出会い9
「おはよう」
目を開けた僕の前に、花鳥さんがいた。
「ん、おはよう」
挨拶を返すと同時に時刻を確認する。時計は午前四時を指している。寝過ごしたか、情けない。まぁ、昨夜は大変だったし、結局どうにもならなかったし、仕方ないか。
「あなたについて問い合わせた返答が来たので伝えにきた」
花鳥さんは昼間とうってかわった無表情で続ける。
「あなたの存在に関する問い合わせに対する返答はなく、ただ指令だけが返ってきた。あなたを近くで観察すること、蟲を倒すの手伝ってもらうことという指令が」
淡々と語る花鳥さん。
「じゃあ、ここに住むことになったのも?」
「それも観察という指令のため。ただ、私の父様とここの人達が旧い友人というのは本当みたい」
真っ先に疑問に思ったことを、先回りして答えられた。母さんや父さんを騙しているわけではなくて良かった。
「お邪魔みたいだし、私が伝えたかったことは伝えた。今日はこれで」
僕の様子を見て、花鳥さんは去ろうとする。
「待って。確かにこの状況は恥ずかしいから、あまり見て欲しくないけど、いくつか聞きたいことがあるんだ」
振り返る花鳥さん。先ほどからの花鳥さんは、無表情だが、蔑むような色が少しあるように思う。
「何?」
それでも、僕の質問を聞いてくれるつもりはあるらしい。
「まず、君はいったい何者なの?」
「私は、調律者と呼ばれる存在。止まった世界、私たちは静止世界と呼んでいる世界で、いつも以上の能力で行動することができる。また、静止世界に出現する蟲を倒すために動いている。私が知っている限りでも、五十人はいる」
「君が僕のことについて問い合わせた人も調律者?」
「いえ、私の父様に問い合わせた。父様達は管理者と呼ばれる存在。調律者達をまとめている。彼らは蟲たちの大まかな情報も得られる。その情報を元に私たちに指令がくる」
「花鳥春という少年について何か知らない?」
「あれも私。調律者として仕事をするのに、男性の方が都合がいいのか、女性の方が都合がいいのかは、場所、時間、対する蟲により異なる。偽装をするより、偽装を解く方が楽なので、最初は男性と認識を偽装して動くことにしている」
「なんで今回はその偽装を解いたの?」
「止まった世界で会ったのがあなたかどうかの調査と、私の魔術が効くかどうかの検証のため。静止世界で私の魔術が通用していなかったようだから、静止世界で解いた偽装による変化の影響も受けないのではないかと思った。あなたから想定以上の反応を得られて、確証がとれた。結局、蟲ではなかったようだけど」
「認識の偽装って、そんなことができるの?」
「できる。私はその方面の魔術を得意としている。この学園では、この方面の研究はあまりされていないみたい」
「その魔術、詳しく教えてもらえたりはしない?」
「だめ。といいたいけど、調律者として協力してもらう都合上、教える必要がでてくるかもしれない」
「普通に会うときと、止まった世界、静止世界だっけ? そこで会うときで、花鳥さんの印象がかなり違うようだけど」
「本来の私は、静止世界の無表情の私。本来の私だと無愛想すぎて不都合が多いから、無理をしている。魔術を使って少し手助けしていたりするので、それほど大変でもないけど。あなたに対しては、昨日さんざんこっちの私で接しているから、そのままにしている」
「ありがとう。だいたい納得できた」
疑問に思っていたことについて、大体情報を得られたように思う。他にも魔術――特に発動の速度――について教えてもらいたいと少し思ったが、それはまたの機会の方がいいだろう。実際に魔術を使いながら教えたもらった方が良いだろうし。
「そう。だったら、今日はこれで。あ、ほとんど同じ名字の人しかいないところで育ったから、私は花鳥と呼ばれるのになれていない。私のことは、春と呼んで欲しい。これから一緒に住むのだし、その方が自然」
花鳥さんが付け加えたお願いは僕にとって少し難易度が高かった。家族以外の異性を名前で呼ぶのは初めてのことだし。
「……わかった、春……さん。これからよろしく」
照れているのを悟られたくないので、短く返答する。あまり短くした意味がなかったような返答になってしまったが。
「私としては、そんな格好している人とよろしくしたくはないけど」
春さんにとって僕が照れているとかどうでも良かったらしく、そんな返答をされた。まぁ、そうだろうなとは思う。
「それには触れないで欲しい。僕の意志ではないんだ」
「でも、嫌ではないんでしょ」
「まぁそうだけど」
春さんはため息をついて、去っていく。
春さんが早々に去ろうとしたり、蔑むように見たり、僕が恥ずかしがっていた理由を語ろう。
春さんと会話をしていたので、僕も体を起こして普通に座ってると思われているだろうがそうではない。起こしたくても起こせない状況になっている。
昨日春さんがやってきた後から、美夏ねぇは僕からいっさい離れようとしなかった。風呂やトイレまでついてこようとしていたので、それだけは阻止した。それは、寝るときまで続き、そして今現在も続いている。
春さんと話している間もずっと美夏ねぇに抱きつかれていたことになる。春さんもよくこんな僕と会話を続けてくれてものだ。
さて、再び寝るとしようか。起床時間まで大した時間は無いが、最近の疑問があらかた解決したので、よく眠れそうだ。そう思って僕は目を閉じた。
「出会い」の章はここまでになります。