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恵比寿シティ

真っ暗でらせんに曲がる道をひたすら走っていた気がする。

常に誰かに追いかけられていた気がする。

どこまで行っても終わりは見えなくて、ただただ虚しさだけが募っていく。

『死んじゃおうよ』

そう言ったのは誰だったのか。

『一緒に死んで』

そう言ったのは誰だったのか。

チカの頭は混乱していた。

何度もこんな事を繰り返していた気がする。

世界が繰り返される度に世界が破綻していく。

ほころんで、結局は同じ事の繰り返しだったのか。


―――ただ、ずっと一緒に居たかっただけだったのに。


その言葉が耳の中を反響し、大きすぎる音を響かせ、驚いてチカは目を覚ました。

真っ白な狭い部屋にベッドが一つだけ。

その上にチカは寝かされていた。


「ここ…どこ?」


首や手首にかけられた輪は無くなっていた。

さっきまで腕の中にいたアキの姿はない。

それどころか、ここにはベッド以外なにもない。

出入り口のないこの部屋は、壁も床も天井も明るすぎる程真っ白に光り輝いていた。


得体の知れない恐怖に襲われながらチカは座ったまま部屋を見渡していた。


「アキ…どこにいるの…」


思わず震える声が零れた頃、急にベッドの側に一人のアバターが現れた。

あの時アキと離ればなれにした51と名乗ったサブアドミニストレーターと同じような真っ黒な服に身を包んでいる。

白髪の男、サブアドミニストレーターの一人だとすぐに分かった。


「だっ…誰?」

「私は修復用アドミニストレーター19です。これからは19の命令を遵守して下さい。第一回の修復作業が終わりました」

「修復…?」

「第一回では精神安定を目的に修復作業を行ったのですが、精神レベルは平均より30ポイントを下回る結果となりました。第二回、第三回と同じような修復作業を行っても改善が無ければ記憶の改変をさせて頂きます」


