調律7
空気が重く張りつめている。僕はついさっきまでの空気との違いを感じ取っていた。黒河さんを支えているために、ただでさえ遅い足取りが、さらに遅くなる。美夏ねぇも同じように少しゆっくりになった。春さんは気にしていないのか、気付いていないのか普通に歩いていた。
その結果、春さんと少し距離があいてしまった。春さんに少し待ってもらおうと声を掛けようとした僕は、春さんと逆の方向に信じ難いものを見つける。
ドラゴン? いや、本当にそうだとしたら何でこんなところに? なぜそんなに上位の魔物が。こんなに人里近い洞窟にいていい魔物ではないはずだ。
目の前の光景を信じられない気持ちで見ている僕。僕らに気付いたドラゴンが、こちらに向かって突進してくる。
ドラゴンに対して、炎がはなたれる。この炎は黒河さんの魔術だろう。倒れかける黒河さんを無意識のうちに支えながらそう思う。
その炎は、ドラゴンの突進をとめ、片腕を消し去るという結果を残した。
咆哮を上げながら再度ドラゴンが向かってくる。まずい、黒河さんを支えている今の僕では、回避できない。
僕らとドラゴンの間に、美夏ねぇが割り込む。しかし、ドラゴンの突進を受け、ふきとばされてしまう。美夏ねぇのおかげで、僕と黒河さんはひとまずドラゴンの突進を受けずにすんだ。
美夏ねぇがすごい速さでふき飛んでいった先に、壁が出現した。その壁は美夏ねぇを包むようにして受け止めた。
春さん、ありがとう。その壁を出現させたであろう少女に、僕は心の中で感謝する。
美夏ねぇを気にしていたため、ドラゴンから一瞬意識を離してしまった。ドラゴンに意識を戻した瞬間、ドラゴンの口から吐かれた炎が僕と黒河さんを襲った。
僕は、黒河さんを意図せず離してしまう。ごめん。心の中でそう謝るが、ごめんで済むようなことではない。僕は地面をわざと転がり、身体を包んでいた炎を消す。
黒河さんの火をはやく消さないと。そう考えた僕は、近くに使えそうなものがないかを調べる。地面の砂でもかければ、少しは消火できるだろうか。
僕に離され、意識を失ったまま座り込んでいる黒河さんの頭上に、かなりの量の水が出現した。その水によって黒河さんを包んでいた火が消える。おそらく、春さんの魔術によるものだろう。
このままでは、ただ全滅してしまうだけだ。春さん、黒河さんには一度逃げて、体勢を立て直して欲しい。僕はそう思い、おとりになるため、砦から借りてきてあったナイフでドラゴンに切りかかる。
ゴブリンなどの弱い魔物を想定したナイフであったためか、ドラゴンの皮膚に、小さな傷をつけることすらできなかった。しかし、ドラゴンの意識を僕に向けることは成功した。
「今のうちに黒河さんをつれて逃げて」
僕は春さんに向けて、春さんが無事だと考えて、言葉を発する。
しかし、返答は無かった。
変だと思いながら、ドラゴンの攻撃をなんとか避け、隙を見てドラゴンの皮膚にナイフをあてがう。
何度目かの攻撃を避けた際、春さんが目に入った。春さんは横たわっているようだった。いつのまに? このドラゴンはずっと僕と戦っていたはずだが。
僕は、ドラゴンの意識を自分に向ける必要がなかったことに気づき、攻撃という無駄な行動をやめ、避けることに集中する。
緊急事態のため神経が鋭くなっているためか、はたまたただの偶然か、僕はドラゴンの攻撃を紙一重でかわし続ける。
攻撃を重ねていたドラゴンの攻撃が何故か止まる。不思議に思いながら、体勢を立て直すため一度逃げ去ろうと思い、そのドラゴンと反対方向に意識を向ける。
そこにもう一匹のドラゴンが現れた。