調律9
世界が止まっている。
春さんは確か、蟲の解決を行うと言っていたはずだ。僕は、蟲を警戒して、周りを見渡す。倒すではなく、解決という言葉を使っていたことに少し違和感を覚えていたが。
周りを見渡しはじめてからすぐに、世界が止まる前には存在しなかった、とても大きなものが目に入る。それは、様々な色をした巨大な棚であった。洞窟の壁一面に並んでおり、その棚には本がたくさん置かれていた。本棚なのだろうか。
春さんは、一冊の本を手に取っていた。大きな棚に意識が向いてしまっていたが、再度あたりを見てみると、地面には多数の本が散乱している。
手に取った本を戻そうと考えたのか、春さんは本棚に近づき、本を持った手を棚にのばす。微妙に届かない。春さんは、ぴょんぴょんと、跳びはね始めた。かなりの高さの本棚なので、梯子や台が多数存在しているようだ。近くにもあるのだが、春さんはそれらを使おうとはしない。
気持ちはわからないでもない。もうちょっとだからって、そのままなんとかしようと試みることを、僕もよくしてしまう。大抵の場合、別の方針に切り替えるより時間が掛かってしまうんだけど。
春さんの、ぴょんぴょんと跳ねる可愛い姿に目を奪われ、無駄に共感していたが、気にしなければならないことがたくさんあることを思い出す。
「世界を止めることができたんだ」
春さんの様子から、蟲に対する警戒は不要と判断し、蟲についてではなく、現状を確認する言葉を投げかけた。
春さんは、一旦、跳びはねるのをやめ、
「止める場所、範囲を限定すれば、私たち調律者には可能」
と返事をしてくれた。
再度春さんは、ぴょんぴょんし出す。
情報が圧倒的にたりない。
「具体的には、どんな感じなの?」
「場所……はっ……洞窟げんていっ……」
ぴょんぴょんしながら、色々と教えてくれる。とても聞き取りづらかった。
聞き取ることができた内容としては、魔物がいる洞窟でしか使えない、範囲はほとんどの洞窟ならまかなえるほど、静止世界と同じように能力を使える、終わった後とても疲れる、といったものだった。
聞きたいことはたくさんあるのに、このままでは文字通り、話にならない。
そう思った僕は、春さんが持っている本を奪いとる。そして、春さんが本を置こうとしていた箇所の隣の列に本を入れる。見て予想していたものより高く、爪先立ちしてようやく届いた。悲しい。
「いや、そこじゃ……」
春さんが、僕の行動をとがめるような発言をしようとして、途中でやめる。
どうやら、僕が本をおいた箇所は正しかったらしい。
「どうしてわかったの?」
どうしてって言われても。
「本の表紙に、置き場所の情報がちゃんと書いてあるし、色分けまでされているから、見るだけで簡単に分かると思うのだけど」
僕はそう返答する。ただ単に、本の色や表紙の数字、棚の色や書いてある数字を見ただけであった。
春さんは怪訝な顔をする。
「見ただけでわかるの?」
「いや、だから数字が書いてあるし。わかりやすく色までついているって」
どうも話がかみ合わない。まるで見えているものが異なっているようだ。
「これは?」
春さんは本を手にとって、見せてくる。
その本は、赤い表紙で「二千五百二十七」と書いてある。
本棚を見上げ、まず赤くなっているところを探す。見つけた。次に数字を見ていく。棚には、二十ごとにそれなりに大きな数字が、百ごとにかなり大きな数字が書いてあるため、それを元に場所を絞っていく。
「あそこの棚の上から五段目、そこの左から七番目くらいかな。置いてある本をみないと、実際にいれるところはわからないけど」
「そう」
春さんは僕が指さした箇所に向かっていく。そして、さっきの本を置いて戻ってきた。
「あっているようだった」
それはそうだろう。最初の本の場所があっていたのなら、その本もあっているはずだ。
「アキヒコは数字や色が見えると言っていたけど。わたしには、ただの黒い表紙の本にしか見えない。手にとってよく調べないと、どのあたりに置くべきなのかも分からない」
「そうなの?」
本当に見えているものが違っていたらしい。そして春さんは、僕に依頼してくる。
「お願い。手伝って」
「わかった。そのかわり、いくつか聞きたいことがあるから、教えてくれる?」
「本を整理しながらでいいなら、答える」
会話の主導権を握られていたため、僕から質問ができていなかったが、ようやくいろいろと聞くことができそうだ。