出会い1
「あ、アキ君、やっぱり先にきてたー。何でいつも私をおいてくの?」
僕は美夏ねぇに声をかけられた。
彼女は、栗原美夏。僕の義姉で、僕がお世話になっている栗原夫妻の一人娘だ。美夏ねぇはいつも通りに僕の後ろに向かった。
王立魔術研究機関附属 藍晶学園。僕と美夏ねぇが通っている学園だ。
昔からこのあたりでは魔術師同士での意見交換など、魔術の研究が盛んに行われていた。研究を行うためには、資金が必要である。そこで、魔術師たちは、王族や貴族、大商人などから依頼――魔物退治や盗賊などからの防衛など――を受けることを行っていた。その活動を基盤とし、王国側としては魔物などに対抗するための機関として、魔術師側としては研究を行いやすくするため、そのための資金を効率よく集めるための機関として設立されたのが、王立魔導研究機関である。そこで働く人材を育成することを目的に作られたのが、この学園。
学園生は魔術師見習いとして、この学園に通っている。現在の制度では、一定の期間、学園に通うだけでは、魔術師として認められることはない。魔術師になるためには、定期的に行われる試験で一定以上の能力を示すこと、実績をあげること、の二つが必要。近年、実績としてもっとも認められているのは、学園を通して受けることのできる依頼を、数多くこなすことである。
この学園では、魔術に関する基礎知識を教える講義や実技指導の他に、最大四名でチームを組ませ、依頼をこなさせるという制度がある。これにより、学園生に実績と経験を積ませるのだ。
そのチーム一つ一つに、机が横に四つ並んだだけの小さな部屋が与えられる。僕らが今いる部屋もそういった部屋のうちの一つだ。
僕が学園について思いを巡らせていると、一人の少女が入ってきた。
彼女は、黒河冬華。黒い長い髪をサイドアップにし、そこからのぞく顔はきつめながらもかなり整っている少女。普段通り身体をすっぽりと覆うようなローブをまとっている。
「相変わらず。あなたたちは……」
彼女は僕を睨むような、蔑むような視線を一瞬送り、机へと向かった。
この部屋にくるときは毎回のことなので、その視線を受けるのに慣れてきてしまった。
さて、そろそろまじめなことを考えるのも限界が近い。僕の意識は、背中にあたっている柔らかい二つのものに向かいそうになる。
先ほどまで、僕が学園に関すること等のまじめなことを考えていたり、黒河さんから蔑むような視線を受けたのには当然理由がある。
チームに与えられた部屋であるここには、横に並んだ机が四つある。そう横に。
美夏ねぇは僕の後ろに行ったのである。そこには机など当然なく、僕の後ろから腕を回し、抱きついてきている。残念ながら、ここが美夏ねぇの定位置である。まことに残念ながら。
美夏ねぇは栗色のショートの髪、ノースリーブのシャツ、ホットパンツという容姿のボーイッシュな少女だ。しかし、男の子に見えるかといったら、見えないと言わざるをえない。ここ数年で大きくなってきた胸の膨らみがそんな誤解を許さない。
美夏ねぇが後ろから抱きついてくるたびに、豊かな胸の感触を首や背中で感じ、なんとも言えない気分になってしまう。美夏ねぇに抱きつかれるのは本当によくあることなので、いい加減なれてもいいはずなのだが、いかんせん、年頃の男の子である僕としてはどうしようもなかったりする。いつも色々なこと――邪なことを考えると、事態は悪化するので、たいていはまじめなこと――を考えて意識をそらしているのだが、今日はそろそろ限界に近い。
あぁ、背中に当たっているやわらかい感触が気持ちいい。このまま後ろを向いて、顔をうずめてみたいな。そんなことしたら、さすがに美夏ねぇ怒るかな。
僕らのいる部屋に、二人の人物が入ってくる。
軽く自分を見失いかけていた僕は、そのことで我に返る。今回結構ぎりぎりだった。
一人は、僕らのチームの指導役の女性。僕らも含め学園生からは『教授』と呼ばれている。どうみても、僕たちより幼く見えるが、とっくの昔に成人しているらしい。基本的に自分の研究にしか関心がなく、指導する立場でありながら、あまりこの部屋にやってこない。指導員の仕事は、研究費をもらう対価として、仕方なく行っているという噂だ。
もう一人は、見たことがない少年。この少年の容姿を簡潔に表現するなら、美少年だった。男の人はアキ君とそれ以外しか認識できないと言ってはばからない――少しははばかってほしいものだ――美夏ねぇが、みとれているようなので、かなりのものだろう。まるで作りもののようであり、本物の人間ではないような違和感すら感じる。
僕がそんなことを思っていると、教授は僕とその後ろを一瞥する。
そして、何事もなかったかのように無視し、「このチームの追加人員を紹介する」と言った。
まぁ、教授が来るときはいつも美夏ねぇを後ろに背負っているので、今更反応があるとは思っていなかったけども……。教授は初めて見たときも気にしていなかった気がするが。
「こちら、花鳥春くん。今日からこの学園の生徒で、このチームの一員。後よろしく」
教授は必要な情報のみを告げ、部屋から出ていく。
教授のこの対応は僕らからするといつも通りのものだが、今日から学園に入ってきた少年には、いささか戸惑いを覚えるものだったらしい。
「……春、花鳥春といいます。本日この学園に入学しました」
呆気にとられていた少年が話し出す。男性にしては高めの声だった。その後、出身地域や今住んでいる箇所などの言葉が続いた。
自己紹介が一通り終わると、そこで解散になった。
僕らのチームは、今日のように呼び出された場合くらいにしか、この部屋を利用しない。与えられた部屋の使い方は、チームによってかなり異なり、学園にいる大部分の時間をチームの部屋で過ごすところもある。
今日は受けておきたい講義がつまっているため、僕は部屋を出ることにした。美夏ねぇは、僕とは別の講義を受けるらしく、身体を離した。すこし寂しそうだ。僕としては、美夏ねぇを後ろにつけて歩かずにすんで、僥倖だった。後ろにつけて歩く場合、美夏ねぇの方が身長が高く――誠に遺憾ながら――、背負うことにはならないので身体的な負担がほとんどない。しかし、精神的にはかなり消耗する。
ふと、花鳥君を見てみると、黒河さんに話しかけ、学園の案内を依頼しているようだった。同じ男ということで、僕の方が話しかけやすいと思われるかもしれないが、女子に抱きつかれていた男子には話しかけたくはないだろう。僕だって嫌だ。