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メインシティ

その頃、ハローワールドの中心であるメインシティでは、アキとチカに関して調べを進めている二人がいた。

メインシティは基本的にサブアドミニストレーターしかいない。

殺風景な真っ黒の空間、壁は何処にもなく永遠に黒色が広がっている。

ここには昼と夜の概念がなく、此処にいるサブアドミニストレーター達は休養をとることもなくシステムの管理をすることに徹底して勤めている。

時々色んな場所をサブアドミニストレーターである白髪のアバターたちが横行している中で、その二人は立ち話をしていた。


一人は女性で、真っ黒なワンピース姿、一人は男性で真っ黒なノーネクタイのスーツのような格好をしていた。

髪色は白髪、サブアドミニストレーターの証だ。


「場所は小袖浜シティです。バグでしょうけど精神状態が悪化していて、周りのアバターにも影響が出始めているようですね」

「ケイ、現実世界のあの二人はいつ亡くなったの?」


ケイと呼ばれた男性は空間を指でなぞる。

すると起動していたシステム、空間に浮かんだ文字とウィンドウがふわりと動き、白の文字が浮かぶ。


「二人とも13歳。自殺しているんですね、心中かなあ…」

「だからだわ…現実世界で亡くなった年齢とアバターの年齢が一致するとき、よくバグが起こるのよ。二人は修復センターが充実しているシティに移しましょう」

「二人ともですか?」

「ええ、それぞれ違うシティにね。あの二人を一緒にしておくのは危険だわ。二人に凍結プログラムを発動して」


言われた通り、ケイはそのシステムを指でなぞるようにして操作し、凍結プログラムを発動すべく二人のアバターデータを検索し始める。

しかし、すぐに異変に気づいた。


「おかしいです、マスター」

「なによ」

「二人の情報がところどころ抜けていて…アバターに関する情報がほとんどありません。現実空間の情報は残っているんですが」


マスターと呼ばれた女性は暫く考え込んだが、すぐに答えを導き出した。


「アキだわ…」

「は?」

「アキが何かしくんだに違いないわ。前から問題になっていたでしょう、あのアバターがアドミニストレーターの権限を持っていることが。違反ではないからアバターを凍結することもできず、干渉することも出来なかった。権限を無効にすることもできなくて今でもデバッグチームが対策にあたってるわ。自分のアバター登録情報を消すことなんて実は容易なのよ。精神が不安定なあの二人ならやりかねない…。でも簡単に復元できるはずよ、できるわよね?」

「え、ええと…」


ケイは慌ててシステムを操作する。

ウィンドウが何重にも開き、混乱を極めていた。

指で行うこの操作を暫く進めていくうちに、空間に浮かんだ真っ白の文字が「復元」と表示される。


「ああ、ありました。少し前の状態までしか復元できませんが」

「一番最期に残ったログを頼りに二人の精神世界を監査しにいきましょう。きっとその時が一番精神的に状態が悪い筈」

「分かりました」


ケイが一つの簡単な操作をすると、今までの真っ暗なメインシティの景色ががらりと変わった。

この操作はアキの精神世界の可視化をするものだ。

サブアドミニストレーターがアバターの精神状態を監査するときは、直接精神世界に入り込んでモニターすることになっている。


空間はドーム状の閉じた空間へと変わった。

その瞬間、ぐわんぐわんと反響する音が響き、空間が歪んでいった。


「うわ…これは…」

「酷い状態ね」


歪んだ人の顔があちこちからぶら下がっていた。

暗さだけで言えば、さっきの空間と変わらないほど鬱蒼としていて薄暗い。

壁には「どうして誰も助けてくれないの怖い痛いなんで私ばっかり殺してやる死なないで助けてあなたは誰なの触らないで近寄らないで…」と延々心の叫びがぐにゃぐにゃと書き殴ったような文字が刻まれていた。

その文字列は現在進行形でどんどん増えている。

反響するような低い音や悲鳴のような高い音が重なって響き渡り、この空間にいるサブアドミニストレーターであるアバターの二人にも体調に異変を感じさせた。

二人の精神にあてられて心臓の圧迫感と強い不安や恐怖を感じてしまう。

ケイは気分が悪くなって口に手を当てていた。

女性は小さくため息をついてシステムを終了させた。

とたんに空間は先ほどの真っ黒な空間に戻る。


「うわあ…怖かった…やばいっすね、これは」

「しっかりして、ケイ。これは詳しく鑑定するまでもないわね、少なく見積もっても精神障害2級だわ。上の判断なんて後でいいわ、物理的に拘束しましょう。拘束具100を出して」

