調律13
あんまり見ないようにしよう。
黒河さんを見た瞬間、僕はそう思っていた。心の中で、理性と欲望に分かれ、相反することを思っている。
黒河さんは普段の、身体をすっぽりと覆うローブ姿では無かった。おそらく、ローブは燃えてしまったのだろう。
黒を基調として、ところどころ白をあしらった服だった。そして、スカートや袖がヒラヒラしている。黒河さんに似合わないとは言わないが、小柄な春さんの方が良く似合いそうな、そんな服であった。そんな服に、上半身の一部がかなり大きい黒河さんが包まれているため、なんとも妖しい魅力を放っている。また、胸の部分の布がかなり少なく――ローブと同様に燃えてしまったのかもしれないが――、豊かな二つのものが結構露出している。加えて、水で身体全体が濡れている。そのせいで、ところどころ透けていたりもする。
なんかもう色々とすごい眺めだった。個人的にはとても良い方向で。
僕は黒河さんを見ていた。じっくり凝視していたといっても過言ではない。しかし、すべきことを思いだし、腰に手を回す。そして、薬をとって、黒河さんに飲ませる。
「……ドラゴンは?」
黒河さんが意識を取り戻すと、開口一番に聞いてきた。やはり、それが一番気になるだろう。
「とりあえず、なんとかなったよ」
僕は方法や理由などを一切説明せず、起こった事だけを伝えた。
そういえば、黒河さんと美夏ねぇの二人に、春さんはなんて説明するつもりなのだろうか。対応聞いておけば良かったかな。
幸い、黒河さんにはそれ以上聞かれはしなかった。
とりあえず春さんと合流しよう。美夏ねぇが、飛んでいった辺りに向かえば、きっとすぐに会えるだろう。
僕は春さんを探して、黒河さんを支えながら歩き出す。
予想通り、数分で合流することができた。
なんていい眺めなんだ。
僕は、美夏ねぇを見た瞬間、不覚にもそう思ってしまった。欲望が理性を上回っている。心の中だけでだが。
美夏ねぇの上半身の服は、見事に裂けていた。縦に。そしてその結果、見えていた。女性の上半身にある何かが。見えそうで見えないとかではなく、美夏ねぇが動くと普通に見えてしまう。男が僕だけしかいないためか、美夏ねぇはまるで隠そうとしない。
むしろ気にしている僕がおかしいのかとさえ思えてくる。いや、たぶん美夏ねぇが変なのだろう。黒河さんが、自分のことでもないのに顔を赤らめて気にしているようだった。体動かすの大変そうなのに、身振りで隠してと伝えている。美夏ねぇには全く伝わってないようだが。
「状況を説明するわ」
春さんが、普通の声音――感情豊かとまではいかないが、決して平坦ではない声音――で発言する。そういえば、美夏ねぇや黒河さんがいるときは、声や表情を作っていたな。今となっては、そんな春さんは不自然だなと、僕は思ってしまうのだけど。
「さっきのドラゴンは、私の魔術で簡単に倒せた。おそらく黒河さんの魔術が、かなりの痛手を負わせていたのだと思う」
なるほど。そういう理由で倒せたことにするつもりだったのか。
「そうなの? それは光栄ね」
黒河さんが軽い返答をする。
「不意打ちをされるのが一番大変だと思うから、ある程度ドラゴンを倒してから進みたいかな」
その春さんの発言には、誰も同意を示さなかった。美夏ねぇと黒河さんはきっと、ドラゴンと戦うことに不安があったからだろう。
なお、僕はそれどころではなかったので、返答できていなかった。
僕は話に全く集中できていなかった。美夏ねぇの様子と、ローブのない薄着の黒河さんを支えていることがあいまって、頭の一部で、完全に他のことを考えていたからである。集中できていないだけで、一応聞いていたし、考えてもいたが。
「アキヒコにも戦ってもらいたい。黒河さんは私がささえるわ」
そういって、僕から黒河さんを引きはがす春さん。間近で感じていた体温が急になくなって、少し寂しく感じた。
ともあれこれで、僕も話に集中できる。
「僕は具体的にどうすればいいの?」
僕は質問をする。春さんは、僕らとドラゴンを戦わせたいと思っているようなので、暗に春さんの考えに賛同するように。
「アキヒコは、攻撃をかわしながら、そのナイフでドラゴンに攻撃を仕掛けてほしい。美夏さんは、アキヒコと一緒に動いて、ゴブリンと戦った時と同じように攻撃を。黒河さんは私が支えるし、薬も飲ませるので、二人がいない方向のドラゴンに魔術を使って。ちなみに私は、みんなを守ることを全力で行うわ」
その発言に対して、美夏ねぇと黒河さんの二人は、同意もしていないが、拒否もしていなかった。
春さんが話し終わった後すぐ、ドラゴンが現れた。
そのため、なし崩し的に、僕らは春さんの提案通りに動くことになった。