チカは暫く呆然としていたが、一つ、疑問をぽつりと問いかけた。


「記憶の改変って…なんなの…」

「精神障害の原因であるアキに関する記憶を全て消去します」

「なっ…なにそれ…どういうこと?」

「チカの精神障害の原因はアキの存在だと断定されています。アキの全てに関する記憶を消すことで、精神の安定を図ります」

「アキの記憶が…私から消えちゃうってことなの?」

「そのような解釈で間違いありません」

「嫌…嫌だよ、絶対嫌!」


チカは思わず19と名乗る男に詰め寄るが、透明なガラスに囲まれて居るかのようにベットから外へ出ることが出来なかった。


「なにこれ…」

「アキという名前を出しただけで精神状態が悪化しました。やはり原因とみて間違いないでしょう」

「それはあなたたちが私たちを引き裂こうとするからでしょ!?放っておいてよ!アキに会わせてよ!ここから出して!」


力一杯その透明な壁を叩いても、物音一つせず、衝撃が全て吸収されているかのようだった。


「修復光を照射しますので安静にしていてください。それ以外の行動は全て凍結されています」

「あんたたちの言うことは訳分かんないことばっかり!アキに会わせて!修復なんていらない!」

「次回の修復作業は3時間後の午前0時からになります」

「お願い、私の話を聞いて!」


19と名乗る男はチカの言葉に耳を傾けることもなく消えていった。

真っ白の部屋に一人取り残されてしまう。

チカは不安と恐怖と怒りがあふれて、動揺が収まらなかった。

思わず涙が止まらなくなり、精神は混乱を極めていた。

必死に、透明の壁を何度も叩く。


「嫌…誰か!誰か助けて!お願い、開けてよ!」


透明な壁を何度も叩いて、それがびくともしない物だというのを悟るのに時間はかからなかった。

チカは壁に頭を預け、手で触れたまま、うなだれた。


「やだよ…どうしたらいいの…どうしたら…」


ベッドに倒れ込んで、なすすべもなくただただ泣きながら過ごした。

あるのは真っ白なシーツだけで、いくら涙がしみこんでもすぐに蒸発して消えていく。

出来ることは何も無く、19の言った午前0時が来た。


その時刻になった途端、チカは眠るように自然と意識を失っていた。


真っ暗でらせんに曲がる道をひたすら走っているようだ。

常に誰かに追いかけられている。

どこまで行っても終わりは見えなくて、ただただ虚しさだけが募っていく。

『次には幸せになりましょうね』

そう言ったのは誰だったのか。

『ずっと一緒に居よう』

そう言ったのは誰だったのか。

チカの頭はさらなる混乱を極めていた。

何度もこんな事を繰り返していた、逃げたかったのか、先に行きたかったのか。

もう世界はほころんでいる。

すでに世界は崩壊し始めている。


「チカ!」


愛しい声でチカは目を覚ました。

相変わらず真っ白な部屋だったが、目の前には驚くべき光景があった。

チカの上に乗っかっていたのは今何よりも恋しかったアキだった。

チカの意識が戻ったのを確認すると、アキは安心したように柔らかく笑う。


「アキ…?」

「そうよ、私よ。まだ、記憶は消されていないのね」


チカは呆然とアキを見つめ、縋るように肩を掴む。


「夢じゃないの…?本当にアキなの…?」

「会いたかった…もう会えないのかと思ったわ…」

「よかった…アキ…!私も…もう会えないかと思って…」


チカはガバっと身を起こし、アキを抱きしめた。

強い強い力で抱きしめ、ぽろぽろと涙を流して、会いたかったと何度も囁いた。


「ううっ…会えて良かった、会えて嬉しい、もう会えないかと思った…!」

「私も。会えて嬉しい…本当に嬉しい」

「もう離さないから…!ごめんね…」

「謝ることなんてないわ」

「でもアキ、どうやってここに…」


冷静になり、チカは抱きしめる手を緩め、アキと目を合わせた。

すると、アキはふと視線を外す。


「これよ」


アキは隣に大事そうに置いてあるノートパソコンに目を向けた。


「処分されたんじゃ…なんでここに?」

「分からないわ。修復室で気がついたら枕元にあったの。でもなんだか理解できるのよ。これは私の体の一部なの」

「どういうこと…?」

「時間がないわ、チカ。私の話を聞いて」


促されるまま、チカは抱きしめる腕を緩めて、ベッドの上にぺたんと座った。

すぐそこの距離でアキはチカの両肩を掴んでいる。


「私、分かったのよ、ハローワールドの正体が。ここは現実空間のたった一台のパソコンが管理している狭い狭い世界なの。この世界を管理しているのは私なのかも知れない。だからかしら、不思議よね、今、全てが理解出来るの。私はあなたと一緒に幸せに暮らしたくてこの世界を作ったのよ」

「そんなことって…」


アキの突然の話についていけないチカだったが、何故だか既視感のある言葉だった。

ただ一緒にいたかった、幸せになりたかった、それだけの為に何度も何度も繰り返した不思議な記憶。


「ああ…でもなんでだろう…私もそんな気がする」


チカは無意識に、何かの記憶を巡らせていた。

しかし、点と点は線にならないまま、頭は混乱していく。


「アキっていつもパソコンいじってた。部屋にモニターが10個以上もあってさ。天才だってもてはやされてて…。いつも一人で可哀相だったから声をかけた…そうだ、あの時が初対面で…でもあの時の私はアバターなんかじゃなかった…あれは…あの世界は…?」

「あの世界で私たちは幸せになれなかった。でもこの世界でも願いは叶わないわ。またサブアドミニストレーターが来て私たちを離ればなれにしようとしているのが分かるの。また繰り返す…こんな世界意味がないわ」

