海の香り
美波の邪魔者問題は、七海ちゃんが怒って解決したらしい。ショック受けた美波が俺のバイト先の海の家まで来て、ぶちぶち愚痴ってた。美波の愛情はわかりにくいけど、七海ちゃんもわかってる。埋め合わせで双子二人きりで遊んだ次の日なんかは、美波は嬉しそうに報告に来る。なんか懐かれてる気がするけど、本人に言うと罵られるから、言わねぇ。
「そ、そそ湊吾さん…」
いや、もうマジ…生きてて良かった!
俺の目の前には、全身真っ赤に染めて恥ずかしそうな、水着姿の七海ちゃん。水色水玉、フリルがたくさん付いた可憐なビキニ。
「私も水着なんですけど?ナナしか見てないね!」
小動物にげしげし蹴られてるけど、そんなんシカトだ。
俺ら三人は、学校のプールに遊びに来た。夏休みは生徒に解放されるんだよな。本当は生徒だけなんだけど、家族なら大目に見てもらえるから七海ちゃんも一緒。
「似合う!可愛い!最高!」
「は…恥ずかしい……」
両手で顔隠しても、体は出ているんだよ七海ちゃん。変態オヤジかってくらい、ジロジロ見たくなる。
「おい、湊吾!お前何夏満喫してんの?」
「腹立つわー、彼女連れは学校のプール来んな!」
「湊吾の癖に生意気だ!」
うるさい外野もシカトしとこう。
芋洗い状態の海はごめんだから、学校のプール。パシャパシャ入ってるだけでも気持ちが良い。しかも好きな子の水着姿…水着と下着の違い、俺にはよくわかんない。
「おいお前ら、あんま七海ちゃん見んなよ!」
友達連中の視線がウザいのが難点だ。
美波は学校の友達の所行ったみたいで、俺は自分の友達追い払って、七海ちゃんと二人で水遊び。
「湊吾さん、真っ黒ですね?」
「ん?あぁ、海の家だとどうしてもな。」
「ミナが、焼きそばが美味しいって言ってました。」
美波はしょっちゅう来るけど、七海ちゃんは人混みが苦手らしい。でもクラフトショップは気に入ったらしくて、そっちにはよく来てる。豆太と遊ぶ合間でたまに店も手伝ってくれてるみたいだ。
「あ、あの…湊吾さん素敵なので、心配です。」
素敵って言葉に舞い上がりたい!けど、何が心配なんだろ?
「夏の海は、綺麗な女の人が、たくさんです…」
少し拗ねて俯いた顔。
水着でそれをしたらあかん。お兄さん、狼さんになりたいです!
「俺は七海一筋。でも不安になられるの、愛されてるって感じですげぇ嬉しいって思っちゃう。」
へへって笑った俺に、すごい勢いで水がぶっかけられた。側にいた七海ちゃんも道連れで水掛かって、キョトンとしてる。
「見せつけんな!湊吾のバーカ!」
ギャーギャーうるさい友達連中に反撃して、それ見て七海ちゃんが笑ってる。声出して彼女が笑うのは珍しくて、めちゃくちゃ可愛い!
くたくたになるまでプールで遊んで、シャワー浴びて帰り道。美波は自分の友達とどっか行くって言って別れた。
七海ちゃんに怒られてからはベッタリ張り付きが減って、美波も気を使えるようになったみたいだ。
「朝、浜辺の掃除してるんですよね?明日、お手伝いに行っても良いですか?」
「良いけど、朝めっちゃ早いよ?」
「大丈夫です!早起きは得意です!」
朝、日が昇りきらない内に起き出して、観光客が汚した砂浜をボランティアで掃除してるんだ。うちは家族で参加してる。掃除のついでにビーチクラフトの材料探しも出来るから、一石二鳥なんだよな。
「湊吾さんって、海って感じです。」
「そう?真っ黒に日焼けしてるから?」
首傾げた俺に、七海ちゃんがあははって笑う。
「それもありますけど、いつも潮の香りがします。あと、付けてるアクセサリーも、全部海。」
「あぁ、これ?」
こっちに越して来て、両親の影響でハマったビーチクラフト。店の宣伝がてら、俺は作った物身に付けて出歩いてんだ。学校の友達とか、それ見て客で来てくれたりする。
「名前も海関連だしな。」
「"湊"と、"波"があります。」
「苗字は偶然だけど、名前の方は親父の趣味。七海ちゃんも海の名前だよな?」
「うちも、苗字が入江で、両親が海好きで…それなら子供も海に関係した名前にしようってなったらしいです。」
「うちと一緒だな。"七つの海"。壮大だけど、可愛い名前だね。」
「ありがとうございます。」
嬉しそうなはにかみ笑い。七海ちゃんは家族が大好きみたいだ。
「ね、知ってる?そのヘアゴム、俺が作ったやつ。」
今日ずっと気になってた。七海ちゃんの黒髪を纏めてるブルーのビーチグラスと白い貝のヘアゴム、見覚えがあったんだ。
俺の言葉に、何故か七海ちゃんは真っ赤になって慌て始めた。
「ちゃ、ちゃんと買ったんですよ?湊吾さんのお母さんが、これ、湊吾さんが作ったって言うから…あの、欲しくて……」
「俺が作ったやつだからって事?」
「いや!あの!ど、どれも可愛くて…でもやっぱり、その…湊吾さんが作ったのが良くて、ですね…」
トキメキ死ぬ。
「すっげぇ嬉しい!ありがと!でも七海ちゃんになら、タダで作るよ?」
「だ、ダメです!こんなすごいの、タダはダメ!ブレスレットだって、申し訳なくて…」
「でも俺、それ作るの楽しかったよ。七海ちゃんが喜ぶ顔想像しながら作ったら、ウキウキした。」
赤い顔を両手で隠して、盛大に照れてる。この子は本当、どうしてこんなに可愛いんだろうか。
「七海?こっち向いて?」
「嫌です。ずるいです。突然呼び捨て、ドキドキします。」
「わざとだよ?」
「策士です!」
顔を隠したままでスタスタ早歩きで逃げて行く。でも大股歩きで追い付けちゃう。
「手、繋ぎたいな?」
今度はピタリと止まった。
そろりと両手を外して現れたのは、真っ赤になって瞳が潤んだ可愛い顔。上目遣いで睨まれて、でもそれも可愛くて俺の顔はゆるゆるに緩んじゃう。
「湊吾さんに、勝てる気がしません…」
「そう?俺は七海ちゃんに勝てる気がしないよ?」
「嘘です。嘘吐きです。」
「本当だよ、いつもドキドキさせられて、翻弄されっぱなし。」
手を伸ばしたら、重ねられる手。
隣を見ると、赤いけど嬉しそうな顔の君。
海沿いの道を、二人並んで歩く。
海ではまだまだ楽しそうに泳いでる人達がいて、海沿いの道も混んでる。
暑い夏の空気。
潮の香りの海風。
俺の顔が熱いのは夏の暑さの所為だけじゃないって、どうやら原因である彼女は、わかっていないみたいだ。