「100も必要でしょうか?」

「アキにはアドミニストレーターの権限がある。これぐらいしないと危険だわ」


メインシティでそんなやりとりがあった頃、チカとアキはとぼとぼと歩いていた。


大事な空間だったフリールームを奪われ、幸せに暮らしたベッドやテーブルも消えてなくなってしまった。

二人は言葉を失い、ひたすら途方もなく歩いた。

道中で、アキは泣きながら、震えた声でチカに一つ提案する。


「チカ…家に帰るしかないんじゃないかしら」

「嫌だよ。家にいれてくれるわけないもん」

「私も嫌だけれど…でもどうしたら…」


二人は坂を上って、海が見渡せる展望台まで上った。

こちらの方は居住区が少ないこともあり、自然と足が向いたのだった。

それでも景色を楽しむ余裕など二人には無く、チカは手すりまで来ると、すとんと座り込んでしまった。


「もう…嫌…」

「チカ?」


心配そうにしゃがみ込んでアキが不安げな顔をする。

アキは泣いていたせいで目は赤くなっており、未だにぽろぽろと泣いている。


「もう嫌だよ…私たちのフリールームが…ベッドが…一緒に集めた貝殻が…思い出の写真が…全部なくなって…」

「嫌、チカまでそんな弱気にならないで…怖いのよ、凄く怖いの」

「私も怖いよ…怖い…どうしたらいいの、これから…。フリールームを買い戻すお金もないし…もう私たちが帰る場所なんて…」


その時、アキは何かを見つけたように立ち上がって海辺が見える景色へ振り向き、涙を拭いた。

高い高い展望台。下は林になっている。

若干冷静になったような声で、アキはぽつりと言った。


「ここから飛び降りたら死ねるかしら」

「え?」

「手をつないで、ここから一緒に飛びましょうよ。来世は鳥になれるかもしれないわ」

「そうだね、なれるかもしれないね」


世界が歪み、揺らいだ音がした。


「ここはどうせ仮想空間なんだもの」

「そうだよね」

「現実空間に戻るの。きっとそこなら私たちは幸せに暮らしていると思うから…」

「そうだよ、きっとそう。戻ろう。一緒なら大丈夫だよ」

「そうよね。こんな世界から消えちゃいましょうよ」

「そうだね、消えちゃおう」

「何かしら、急に何にも怖くなくなったわ」

「うん、私も」

「現実世界でまた会えるわよね」

「きっと会えるよ」

「現実って、懐かしいのね」

「かいだことのない匂いがする」

「黄色と赤と青だわ」

「鳥が飛んで」

「そしたら雨が降るの」

「もっともっと広い」

「鬼の顔ね」

「でもぐるっと回って遠ざかっていく子供になったよ」

「舞台の模様もぐるっと回って」

「ねっとりとした水滴がこっちにくるよ」

「まるで顔ね。不気味な顔」

「なんだかすごく妬まれてるのかな」

「恨んでいるのよ」

「みんながこっちを見てる」

「息が出来ないわ」

「ああ、私も。心臓が破裂しそう」

「でも怖くないわね」

「そうだね、怖くないね。むしろ気持ちいいよ」

「そうね、気持ちいいわね」

「一緒にいてね」

「愛してるから」

「私も、愛してる」


まるで棒読みのような声色で二人は完全に無意識の状態のまま言葉を投げ掛け合う。


世界のひずみがじわりじわりと広がっていく。


バグは精神に混乱をもたらし、二人の理性はとっくに飛んでいる。

低い柵に足をかけ、飛び降りる瞬間はほぼ同時だった。

二人一緒にトン、と体を空中へ投げ出す。

二人は感情を失い、視覚を失い、聴覚を失い、全ての感覚を失い、目の前はブラックアウトして、次の瞬間。


『WELCOME TO THE HELLO WORLD』


二人の脳裏をよぎった一つの言葉。


気がつくと、二人は林の中で手をつないだまま立っていた。

時間がどれほど経っていたのかも分からない、ただ、気が付いたらこの風景に移動していた。

自我を取り戻した二人は、顔を見合わせ、暫く呆然としていた。

アキが上を見上げるので、チカもそれに合わせて上を見上げる。

上には展望台があった。

確かに飛び降りたはずだった。


「…ここは?」

「今のは…それに飛び降りたはずじゃ…?」

「これ…夢だったの…?」

「違うわ、確かに飛び降りたはずよ」

「じゃあこれは現実空間なの?」

「でも小袖浜シティとまったく同じ風景だわ…」

「現実空間って風景は同じなの?」

「これは…死後の世界かしら」

「私たち、死んだの?」


その時、二人のアバターがどこからともなく現れた。

