はじめての…
海開きしたら、浜は観光客で溢れ返る。俺は、そんな海では泳ぎたくない。クラフトショップも忙しくなって、商品の出入りが激しくなる。在庫が減って、俺もバイトの合間に作品作る。ちなみに店にある流木ベンチは非売品。俺と親父の合作なんだ。
「これあげる。」
仲直り記念のブレスレット。それぞれ好きな色は聞いてたから、貯めておいたビーチグラスと貝を使って作った。
「七海ちゃんは、青。美波は黄色な。」
「わぁ!可愛いです!」
「へぇ…。意外ー、センス良いんですねぇ?」
美波の野郎。七海ちゃんの様に素直で可愛い反応しやがれ。
「今度さ、観光客が減ったら一緒にビーチコーミングしない?」
ビーチコーミングは浜拾いの事。砂浜を櫛で梳くみたいにしてお宝探すからとか、そんな理由だった気がする。
「してみたいです!」
キラキラ輝く笑顔。七海ちゃんの笑顔の為なら俺、なんだって頑張れるような気がするよ。
「私もー。湊吾先輩がナナに変な事しないように見張りまーす。」
舌打ちしてぇ…。こいつは夏休み入ってから、事あるごとに俺の邪魔をする。その所為で、全く七海ちゃんとの仲を深められていない。
手を繋いだのも、ハグも、まだあの一回きりだ。
「美波さ、邪魔だから男紹介してやろっか?」
「不要でーす。私なら自分で見つけられまーす。」
「かっわいくねぇなぁ、マジで!」
イラっとした。はぁぁって溜息吐いてたら、七海ちゃんと目が合った。俺が作ったブレスレット眺めて、嬉しそう。にこにこ笑って、付けた腕を見せてくれた。
俺は夏休みはここの手伝いと海の家でバイトしてる。もう真っ黒に日焼けしてる夏満喫男みたいな見た目になってるけど、実際はまだ全然満喫してない。今の課題は、美波をどう撒くかだ。
花火大会で浴衣姿のめっちゃ可愛い七海ちゃん。と、へばり付いてる邪魔者一名。
「美波さぁ、お前マジで邪魔!なんでついてくんの?」
「うるさいなぁ。オマケはそっちでしょ?私がナナと花火大会に来たんだもん!」
もう、溜息しかでねぇわ。
「七海ちゃん、浴衣すげぇ可愛い。落ち着いた色、似合う。」
紺地に牡丹、かな。黒子の色っぽさといい、アップにされた髪といい、七海ちゃんの持つ雰囲気にマッチしてる。俺、何時間でも眺めてられそうだ。
照れ笑い浮かべてほんのり染まった頬。堪らんな。
「私にはノーコメントとか、本当先輩嫌な奴!」
「あぁ?美波は派手だな。薔薇か?似合う似合う。」
「適当でムカつく!」
俺はお前の存在にムカついてるよ!
人混み歩く時ってさ、はぐれないようにとかの口実使って、手、繋げるもんだろ。なのに美波がべったりがっちり七海ちゃん捕まえてて、隙が無い。
デートのはずなのに、涙出そう。
七海ちゃんもチラチラ俺を振り向いてくれてるけど、表情、暗い?こりゃあれだな。撒くか。
「おい美波。見ろ、あのお面お前そっくり。」
「はぁ?どれ?」
「あれだって、あそこ。」
「具体的に言いなさいよ!」
気が緩んだのか、美波は七海ちゃんから離れて少し前に進んだ。
うっし、今だ!
「え?湊吾さん…?」
七海ちゃんの手首掴んでエスケープ。浴衣だから彼女は早く歩けないけど、上手い具合に人混み縫って歩けば撒けるだろ。
「二人きりが良い。嫌?」
「いや、じゃない、です。…私も、二人が良い。」
じんわり嬉しそうな微笑み。
俺の胸はときめいて、七海ちゃんにメロメロだ。
完全に撒けたかなって所で足を止めて、ちょい休憩。
「ちょっと無理矢理だったけど、足、痛くない?」
「絆創膏持って来たし、まだ…平気、です。」
「そか。鼻緒、痛くなったら遠慮しないで言ってね?」
「はい…」
携帯がうるさくて、俺は電源を落とす。それを見てた七海ちゃんも、自分の方の着信見て、電源落としたみたいだ。
目を合わせて二人、悪戯が成功した共犯者の気分で笑った。
「ほ、本当は…ヤキモチ、妬いて、ました…」
どさくさ紛れで手を繋いで歩き出したら、七海ちゃんが呟いた。何にヤキモチだろって、内心首を捻る。
「私より、ミナとの方が、楽しそう…」
「えぇ?!そんな事ないって!あいつ邪魔でイライラしてたし!」
「………だって、名前…」
「名前?」
俯いて、彼女はこくんて頷いた。
ちらっと見えた表情は、痛みを堪えて悲しそう。どうしてこんな表情させちゃったんだろって、必死に頭働かせて考える。
「ミナは、呼び捨て…」
なるほどな。可愛いなぁ。けど、同時にすごく申し訳無い気持ちが湧いた。
「七海ちゃんが大事で特別で、呼び捨て出来なかったんだ。それで傷付けてたなんて…ごめん。」
ぶんぶん顔を横に振る七海ちゃん。髪、崩れちゃうよ。
「七海、って…呼んで良いの?」
道の端に連れて行って、向かい合って聞いてみた。そしたら途端に真っ赤になって、七海ちゃんは何故か涙目。
「湊吾さん…好きです……」
「うん。俺も、七海がすげぇ好き。」
「私、嫌な奴なんです。独り占め、したくて…ミナが邪魔だって、思っちゃって……」
この子は俺を殺す気か。
赤い顔で、涙堪えながら紡がれた言葉に俺、舞い上がってる。抱き締めたい。
「て、手も…ほんとは繋ぎたくて……湊吾さんに、くっつきたかった、の、です…」
ダメだ、俺。心臓撃ち抜かれて、死んだ。
「どう繋ぐのが良い?こう?」
手を伸ばして、彼女の手に触れてみる。
「それとも、こう?」
指を絡めてみたら、七海ちゃん、真っ赤。俺も心臓バクバクで、りんご飴みたいな顔になってると思う。
「七海?」
「は、はい…」
「……キス、して良い?」
今度は赤い顔がぶんぶん縦に振られてる。
俺はもう、君にメロメロなんだ。でも、不安な気持ちにさせて、ごめんな。
両手絡めて繋いで、ごめんって気持ちを込めて、大好きだって気持ちを込めて、彼女の唇に、キスをした。
赤い顔。ギュッて閉じられた瞼。彼女の全部が可愛くて、唇は温かで柔らかで、もっともっとって、なる。
「息、しないと死んじゃうよ?」
合わせるだけのキスの間、七海ちゃんは息を止めていた。多分これ、俺が彼女のファーストキスだ。
「そ、湊吾さんといるだけで…ドキドキで…死んじゃいます…」
「かぁわいい。これからは、二人きり、増やそうか?」
「は、はい!」
絡めて繋いだ手。柔らかな彼女の体温。
提灯に照らされた俺たちの顔は、お互いしばらく、真っ赤だった。




