調律12
「アキヒコ、強引」
春さんに非難される。確かに、無理矢理白濁した液体を、春さんの口に突っ込むことをしていた。でも、これって春さんがやれって言ったんですよね?
春さんは僕の腕で上半身を支えられ、半分地面に横たわっているような体勢である。少し上気した顔を至近距離で見ていることと、身体の感触や体温を感じていることにより、何ともいえない気分になってくる。
そんなことを知ってか知らずか、春さんは僕の腕から離れ、立ち上がる。
「まず、美夏さんと黒河さんを起こす。静止世界では魔物は動かないし、倒れている者を魔物は襲わないはず。でも、戦って能力を上げてもらうためには起こさないと。私は美夏さんの方に行く。あなたは黒河さんを」
春さんは、そう僕に指示を出し、
「それとこれ」
と言って、あるものを渡してくる。僕が砦から借りているナイフだった。
なんで春さんが持っているのだろうか。ドラゴンに燃やされたときにでも落としたのかな。そういえば、このナイフ、ドラゴンに全然効果が無かったな。ゴブリンなどの弱い魔物向けに作られたナイフだから効かないのだと思っていたけど、一応ちゃんと斬れるのか試してみるか。
僕は一瞬のうちにそう思って、ナイフで左の袖を斬ってみる。それと同時に、
「……今このナイフに魔術を仕込んだ」
と春さんが言ってくる。
「え」
斬った袖を起点として、凍り始める僕の左腕。あわてているだけで、何もできない僕。
上から水、いやお湯が降ってくる。そのお湯により、凍っていた腕が溶ける。先の水と同様に回復の作用がつけられているのか、僕はお湯によりやけどしつつ、即座にそのやけどが治るという不思議な体験をした。
「話は最後まで聞いてほしい」
またも春さんから非難される。ほんと、おっしゃるとおりです。今回に関しては。
「さっき体験したと思うけど付加したのは氷の魔術。静止世界で最後におこなった情報の組み替えがうまくいっていれば必要ないけど、一応保険として。ドラゴンが出てきたら、そのナイフを使って」
腕が凍るという一悶着があったが――主に僕のせいで――、春さんの指示通り、黒河さんのところへ向かう僕。
途中ドラゴンが出てきた。春さんの話を聞く限り、魔物について何らかの情報を組み替えたのだと思う。いったいどんな組み替えをしたのか。とりあえずドラゴンが出てこないようにした訳ではないらしい。
ドラゴンの攻撃をぎりぎりで避けつつ、春さんの指示通りにナイフでドラゴンを切りつける。ドラゴンが凍り、倒れる。非常にあっさりと。
なんだろう、これ。春さんが付けてくれた氷の魔術が強いのだろうか。
そんなことを考えている間に、僕は黒河さんのところにたどりついた。