その二人はメインシティの女性とケイだった。


それに気づいた二人はびくっと体を震わせ、二人両手を握りあい、一歩のけぞった。

言葉も何も出ないでいる二人に、女が近づいていく。


「どれも違うわ。貴方たち二人は軽いバグが起こってたから修正しただけ」


チカとアキは状況が分からないまま、突然の見知らぬ人物を見てただただ混乱していた。

ただ一つ分かったのは白髪の髪の毛、この二人はサブアドミニストレーターだということ。

アキがチカの後ろに隠れ、チカはアキをかばうようにする。


「あなたたち、サブアドミニストレーターの人でしょ?ねえ、何が起きてるの?」

「これ以上の説明義務はありません。射程範囲、入ります」


女は二人の前に手をかざした。

感情ない冷たい表情を浮かべている。


「ナンバー34756-1-46853、拘束レベル3、続いてナンバー349171-1-46664、拘束レベル3」


その瞬間、ガシャンという金属音と共に、チカとアキの首、両手首、両足首に黒い輪が現れた。

その輪はあまりにも重く、二人は重なるように倒れ込む。


「うあっ、やだっ、何!?重い…」

「痛っ…痛いっ…なにすんの!?」

「それはこっちの台詞よ。私は小袖浜シティに派遣されたサブアドミニストレーターの51です。貴方たちは精神状態が不安定なため修復を受けることになりました」

「修復って…何?」


チカがおそるおそる言うが、サブアドミニストレーター51と名乗る女は淡々と説明を続ける。

番号が与えられているサブアドミニストレーターは上級の管理人であり、ケイのような権限の低いサブアドミニストレーターを従えている。

上級のサブアドミニストレーターになる程、感情が乏しく目つきも鋭く冷たい。


「ナンバー34756-1-46853アキは大都シティ、ナンバー349171-1-46664チカは恵比寿シティに移動となります。なお、この処置は無料で行うことが出来ます。保護修復となるため、命令に従い行動することが義務づけられており、サブアドミニストレーター以外のアバターとの接触は禁じられます。移動まであと30秒です。修復センターで次の命令があります」

「何を…言っているの?」

「嫌よ、離ればなれにする気なんでしょう?嫌よ、絶対に嫌!」

「え…?私たち離ればなれになるの…?なんなの?」


なんとなく状況を理解したアキと、何も分からずにいるチカだったが、どちらにしろ混乱していた。

だが、そんなことはお構いなしに51と名乗ったサブアドミニストレーターは淡々と説明を続ける。


「チカは精神障害3級、アキは精神障害2級となりましたので修復が終わるまでシティ間の移動はできなくなります。二人の接触は以後、原則禁止となっています。アバターの維持の為の処理ですので…」

「やだよ!やだ!なんでこんなことするの!」

「移動まであと10秒を切りました。サブアドミニストレーター51からの命令は以上です」


そう言った途端、サブアドミニストレーター51とケイの二人はその空間から跡形もなく消えて居なくなってしまった。


「あと10秒って…何が?」

「いや…いやよ…!ねえ、チカ、何処にも行かないわよね、側から離れないって言ったわよね」

「大丈夫、絶対離さないもん、こんなの嘘だ、嘘に決まってる!」


チカはなんとか身を起こし、守るようにアキにしがみついた。

首と両手首と両足首の輪が重く、ほとんど動けない。


「私に掴まってて、絶対に離れないで」

「うん」

「大丈夫、私たちはずっとずっと一緒だから」


そう励ますチカの声は涙ぐみ、震えていた。


「そうよね、一緒よね?離ればなれになんかならないわよね?」

「ならないよ、だってこんなに愛してるんだから」

「そうよね、ずっと一緒よね…」

「アキ…」

「ああ、またこれだわ…」


その瞬間、二人の姿が拘束具だけを残し、小袖浜シティから跡形もなく消えた。

暫くすると、拘束具もその場から跡形もなく消えていく。


その様子をメインシティから監視していたのはサブアドミニストレーター51とケイだった。

ケイはため息をついて、モニターを消した。


「なんか、ちょっと可愛そうっすね」

「恋心なんて一過性の感情にしか過ぎないわ。あんなバグみたいな激情も、きちんと修復して治して貰いましょう」

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