ある男の転星物語
てくてくと夜道を一人歩く
重いため息と丸まった背中
そして、そこに向かって突撃してくる灯り、金属のひしゃげる耳障りな音
こうして、彼。斉藤正之29歳は長くも短くもない人生を終えた………かに見えた。そう、見えたのだが………
「いってぇ~。なんだよ、ここ」
何か(多分トラック)にぶつかられたと思った次の瞬間、なぜか茶室っぽいところにいた
本物の茶室に入った事は無いし、お茶の道具がないから確定ではないけど、素人が見て「あ、茶室かな?」って思う位には茶室っぽい部屋だった
確か、茶室ってあの小さい障子が出入り口だったよな。
ちらりと数秒視線をそちら向けている間に、「あ、あの。」目の前に和服を着たなんか冴えない男が座っていた。
「はじめましてこんにちは。私は惑星管理者と言います」
髪も目も着ている服まで灰色な貧相な体格の男はペコリと三指ついて挨拶してきた
どこからどう見ても怪しいこと請け合いなのだがここにはヤツしかいないのでとりあえず「ここ何処よ。てかなんで俺ここに居んの?」と聞いてみることにした
「そ、そうですよね。突然こちらに飛ばされて驚いていらっしゃいますよね。スミマセン、スミマセン」
やたら低姿勢で謝ってくる男にちょっとだけ警戒を解く
「斉藤様に分かりやすく一言でご説明するなら異世界転生、という感じですかね。たぶん」
「おい、なんでそこ疑問型なのよ。あんた一応神様的存在じゃね〜の!?」
あまりの自信なさ気な様子にちょっと突っ込んでしまったよ。しっかりしてくれ
「スイマセン。自分説明とか苦手なもので、こんな自分が惑星管理者でスイマセン」
三指を通り越して土下座の勢いで謝り倒してくる男に「あ〜ごめん。ちょっときつく言い過ぎた」と謝り、話の先をすすめる。ちょっとでもキツイ言い方すると俺の見た目がヤクザっぽいせいか謝るばっかりで話進まなくなるのな、この人
その後、なんとか和やかに男から話を聞き出して分かった事
その一、ここは果てしなく広がる宇宙の片隅にある田舎?惑星で目の前の男がこの星の管理を任されてる、つまり神様だって事。その割に威厳とか神々しさ皆無だけどなー。だから神様だなんて言ってないでしょうって、そうか、言ってなかったなすまん。
その二、地球とは違う重力や物理法則、時空自体が隔たれているために同じ宇宙に浮かぶ惑星の一つと説明するよりは異世界と説明したほうが地球人にはわかりやすいとのこと
『転生』と言うよりは『転星』なんだが、訳わからん物理法則を一から説明されるよりは『異世界転生です!』で通したほうが確かに楽だよな。
下手に地球も同じ宇宙にありますよーなんて説明したら絶対に地球に返してくれって騒ぐバカがいそうだ、え?半数ぐらいそうだって?ご愁傷様。今度から『異世界です』で押し通しちゃえよ。めんどいだろ?おい、なんでそこで泣くんだよ。俺イジメてねーよ?あ〜、確かに俺の見た目は怖いってよく言われるし声もやたら低いしドスがきいてるって言われっけどさ、流石に初対面の人殴ったりしないぜ?なに、あんたそんなしょっちゅう殴られてんの?苦労してんだな〜ヨシヨシ。
そんなこんなで神様モドキを慰めながら小一時間話を聞いてやっていたらここで仕事手伝ってくれませんか?と頼み込まれてしまった。あまりな不憫さに一瞬頷きかけたのだが職場環境を聞いて丁重にお断りした
なんと、彼の自由に使える空間、管理事務所?はこの四畳半一室しかないという。いくらなんでも狭すぎやしないか?
理由を聞いたら『だって、惑星ポイントカツカツなんですよ。魂作るのもポイント足りなくて廃棄処分予定のものを他の惑星から譲ってもらってなんとか賄ってる状態なんです。とても事務所空間拡張になんてポイント振れません〜〜〜』と号泣である。
なんかうっかりトンデモな転星理由まで聞いちまったな
その後も数時間愚痴を聞いてやり、転星した後もたまになら愚痴聞いてやるよ。って事で何とか納得してもらい転星準備に取り掛かる
自分の部屋の拡張にも使わない貴重なポイントを使ってまで俺に『神託の巫女』っていうタイトルを付けるくらいには彼の本気が伺える。どんだけだよ、おい
《それでは、斉藤正之様、転生のご説明に入らせて頂きます。
転生体に定着する前に強くイメージしていただくと性別や体型を変形することができます。
前世でのアビリティーやスキルがボーナスとしてつく場合もございます。
今回特別ボーナスとしてパッシブアビリティー『記憶保持』、特殊タイトル『神託の巫女』が付与されました。詳しくは転生後システム画面でご確認下さい。それでは良いネクストライフを………》
なぜか女性の音声で転生案内のアナウンスが流れたと思ったら目の前が真っ暗になって身体が地面にめり込むような感覚に襲われた
体型は今のまま…いや、少し若い方がいいのか?
よし、十代後半でいこう。そして出来れば強面は廃業したい。せめてこのツリ目三白眼さえなければ、たぶんだいぶマシなはずだ。タレ目で行こう、これ絶対。
前世では人間関係のストレスで苦労したから多少サバイバルな環境でも人が少ない場所がいいな。
うん、せっかくの転星。欲を言うなら南の島でのんびりしたい。なんて考えていたらゆるゆると眠りの縁に落ちるように意識が薄れゆく
『ちゃんと相談乗ってくださいね〜』と言う男の声を遠くに聞きながら、俺の意識は完全にプツリと切れた
そして目の前に広がる白い砂浜、青く透き通った海
こうして俺の新しい転星ライフが始まった