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波打ち際の人魚

 梅雨も明けて海開きが待ち遠しい暑い日の早朝。犬の散歩に出掛けた浜辺で、俺は人魚に出会った。

 踝まで海に浸かって、彼女は歌ってる。のびのび気持ち良さそうに、だけど何処か悲しげに。海に向かって、海に帰りたいと嘆く人魚の歌。


「人魚?」


 近付いて、呟いた。

 弾かれたように振り向いた彼女は俺を見て、俺が歌を聞いてたんだって悟ると真っ赤になる。耳まで赤い。


「海に、帰りたいの?」


 そんな訳ねぇだろって、言ってて自分で思った。だって彼女には、人間の足がある。デニム地のホットパンツ履いて、白い足がすらりと伸びてる。


「え、えと…すみません…」


 なんか謝られた。


「すげぇ、綺麗。歌声。…よく歌ってんの?」

「え?は、はい…」


 おどおどしてる彼女は海風で靡くセミロングの黒髪押さえて、形の良い唇の下の黒子がセクシーだ。本当に人魚なのかもって思いたくなるくらい、神秘的な何かがある。


「俺は犬の散歩。親に押し付けられた。」


 いきなり話し掛けた俺に彼女がびっくりしてるから、うちの柴犬持ち上げてニシシって笑う。そしたら、犬見て彼女が微笑んだ。


「名前…なんていうんですか?」

湊吾(そうご)。こんな字。」


 俺は屈んで"湊吾"って砂に書く。

 彼女も屈んで柴犬撫でて、無邪気な笑顔。


湊吾(そうご)くん?男の子?カッコイイ名前だね。」

「え?そいつは豆太。」

「え?」


 なるほどって思った。俺、早とちり。はずっ!


「ごめん。湊吾(そうご)は俺。」

「え?あ、あぁ!すみません…」


 また謝られた。思わずぶはって吹き出したら、彼女が赤い顔でキョドッてる。この人魚、可愛い。


「人魚ちゃん?また歌、豆太と聞きに来ても良い?」


 また会いたいなって思った。

 彼女の歌声、もっと、聞きたい。


「う、上手くないので…」

「えー?そんな事ないよ!すっげえ上手いって!自信持ちなよ!」


 本心言ったら、真っ赤な顔、両手で隠して彼女は照れてる。


「いつもこの時間?」


 顔隠したまま、彼女はこくりと頷いた。


「いつもここ?」


 今度はこくこく、二回。


「なら、また明日。」


 あんまり邪魔したら悪いかなって思って、俺はその場を離れる事にする。豆太連れて走り出して、振り向いたら彼女は小さく、手を振ってくれた。


 俺の家は海の側。

 若い頃サーファーだった親父がサラリーマン辞めてこっちに越して来た。親父はお袋と二人でクラフトショップやってるんだ。ビーチクラフトの教室も開いてて、結構好評みたいだ。

 家に帰ると俺は、豆太と自分の足を玄関先の水場で洗う。短パンの足にジャブジャブホースで水掛けるの、すげぇ気持ち良い。

 ついでに親父が拾って水に浸けてある"タコノマクラ"の水を替える。これ、ウニの一種。表面に花みたいな柄があって、漂白して真っ白にすると、可愛い。

 今は臭くてグロいけど。


「ただいまー!腹減った!」


 家に入ってまずは豆太のご飯。

 俺もお袋が用意してくれた朝飯食って、着替えて自転車で学校向かう。

 俺達家族がここに越して来たのは、俺が中学の時。突然親父が会社辞めたとか言い出した時はどうなるんだろって不安にもなったけど、ここに来たのは正解だ。

 俺もここを気に入ったし、何より両親がいつも笑ってる。都内のマンションで暮らしてた時は、いつもどんより暗くて疲れ果てたおっさんだった親父が、今では日に焼けて生き生きしてるんだ。お袋も、ほっとしてるみたい。


