調律10
本を整理する第一段階として、落ちている本を集め、仕分けを行うことにした。春さんが本を集めてきて、僕が本を見て分ける。本を運ぶ方が重労働なので、普通、逆じゃないかと思われるが、中を見ずに表紙だけで判断できる僕が仕分けをしたほうが、圧倒的に速い。
「どうしてこの洞窟にドラゴンがいるの?」
本を色別に分けて積む作業をしつつ質問する。本の整理をしながらなら、質問に答えてくれるという事だったはずだ。春さんがこの問いに関する答えを知っているとは限らなかったが、聞いておきたい。
「ここは、王城の東にあるゴブリンがいる洞窟ではなく、人里離れた地にあるドラゴンがいる洞窟だから。今回の指令は、このドラゴンがいる洞窟での蟲の解決だった。そのため、私とあなたたちを、このドラゴンがいる洞窟に移動させる必要があった。その仕掛けを、今朝の静止世界の時にしておいた」
春さんの平坦な声が、とても大きく洞窟内に響く。この大きさは魔術によるものだ。春さんは本を集めてまわっているので、作業をしながら話をするために何らかの対処が必要だった。
「美夏ねぇ達は、無事なの?」
僕は心配していたことを質問をする。僕の声は大きく響くことはない。春さんは、声を大きくする魔術と、特定の音に対する聴覚を上げる魔術を使っている。最初は、僕ら二人の思考をつなげる魔術を使おうとした。しかし、僕に掛けられないことがわかり、断念した。この世界では、攻撃の魔術でなくても、僕には効果がないらしい。
「無事。美夏さんを受け止めた壁には、傷や打ち身を回復する機能をつけておいた。黒河さんを包んでいた炎を消した水も同様。ちなみに、あなたもさっきの水で治療した」
そういわれて、身体の痛みを感じなくなっていたことに気付く。手や足を見てみるが、本当にやけどや擦り傷が治っている。
「そうなんだ。ありがとう」
春さんが、ドラゴンのいる洞窟につれてきたことが原因なので、感謝するのもおかしい話なのだが、感謝の言葉を告げる。そして、次の質問をする。
「ドラゴンと戦ったとき、どうして倒れていたの?」
「あなたたちの、特にアキヒコ、あなたの能力を観察したかったから。基本的に、魔物は動いているものを攻撃する。アキヒコがドラゴンを引きつける行動をとってくれていたこともあって、倒れて動かなければ攻撃されづらい。もちろん、みんながやばそうな時は助けようと考えていた。結果として、二つのことが分かった。あなたたちの能力が私が考えていたより低いこと。静止世界でないなら、アキヒコに攻撃でき、魔術も効くこと」
春さんが倒れたふりの理由を語り終えたのと同時に、本の仕分けが完了した。僕らは、本の整理の第二段階に移った。同じ色をした本を複数持って、その本を置くべき棚に向かう。
「僕の能力を見たって、世界を止める前に言っていたけど、どうやって?」
本棚の前に着き、戻す場所を春さんに伝えながら質問する。
「私の額を対象の額にくっつけることで、読みとることができる」
やはりあの行動だったか。僕は、納得する。なお、普通に話せる距離なので、既に声と聴覚の魔術を解いているようだった。
「なぜ能力の差を、訓練回数やゴブリン撃破数で換算できるの?」
「わかるから。としか言えない。あなたが本の色や数字が見えることと似ているかもしれない。私には、魔物を倒すことや訓練によって、上がる能力の量がわかる」
ふむ。そうなのか。僕は、頭の整理をするため、一旦、質問をやめる。もちろん手はとめない。
しばらく質問などせず、黙々と本の整理を続けていた。ある程度疑問が解け、頭の整理もついてきた。そのため、ふと、邪なことが頭に浮かぶ。春さんに上の段の本ばかりを渡し、下から見上げるとかどうだろうか。いや、微妙に高い位置の本を渡して、春さんにぴょんぴょんしてもらうのもいいのではないか。
しかし、いくら僕でも今そんなことをするほど、節操がないわけでは……。
「さっきから渡される本の位置に、作為的なものを感じる」
普通に僕は節操がなかったらしい。ゴブリンとの戦闘のまっただ中ですら、黒河さんの豊かな胸の感触を確かめていた僕である。無意識のうちに、僕自身の欲望のままに、春さんへ本を渡していたようだ。
「そういえば、どうして実技試験でわざと低い判定をとっていたの?」
僕は誤魔化すように、別の話題を振った。
春さんは無表情ながらも、少し咎めるような目をしてくる。しかし、質問には回答してくれた。
「目立つのは得策ではないから。本当なら、学園生の平均くらいの能力にしたかった。でも、初日で、調べている時間がなかった。実技試験での威力は、アキヒコの魔術を参考に、それより少し弱いものにした。威力が低ければ目立たないと思った。それで、他の基準は気にせず普通にやったのだけど、驚かれた。身体検査でも、自分に偽装を施して低くした。学園長が驚いていたので、失敗した気がする。もっと低くしないとだめだった」
理由を話しているうちに、春さんの咎めるような表情はなくなっていった気がした。
聞きたかったことは大体質問したため、僕は本を片づける作業に集中し始める。
「予想していたよりもかなり短い時間で、今回の調律、蟲の原因解決ができた」
本棚の整理が終わった際に、春さんがそう言った。
「え、これで、解決したの? 僕たちはいったい何をやっていたの?」
「今回は、蟲が生まれる前の状態だった。蟲が生まれる前段階として、いろいろな情報が散乱して、変になっていくことが起こる。静止世界では、洞窟の情報はああいった本として存在している。整理する前、散らばっている状態だった。元の正しい状態にもどしたから、今回はこれでおわり」
「蟲との戦いはないの?」
僕は念のため確認する。
「ない。指令を受けた当初、父様がアキヒコに気を使って、戦闘にならないものを回したのか思っていた。今は、アキヒコが役に立つことを知っていて、この指令を担当させたのではないかと思っている」
「さて」
春さんはそう前置きした。きっと静止世界から元の世界に戻すのだろう。僕はそう思った。