海辺の宝物
まだ薄暗い夏の浜辺を歩くの、気分が良い。暑くなる前に豆太散歩させて、浅瀬で一緒に遊ぶ。
豆太はこっちに越してからうちに来たから、海大好き犬に育った。
「豆太ぁ!カム!」
呼べば、砂浜に同化しそうな色の豆太は舌をベロンベロン揺らして駆けて来る。この顔、満面の笑みみたいに見えるんだよな。
豆太と砂だらけになって戯れてたら、何かに気が付いた豆太が駆け出した。顔上げた先にいたのは七海ちゃん。
「おはようございます。」
「おはよ。早いね?」
「豆太とお散歩するって言ってたから、会いたくて、来ちゃいました。」
「豆太に?」
お、真っ赤になった。
「ま、豆太にもですけど…湊吾さんにも、です…」
ごにょごにょもごもご、照れてる七海ちゃんは可愛いなぁ。
砂だらけでジャリジャリになってる豆太は、遊んで遊んでって七海ちゃんの足に戯れ付いてる。
ホットパンツから伸びる眩しい足。豆太の爪で傷付いたら可哀想だから、豆太を側に呼んでリード付けた。
「豆太は良い子だね、ちゃんと言われてる事わかるの?」
「親父とさ、本読んで勉強して色々教えたんだよ。こいつは賢い。」
なんて、親バカ発言かも。でも本当に豆太は賢いと思うんだ。初めて飼う犬だから他を知らないけど、いろんな事、ちゃんとわかってる。
「俺ら砂だらけだからさ、シャワー浴びに帰って良い?朝飯は食べた?」
「食べました。ミナも来るって言ってたんですけど、起きなくて…」
「あいつは朝苦手そうだもんな。」
七海ちゃんが一生懸命揺すって起こして、でも布団を被り続ける美波の姿が目に浮かぶ。
右手でリード持って歩き出したら、左手にするりと小さな手。驚いて見下ろしたら、七海ちゃんが真っ赤でうるうる照れていた。
「だ、だめ、でしょうか…?」
「ぜ、全然!むしろ嬉しい!でも俺、海入ったし、砂だらけだよ?」
「だいじょぶ、です…」
「……そか。」
俺の事、無自覚で翻弄するんだから参っちゃうよな。顔も体も熱くてカッカするけど、すげぇ、嬉しい。
何故か無言で、豆太は笑顔で、俺らは砂浜をゆっくり歩いた。
親父がサーフィンもするから、うちの玄関先にはシャワーがある。豆太と自分の体に付いた砂をシャワーで流してから、庭からも入れる風呂場に向かう。七海ちゃんには、玄関開けてお袋に声掛けて、中で待っててもらう事にした。
風呂から出たら豆太の毛を乾かして、俺と豆太は朝飯食う。
豆太と運動した後に食う朝飯、めちゃくちゃうまい!
「はー…食った食った。」
満腹で大満足。
幸せ感じてたら、俺を見てた七海ちゃんに笑われた。
「男の人って、たくさん食べるんですね?」
「そか?普通だろ?」
七海ちゃんの家に男は父親だけだからピンと来ないらしい。しかも彼女、女子校だしな。
満腹で満足した豆太はクーラー効いたリビングで昼寝しながらお留守番。親父とお袋も一緒に、四人でゴミ拾いに向かう。
近所のサーファーの人だとか、おじさんおばさん、いろんな人が集まって砂浜掃除。夏はゴミがたくさんで、ムカつく。俺はこれで、ゴミはちゃんと持ち帰りましょうって事を学んだ。
「湊吾くん、いつも偉いね?」
「やぁ、少年。」
声を掛けて来たのはそらさんと、きつめ美人の奥さん。この二人も今年からボランティアに参加して手伝ってくれてるんだ。
「おはようございます。玲さん、毎回言いますけど、俺湊吾です。」
「名を覚えるのは面倒だ。少年Aが良いか?」
「犯罪者っぽいからもっと嫌です!」
そらさんは玲さんの側で困った顔して笑ってる。この二人、ラブラブ過ぎてたまに目のやり場に困る夫婦なんだよな。
「そちらの彼女が、人魚?」
「へ?あぁ、そらさんから聞きました?」
頷いた玲さんが興味深そうに七海ちゃんを見つめてるから、二人に紹介した。恋人になりましたって報告したら、そらさんは優しい笑顔で祝福してくれる。
「七海ちゃん。時雨沢玲さんとそらさん。そらさんが作った作品、うちの店に置いてあるよ。」
「は、はじめまして!入江七海です!」
「海に入ると人魚になるのかな?」
「え?いえ、あの…人間です…」
玲さんって表情変わらないから、冗談か本気かわかんない。
「玲、困ってるよ。」
「ん?あぁ、ついな。可愛らしい子だな。」
「そうだね。」
ほらまた甘い雰囲気だ。見つめ合って微笑み合って、お互いメロメロって顔してる。見てるこっちが恥ずいっつぅの!
「七海ちゃん、七海ちゃん?」
なんだかぽーっと二人を眺めてるから、七海ちゃんの肩を突ついてみる。びくりって肩を揺らした七海ちゃんは、何故か照れ笑い。
「素敵なご夫婦ですね。憧れます。」
憧れの視線だったのかって理解して、俺はにかって笑う。
「俺らの目標?」
「はい…目標、です…」
ほんのり染まった頬に伏せられた睫毛、それ見た俺の心臓は、キュンと縮こまる。
「どうやら少年は人魚に心を奪われたらしい。」
「あんまりからかわないの。」
そらさんに窘められて、玲さんは肩を竦めて見せる。また後でって挨拶して、そらさんに手を引かれた玲さんは、幸せそうに微笑んでついて行く。この二人を目標にするのは、確かに良いかもしれないな。
「ゴミがたくさんですけど、ここに、お店にあるような綺麗な物が眠っているんですか?」
ゴミ拾いしながら不思議そうに首を傾げる七海ちゃん。まぁそう思うよなって、俺は苦く笑う。
「ビーチクラフトってさ、ゴミも使って作品を作るんだよ。海に打ち上げられて、浄化されたゴミ。それをお宝に変えるのも、楽しみの一つ。」
「そうなんですか?」
「うん。ビーチグラスもさ、言っちゃえばゴミだよ。でも、綺麗だよな。」
こくんて頷いた七海ちゃん。七海ちゃんもこの楽しさ、わかってくれるかな。
「台風とか大潮の後って、いろんな物が浜に打ち上がるんだ。外国のゴミも来る。宝探し、俺は大好き。」
ゴミでしか無い物もあるんだけどな。そういうのは拾って、掃除もする。
「私も、一緒にやりたいです。ビーチコーミングも、ビーチクラフトも。」
「うん。教えてあげる。」
ゴミ拾いで砂浜を掃除した後は、みんなで集まってスイカ割り。わいわいみんなで食うスイカってのも、すげぇうまいんだよな。
海にはいろんな出会いがある。
普通に生活してるだけじゃ、出会えない人とも出会えたりする。
俺が海で見つけた最大のお宝は七海ちゃん。
君が泡になって消えてしまいたくなんてならないように、たくさんたくさん愛情注いで楽しませてあげるって、俺はこっそり、決意してたりするんだ。