湊吾(そうご)!おっは!」

「おぅ!あちぃなぁ今日。もう夏だ。」

「観光客に海を占拠される季節が来るぜぇ。」


 俺の高校は、教室から海が見える。

 友達とじゃれ合いながら教室向かって、授業受ける。

 学校終われば俺は真っ直ぐ家に帰る。店覗くのが日課になってんだ。


「おかえり、湊吾(そうご)くん。」

「ただいまでーす!新作っすか?」


 店の方に顔を出したら、クリエイターさんが来てた。パグみたいな顔したおっさん。この人の奥さんは性格きつめ美人。


「そらさんが作るのって可愛いっすよね。若い子よりも、奥様方に人気。今日はどんなの?」

「今日はね、写真立てと貝のピアス。」


 この人にビーチクラフト教えたのは俺の親父。浜拾いしてる時に会ったんだって。本格的にやってみたらセンス良くて、うちのクラフトショップで作品売る事にした最近人気のクリエイターさん。


「まだ時間平気?お茶しません?」


 学校鞄置いて誘ったら、そらさんは少し悩んでから頷いた。この人主夫だから、夕飯作るまでの少しの時間。お袋に聞かれるのは恥ずくて、店の端にある流木のベンチにアイスコーヒー二つ持って行って並んで座る。


「俺、今朝人魚に会ったんっすよ。」


 真顔で言ったら、そらさん、きょとんとしてる。

 ほんとこの人、癒やし系だよな。


「本物?」

「いや、多分普通に人間なんすけど、すっげぇ可愛くて…思わず声掛けちゃって。」


 ニコニコニコニコ話を聞いてくれる人だから、俺はベラベラ話した。今朝会った彼女の特徴だとか、歌声の印象だとか、犬の名前聞かれたのに自分の名前答えて恥ずかった事とか。


「僕もその子、見た事あると思う。」

「マジっすか?」

「うん。黒髪の高校生くらいの女の子だよね?奥さんと散歩した時に、歌ってるのを聞いたよ。…確か、このくらいの時間にも見たかな?」

「え?夕方も?」

「うん。夕陽に向かって歌ってた。」


 俺は焦って立ち上がる。


「会えると良いね?」


 にっこり笑うそらさんにお礼言って、俺は店番してるお袋に散歩行くって言ってから豆太連れて飛び出した。

 豆太とダッシュして向かった今朝の波打ち際、彼女は、そこで歌ってた。赤くてまぁるい夕陽に向かって、また人魚の歌だ。

 豆太も彼女に気付いたみたいで、俺を差し置いて駆け寄って行く。女たらし犬め!


「あ、豆太!と、湊吾(そうご)さん…こんばんわ…」


 豆太には満面の笑み。俺には恥ずかしそう。犬は得だよな。


「こんばんわ。また会った。」


 いるかもって聞いたから飛び出して来たんだけどね、そんなん、ストーカーみたいで本人には言えない。


「また、お会いしました。」


 夕陽の中微笑む彼女は儚げで、海に帰っちゃいそうに見えた。


「歌、聞いてたら迷惑?」


 側にいたくて、聞いてみる。

 彼女は困って、迷って、躊躇いがちに頷いた。

 靴脱いでズボンの裾捲って、俺も海に足首まで浸かる。豆太は俺らの側で、波と追いかけっこして遊んでる。

 息を吸い込んで、彼女が歌ったのは海の歌。海の美しさを歌ってる。

 俺は黙って水平線眺めて、その声を聞いていた。


「俺んちさ、そこでクラフトショップやってんだ。今度見に来てよ?」


 これ、完全にナンパだ。不快に思われてんじゃねぇかって急に不安になって、彼女の顔を伺った。でも彼女はなんの疑いも無く、普通に頷いてる。無防備だなぁ…。


「人魚ちゃん、またね。」


 暗くなって来て、帰るって彼女が言うから、俺は手を振って見送る。今朝と逆。

 彼女は恥ずかしそうに笑って、小さな声で"また"って呟いて去って行った。

友情出演…時雨沢そら。出演作、『ヒモで忠犬な旦那求む』。

趣味が仕事になったそらなのでした。

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