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君を泡にはしない  作者: よろず


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2/9

陸に上がった人魚

 次の日は、豆太の散歩の役目を親父から奪い取った。

 浜拾い行くから一緒に行くとか言う親父をねじ伏せて、逃げるように豆太と駆け出す。中年親父は十七の息子には追い付けない。

 彼女は丁度、歩いて向かって来てる所だった。俺が手を振ると、小走りになる。砂に足を取られながらこっちに来る姿。二足歩行に慣れてない人魚みたい、なんて妄想した。


「おはよう。」

「おは、よう…ございます…」


 彼女の笑顔って、いつも照れて恥ずかしそう。引っ込み思案な子なのかな。

 彼女は屈んで、豆太を撫でくり回す。豆太は彼女の顔を舐める。犬…羨ましい……。

 今日は人魚の歌じゃなかった。でも海の歌。彼女が歌うのはJポップとかじゃなくて、ミュージカルかな?って感じの歌。


「ね、いつまでも"人魚ちゃん"ってあれだからさ…名前、なんて言うの?」


 帰ろうとした彼女に、思い切って聞いてみた。そしたら彼女、真っ赤になってあわあわしてる。


「俺は波多野湊吾(そうご)。高二。」

「い、入江…です…」


 どうやら苗字が精一杯みたいだ。人魚に似合う苗字の彼女はまた夕方にって言って逃げて行く。

 男の性か、逃げられると追いたくなる。夕方また捕まえようって決めて、俺はウキウキしながら豆太と帰った。

 だけど夕方まで待たずに、人魚は俺の前に現れた。

 友達連中と体育に向かう途中の階段。人魚は俺に気付かず、横を通り過ぎた。

 思わず二度見して、やっぱり彼女だって思って、追い掛ける。


「入江さん!…俺、湊吾(そうご)。同じ学校だったんだな?」


 嬉しくて、俺は満面の笑み。

 彼女はびっくりして目を見開いて、大きな瞳でじっと俺を見てる。


「美波、あんた、先輩と知り合いなの?」

「ん?んー?…ちょっとね。」


 一緒にいた友達に聞かれて答えた彼女は曖昧な笑み。突然話し掛けたから迷惑がられてるんだって、焦った。


「ごめん、突然。でも同じ高校だって思ってなくて…会えて嬉しくて…」

「いいえ…少し…びっくり、しました。」

「また夕方!豆太連れて行くな!」

「え?は、はい…」


 なんだか迷惑そうだって感じとって、俺はその場を離れる事にした。

 でも、なんか、違和感。なんだろって首を傾げたけど、俺の突然の行動をニマニマ見守ってた友達連中の質問攻めにあって、俺は違和感の正体に気付く事なく、忘れてしまった。


 放課後、彼女は校門で俺を待ってた。


湊吾(そうご)先輩!」


 自転車で通り過ぎた俺は、名前を呼ばれて振り向く。


「え?あれ?もしかして、待ってた?」

「は、はい…一緒に帰っても、良いですか?」


 俺が頷くと、彼女は俺の左側に並んで歩き出す。同じ学校の制服着た人魚ちゃんが、俺の隣歩いてる。なんか、感無量。


「そういえば下の名前、美波ちゃんって言うんだね?」


 彼女の友達がそう呼んでたから、下の名前ゲット。内心ガッツポーズの俺。


「漢字ってやっぱり、美しい波って書くの?」

「はい…そうです。」

「苗字も名前も海関連だね。やっぱり人魚ちゃんだ。」

「人魚…」


 あれ?嫌だったのかな?一瞬表情が、歪んだ気がする。でもすぐ、彼女はにっこり満面の笑みになった。


「豆太…会いたいです。」


 そんなに豆太が好きか。がっくりしながらも俺は、彼女と過ごせるのが嬉しくて舞い上がってた。

 店の方に彼女を通したら、興味深そうに品物見てる。豆太を連れて来ようとした俺は、両親に捕まった。


「おいおいおい、紹介しろや?」

湊吾(そうご)、彼女?彼女なの?」


 ニヤニヤニマニマ、親父は俺の首に腕回して、お袋もやたら顔近い。


「ちげぇよ、学校の後輩。豆太に会いたいって、来た。」

「なんだぁ、おめぇ犬に負けてんのかぁ?」


 親父の野郎…あとで覚えておけよって心の中で呟いて、両親振り払って自宅入って豆太を迎えに行く。

 暑くてバテるから、豆太は一階のリビングで飼ってる。俺に気付くと尻尾を千切れんばかりに振って、マジ可愛い奴。制服に毛が付くけどまぁいっかって思って、俺は豆太を抱き締めた。


「豆太、人魚ちゃんが会いに来たんだぞ!」


 大喜びの豆太にベロベロ顔を舐め回されて、ベトベトにされた。

 首輪とリード装備して、豆太を連れて店に行く。彼女は親父とお袋に捕まって困ってた。


「野次馬は消えろ!」


 両親蹴散らして豆太を連れて行く。けど、豆太が尻尾を振らない。今朝はあんなに嬉しそうに駆け寄って、嫉妬する程舐めまわしてた癖に、どうしたんだ?


「豆太?どうした?」


 聞いたら首を傾げる豆太。いや、俺が首を傾げたい。


「こんにちわ、豆太!」


 屈んだ彼女が豆太に手を伸ばす。

 遠慮がちに豆太は彼女の手を嗅いで、ぺろりと一舐め。それで終了。そっぽ向いて店の端で伏せて寝ちまった。


「え?おい、豆太?」

「あれぇ?ご機嫌斜めなのかな?」


 ニコニコ笑ってるけどなんか、目が笑ってない気がする。

 豆太も変だけど、彼女もなんか、変だ。


「ごめんな。あんなに入江さん大好きだった癖に、夏バテかな?」

「いいえ、大丈夫です。…私、お暇しますね。」

「なら、送るよ。」


 家はそんな遠くないみたいで、自転車押して並んで歩く。左側にいる彼女の横顔観察して、俺は首を傾げた。

 何か違う。でもその正体が、掴めない。


湊吾(そうご)先輩、好きです。付き合って下さい。」

「………は?」


 突然の言葉に頭が追いつかない。

 目の前にはにっこり笑ってる彼女。

 嬉しいはずなのに、舞い上がるはずなのに、俺の心は不思議な反応。

 俺、彼女を好きなのかな?


「え?えと…まだ、数回しか会ってないよ?」

「良いです。美波と付き合って?先輩が欲しい…」


 いきなり積極的過ぎるだろ?!

 俺の頭は大混乱。手を伸ばして彼女の額に触れて、熱を計ってみる。どうやら熱はないようだ。


「冗談だと思ってます?」


 ぷくって膨れた白い頬。

 だけど俺は何故か、頷けなかった。


「ごめん。また、ゆっくり話そう?今日は、帰るわ。」


 彼女は俺の人魚ちゃん。でもまるで、陸に上がったら人が変わったみたいだ。

 彼女の家はもうすぐそこって言ってたから、家に入るのを見送るのも忘れて俺は自転車に乗って逃げ出した。必死に違和感の正体を探って、彼女の顔を正面から見た姿頭に浮かべて、思い至った。

 黒子が、無いんだ。

 唇の左下にあったはずの黒子が、綺麗さっぱり、消えていた。

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