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学校の裏庭、桜の木の下。

作者: ∠PA真理子

「学校裏庭の一番北側、

そこにある桜の木の下は、

決して掘り返してはいけない。」


昔。僕のいた小学校に

伝わる七不思議のひとつに、

そんな言い伝えがあった。


何故掘り返してはいけないかは、不明になっていた。

だから。

理由は色々考えられていた。


例えばいつかの校舎の

改築工事の時に出たガラスや

コンクリートなんかの残骸や、


いつかの理科の実験で余った

危険な薬品類なんかが

埋められたり捨てられたりしてて

危ないからとか、


例えばいつかの卒業生たちが

埋めたタイムカプセルの位置が

わからなくなって困るからとか。


でも一番多く言われてたのは、

そこが昔、

飼育小屋の動物墓地で、

掘り返したらそこに

埋められているニワトリや、

ウサギの骨なんかが出てきて

気持ち悪いから、

というものだった。


そう。

僕もはじめはそう思っていた。

でも。

でも違った。違ったんだ。


本当はもっと、

ひどく取り返しのつかないことが

起こるからだったんだ。

…………………………

あれはそう。

僕が小学5年生の

夏休みのことだった。


「なあ、かっつん。

かっつんはうちの学校の

七不思議のひとつのさ、

裏庭にある桜の木の下を

掘っちゃいけないって言い伝えの

理由、何だと思ってる?」


そこは学校のプール。

水しぶきの音や

先生の吹く笛の音、

生徒たちの歓声が響く中、

プールサイドのフェンスに

指をかけ、

その向こうをのぞき見ながら

小柄な少年、

杉山漣(すぎやまれん)は僕に

そう話しかけた。


そう。かっつんとは

勝島将(かつしましょう)

僕のことだ。


杉山と僕は同じクラスの男子で、

友達だった。


その日は学校のプール解放日で、

一緒に泳ぎに来ていた僕たちは、

たまたまフェンス越しに

裏庭の桜の木が見えたので、

その言い伝えについて

話していたのだ。


僕は首を横に振りながら言った。


「さあ。でもあそこ、

前は飼育小屋の動物墓地

だったんだろ。

掘ったら前に埋められた

ニワトリとかウサギなんかの

骨が出てきたりして、

気持ち悪いからじゃね。」


「だよな。」


そう答えて

こちらを振り向いた杉山の目は、

輝いていた。


それを見て僕は、

杉山がクラスいち好奇心が強い

のを思い出した。

杉山は続けた。


「かっつんさ、ニワトリとか

うさぎのリアルがいこつとか、

見たくね?」


そして。

…………………………

「なあ、やっぱりやんの?」


「当たり前じゃん。」


杉山は僕の問いに、

手にした小さなスコップを

振ってみせた。


どこから見つけてきたのか、

観察日記用のアサガオを

植えるために、使うやつだ。


そう。僕と杉山は、

プールが終わった後に、

裏庭に行くことにしたのだ。


言い伝えの理由を

確かめるために。そして。


裏庭に着くと、

僕たちは辺りを見渡した。


そこにあるのは2、3台の車が

止められる駐車スペース、

百葉箱、イチョウや

メタセコイヤのような鬱蒼と茂る

緑の濃い木々と、ゴミ置き場。


僕たち以外に誰もいないそこは、

セミの声以外に音はなく、

ある意味すごく静かだった。


「北って、どっち?」


「向こうじゃね。

プールから見えてる方。」


僕たちは

そんなふうに確認しながら、

裏庭の

一番北側を目指して歩いた。


そこは古いブロック塀の際で、

年を取った桜の木が

植えられていた。


プールからも見えたけれど、

その黒っぽい幹はねじれて

ごつごつしていた。


真昼の、最高に暑くなってる

時間帯なのに、

その影が落ちる部分だけは

変に涼しくすら感じられた。


僕はふと気づいた。

裏庭全体、木々の下には

ネコジャラシのような雑草が

ぼうぼうに生えていた。

でも。


何故かその桜の木の下だけは、

何も生えていなかった。


ただ、かさかさに乾いた

黄土色の土があるだけだった。

僕は気味が悪くなった。


「なんかきしょくね?

今日はやめとかないか?」


「は?今さら?

嫌なら見てるだけでもいいよ。

待ってれば。」


と。杉山は僕の言葉を気にせず

そう言うとしゃがみ込み、

乾いた土を

スコップで掘り始めた。


僕はやっぱり気乗り

しなかったし、

スコップが1本だけだったのも

あったので、

お言葉に甘えて杉山の小さな

背中を見ていることにした。

それから。


「なんか、

何も出なさそうじゃね。

思ってたのと違ったな。

そろそろ帰らね?

