることが異常であるということだ。僕が寝る時、既に自分の部屋で就寝していたはずだが、どうしてこうなるのだろうか。夢遊病とかまずい病気じゃないか、少し心配だ。
さて、いつも通りの異常は、美夏ねぇのことだけではない。
この時間――午前四時から一時間ほど――、世界が止まっているのだ。ほとんどのものが寝静まっているため、世界が止まっているように感じるという比喩的な意味ではない。全く動かないという意味で、止まっているように思えるのだ。
魔術師となり、早く養父母に恩を返そうと思っている僕は学園の講義をできる限り受けている。そんな僕であってもこんな魔術は聞いたことがなく、この現象に初めて遭遇したとき、かなり興味を引かれた。そういった事情から、今までいくつかの実験を行っている。
まず、僕自身について。僕が起こす音や声などは、普通に聞こえる。また、僕が触れているものは動かすことができる。このことは、現象を認識した初日に、美夏ねぇが息をしていないように思え、気が動転し、ほっぺたをつついたり、色々触ったりしたことで確認できた。逆に僕が触れていないものは、止まるという確認にもつながった。
次に、触れて離したものがどうなるかを確認してみた。机にあった本を持ち上げ、その場で離してみた。結果として、その本は空中で浮かんだまま止まった。その日は偶然、実験をした直後に世界が動きだし、その後の本の様子を観察できた。世界が動き出した瞬間、本は床にあった。落ちるという過程を完全に省略し、床に存在していた。四時の時点で僕が手を離した位置にあり、動き出した瞬間、止まっている時間も動いていたものとして、計算されたようだった。この現象をみた次の日、時計を観察してみたが、同じように世界が止まっている間はずっと四時のままで、動き出した瞬間、数十分後の時刻になっていることを確認できた。
昨日までは、家の中で実験を行っていたが、今日からは、家の外で実験や観察をしようと考えている。
今までのことを思い出しつつ、美夏ねぇの身体を堪能した僕は、ベットから起きあがる。卑猥なことをしたわけでは決してない。ほっぺたをつついたりということしか行っていない。うん、やってない。
家から出てみると、部屋の中と変わらず、全てのものが止まっているようだった。いくつかの時計が同じ時間を指していることや、落ち葉などが風によって巻き上げられたたままの位置で止まっていることから、そう考えられる。
外でどんな実験を行おうか考えながら歩いていると、
「見つけた」
という声が聞こえてきた。
この止まった世界で、動くものに出会ったことがなかったため、非常に気になり、声が聞こえた方を向いた。
そんな僕の目の前に、凶刃が迫っていた。それは、前にあるものすべてを切り分ける、分離という言葉そのもののようだった。凶刃はとても速く、よけようと考えることすらできず、僕は現実逃避気味に「何かしらの魔術だろうか」などと考えていた。
その凶刃が、身体にふれると思われた瞬間、音もなくただ消え去った。
「え……」
そんな小さな声が耳にとどいた。どうやら驚いたのは僕だけではないようだ。凶刃を放ったと思われる人物にとっても、予想外のことだったらしい。実際に驚いているのかどうかは定かではない。その人物が、体型を隠すような大きめのローブと、頭のほとんどを覆うフードをかぶっていたためだ。
「なら……これで」
その人物はそうつぶやくと、先ほどの凶刃とは異なる何かを僕に向けて放ってきた。
それが何かはわからない。ただ、それに触れたものは何も残らず、ただ消えていることだけは見て取れた。それは消滅そのものであるように思えた。
その何かが、僕の身体にふれる瞬間、ただ消え去った。
今度は、その人物の格好であっても、驚いているのがわかるくらい狼狽しているようだった。
その直後、僕は世界が動き出すのを感じた。近くにあった時計を確認すると、五時少し前になっていた。世界が動き出したのだ。
止まった世界で、僕に攻撃――触れる前に消えたので、実際に攻撃する意図があったかどうかは定かではない――を仕掛けてきた人物は、僕が時計を確認している間にいなくなっていた。
そこにいても仕方がないため、僕は家に帰ることにした。
自分の部屋に戻るまでは、さっきまでのできごとが、強く印象に残っていた。部屋に戻って美夏ねぇの芸術的な格好を見た瞬間、その印象は、塗りつぶされた。美夏ねぇがどんな格好になっていたのかは、美夏ねぇの名誉と僕の精神の安定のために、詳しく説明しないことにする。