調律11
世界は動き始めなかった。
春さんは、とことこという擬音が見事に合いそうな可愛い足取り、どこか上機嫌そうな足取りで、歩いていく。
一体何をするの? 僕は予想していたことと異なることが起こったため、そのまま少し止まってしまっていた。
春さんは、少し歩いて、僕が付いてきていないことに気づく。そして、こちらを向き、「来ないの?」とでも言いたげに首を傾げる。無表情ながら、むしろ無表情であるがゆえに、その様子はとても可愛いものに思えた。
あわてて僕は春さんの元へ歩み寄る。心情を気取られないように顔を伏せながら。
春さんは、棚を眺めつつ歩き回る。そして、ある棚の前で立ち止まる。
「これかな」
本を取り出して、読み始める春さん。確かこの棚は、整理しているときにも一度見たものだ。何か理由でもあって、覚えていたのだろうか。
「これだ」
そういって、春さんは、いくつかの本をとりだし、中を見て入れ替えたり、地面に積んでいったりする。
「何をやってるの?」
「情報の組み替え。このあたりは、洞窟の魔物に関する情報がある」
春さんは同様にいくつかの本を入れ替えていっていた。結果、そのあたりは見事にごちゃごちゃになった。
「ちょっと確認する」
そして、再度その棚の本をとり、順番に中を軽く見ていく。結構な時間がたつ。といっても十分程度だと思うが。
「これでいいはず」
いや、だめなのでは。その箇所めちゃくちゃですよ。
僕は見かねて直そうとする。しかし、春さんが重要そうなことを話し出したので、そっちに耳を傾ける。
「アキヒコ、今から世界を動いている状態に戻す。おそらく私は倒れるから、黒河さんが持ってきていた薬を飲ませて。とりあえず三本ほど。薬が入っている鞄はあのあたりにあるはず」
そういえば、世界を止めると疲れる、と言っていたような。というか、さっき乱したところ直さなくていいの。蟲のもとになってしまうのではないの?
僕は世界が動き出すのを感じた。さっきまで目の前にあった棚は、当たり前のように消えていた。世界が動き出す直前の言葉通り、倒れる春さん。その春さんを支える僕。
僕は、腰のあたりを探ったが、薬が一つも無いことに気付く。燃えてなくなってしまったのだろう。
薬がたくさん入った鞄は、春さんに持ってもらっていた。僕と黒河さんはただでさえ動くのが遅くなると考えられ、美夏ねぇは、動き回るという理由から。
僕は春さんを抱き抱え、大きな鞄の元へ向かう。鞄の中から薬を探し、春さんに飲ませる。