暑いし。腹も減ったし。」


20分くらいして、

辺りをあらかた掘り返した杉山が

何の成果も得られない様子に

僕がそう声をかけると、

杉山は汗だくになりながらも

笑顔で振り向いた。


「かっつん、これ。」


「え?」


僕は杉山がスコップで示す方を

見た。


そこは木の裏側で、

一見わかりにくかった。

けれど根元近くの土が

不自然な感じに盛り上がっている

のがわかった。

30cmくらいだろうか。


土の色が濃い。

微妙に周りのそれと違う。


「こういうのが何か

埋められたあとだったり

するんだよな。」


杉山はそう言って面白がって

その場所を掘り始めた。


僕はそれを見て

違和感をおぼえた。


いつも杉山の好奇心は

強いけれど、

それにしても今日は何で

こんなにこだわるのかと。

だから。


「なんか今日あきらめ悪くね?

何でそんなにこだわるの?」

と、

たずねてみた。


「んー。」


杉山は手を止めず、

考える様子になった。

そして笑った。


「俺もさ、裏庭の言い伝え、

ニワトリとかうさぎのリアル

がいこつが埋められてるせいだと

思ってるんだよね。

でさ、そういうの珍しいからさ、どうせ見るんならかっつんと

一緒に見たい、みたいな?」


「杉山。」


僕は思わず苦笑した。

そして。


(俺に見せたいとか別に、

気使う必要ないよ。)


そう続けようとした時、

不意に嫌な感じがした。

背中にぞくっと悪寒が走る。

だから。


「待て、杉山。」


僕は思わず叫んだ。

と。

杉山の手が止まった。

自分の手元を見ている。


僕も見た。すると。

そこに長くて黒い、

糸のようなものが何本も、いや、

束になって絡み付いているのが

わかった。


「杉山、それ。」


「うわー!」


突然、杉山は絶叫した。

同時に飛びはねるように

立ち上がると、

その場をあとじさった。


顔が強張っている。

僕はその視線の先を追った。


そこには杉山が

掘り返した穴があった。

そして。


その、10cm程掘られた土の中に

見えたのは、確かに真っ黒い、

長い人間の髪の毛だった。


糸じゃない。

うねり、いくつかの束になって、

穴からはみ出してもいる。

それが杉山の手に

絡み付いているのだ。そして。


見えたのは、

それだけじゃなかった。


そう。渦を巻く

髪の毛の隙間からは白いものが

見えた。

それはのっぺりとした人間の顔。確かに女の顔だった。そして。


不意にその目が、開いた。

中に何もない、ただの

2つの穴になった、それが。


「わあー!」


僕と杉山は同時に叫んだ。

パニックになり、

その場を逃げ出した。


ダッシュで裏庭を飛び出し、

校舎の横を通り過ぎ、

校庭を駆け抜け、

最後に正門にたどり着いた。

それから。


「杉山?」


僕は息切れしながら辺りを

見回し、自分が1人なことに、

杉山とはぐれたことに

気が付いた。


「杉山!」


呼んでも返事はなかった。

僕は辺りを見渡した。

誰もいない。


「杉山!」


もう一度呼んだ。

やっぱり返事はなかった。


僕は迷った。

けれど。

…………………………

おそるおそる裏庭に引き返すと、

僕は改めて辺りを見渡した。


そこにあるのは2、3台の

車が止められる駐車スペース、

百葉箱、イチョウや

メタセコイヤのような鬱蒼と茂る

緑の濃い木々と、ゴミ置き場。


僕以外に誰もいないそこは、

セミの声以外に音はなく、

ある意味すごく静かだった。

それから。


僕は裏庭の一番北側、

古いブロック塀の際にある

年を取った桜の木に近づき、

その下を見た。


杉山が掘り返した穴は、

何故かもうなかった。


そこは木の裏側で、

一見わかりにくかった。

けれど

根元近くの土が不自然な感じに

盛り上がっているのがわかった。

やっぱり30cmくらいの大きさ。


土の色が濃い。

微妙に周りのそれと違う。

ただし。

それはひとつじゃなかった。


同じくらいの土の盛り上がりは、

もうひとつ、増えていた。


杉山が掘り返した穴が

あった辺りの、すぐ隣に。

…………………………

それから10年たった。

でも杉山は、

まだ見つかっていない。


あの時、あまりの暑さに、

僕は幻覚を見たんだと

思いたかった。けれど。


僕も未だに、

あの桜の木の下を掘り返して

確かめる勇気が持てないでいる。

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