「うん、アキの言うことが、分かるよ。何度繰り返したんだろう…何度死んで何度引き裂かれたんだろう…また、駄目だったんだ…」


二人の蘇ってくる記憶はほとんど墨で塗りつぶされているような曖昧なものだった。

それでもこの世界に意味がないという事実はチカにも理解ができる。

もうこんな繰り返しも疲れてしまった。

幸せになりたいのか、終わらせたいのか、狭間で揺れるチカは一つの答えを導き出した。


チカはアキの両手をぎゅっと握った。

そして、真剣な目を向ける。


「ねえ、アキ。私を愛してる?」

「勿論。愛してるわ、一番」

「じゃあ…この世界を一緒に壊しちゃおうよ」

「壊す?」

「どうせ離ればなれにされるのなら…どうせまた叶わない世界なら…こんな世界壊しちゃおう。できるはずだよ、アキなら」

「世界を…壊す、ね…」

「そう、こんな理不尽な世界をね」


アキは暫く躊躇っていたが、不意に小さく笑い声を上げた。

そもそもこの世界はチカと幸せになる為に作ったもの。

とっくに破綻していることは、アキには容易に理解できた。


「うふっ、うふふ!わくわくしてきたわ、そうよね、思い通りに出来ない世界ならいらないわよね」

「私たちを引き裂いたのが悪いんだ、全部ぶっ壊してやるの!」

「そうよ、その通りだわ!」


アキはベッドにうつぶせに寝転んでノートパソコンを開き、チカに手招きした。


「チカ、おいで」


愉快そうにチカも笑って隣に寝転ぶ。


「なんかこうしてるとフリールームにいるときみたい」

「違う世界でもこうして過ごしていた気がするわ」

「そうだね、なんだか懐かしいよ、凄く」


アキがパソコンをカタカタ叩いている間、チカはアキの頭を優しく撫でていた。


「うふふ、ずっとそうしていて」

「うん。なんか、アキの髪の毛ってとってもいい匂いがするんだね」

「そうかしら?」

「うん、とっても好きなの」

「ありがとう。私もチカの手が好きよ」


大した時間もかけずに、アキは一つの画面を出した。

ただ真っ黒な画面の中央に入力スペースがあるだけの画面だった。


「この画面でパスワードを打つだけよ」

「パスワード…わかるの?」

「私には分かるの。全てが理解出来る。この世界を壊す鍵は、『siboworld』」

「シボ…なにそれ?」

「私にも分からないわ。でもパスワードは分かるの。不思議よね」

「ねえ、一緒にやろうよ」

「そうね、一緒に」


siboworld、一つ一つを二人は一緒に人差し指で入力していった。

まるでいたずらをする子供のようにくすくすと笑い声を零しながら、世界の終りのカウントダウンをスタートさせていく。


「s」

「i」

「b」

「o」


二人は色あせた見覚えのある景色を眺めているかのような切なさと懐かしさをかみしめた。

どうしてこんな感情が込み上げてくるのか、二人には分からなかった。


「w」

「o」

「r」

「l」

「d」


そして、世界の狭さ、世界の広さ、全てを知ったような全能感があった。

同時に不思議と湧いてくる虚しさは、容易に無視できる程度のもの。

二人はこの世界に心底飽き飽きしていた。


enterキーを押した瞬間、世界が鮮やかな青色に変わった。


「わっ!なにこれ」

「これから世界が消えるんだもの。何があってもおかしくないわ」


鮮やかな色が波打っていく。

空間を作り上げる補助線が綺麗に浮かび上がる。

天井がばらばら崩れては目の前で消えていく。

壁が透けて透明になる。

空間は上下左右の概念を失い、二人はまるで浮いているかのような状態で両手をしっかり握りあっていた。

全ての音が消えていく。

空間が狭まっていく。

悲鳴のような波動を感じ、圧力のような力を感じる。

だが、それもすぐに消えてなくなった。

チカはこらえ切れずに笑い出した。


「あはっ…あははははは!」

「チカ?」

「私たちってすごいよ。世界を変えたんだから。私と、アキの、愛の力だよ」

「チカって恥ずかしいこと平気で言うわよね…でもここは本当に狭い世界だったのよ。パソコン一台が作りだした仮想空間だったんだから。でも、こんなに狭い世界だったのに、チカといる時間はとっても幸せで、心がとっても広くなるような感じがしたの。きっとこの世界より私たちの二人の世界の方が広いのよ。だからこの世界はこんなに簡単に消えるんだわ」

「んふふっ、アキは難しいことばっかり考えてるんだね。私はチカと一緒に消えるならもうそれだけで幸せだよ。離れ離れにされて生きるより、どれだけましか…」

「そうね、ましよね」

「愛してるよ」

「私もよ、愛してるわ」

「なんだか懐かしいよ」

「そうね、懐かしいわね」

「見たこと無いのに見覚えのある景色が思い浮かぶの」

「ああ、私もよ」


二人は手を握りあって、おでこを付き合わせて目を瞑った。

二人の精神も崩れていく。

全てが消えていく。


「海が荒れ狂ってる」

「雨も降ってるわ」

「砂浜なんてなくて」

「コンクリートで固められてるわ」

「船が見える」

「飛行機も飛んでるわね」

「うるさいね」

「工事もしてる、本当にうるさいわ」

「暑いよ」

「焼け焦げそうだわ」

「虹色かと思ったのに」

「そんなわけないわよ」

「そっか、だから私たちはいつも二人ぼっちなんだ」

「なんだか朗らかな気持ち」

「私は…なんでだろう、少し悲しいよ」

「私も、泣きそうなの」

「ね。不思議な気持ち」

「還ろう」

「うん、還ろう」

「今度こそ幸せになるの」

「ずっと一緒にいようね」

「うん、絶対に」

「約束だよ」


まだ幼さの残る二人の世界の遊び場がぽろぽろと崩れて消えていく。

ほんの少しの幸せと、ほんの少しの不幸も、全て消えていく。

記憶も、繰り返した世界のことも二人はもう忘れてしまった。

六感で感じるものすべてが消えて、二人の現実感を失った言葉も消えた。


二人の指先まで全て、最後の1ビットが消えた瞬間、そこは何も無い闇に変わる。

そこに空間も時間も世界もない。

消えた二人は、もう何処にも居ない。

何もかも失い、虚無だけが広がる。


何も無い、なんの概念も持たない空間、そこに一つの何かが生まれたのはそれからすぐ後の事。


『WELCOME TO THE SIBO WORLD』


バックアップファイルからまた新たなチカとアキの恋物語は始まる。

もう何度も何度もこうやって世界を繰り返してきた。

それが幸せなのか不幸なのか。

少女たちはまだ何も知らない。

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