小袖浜シティ
ふわふわなレースのカーテンに包まれた大きな大きなベッド。
真っ白でふかふかなベッドの上に真っ白な服を着た少女が二人、横並ぶ。
窓からは優しい風が吹き、フリルのカーテンがたなびいていて、ふんわりと潮の香りが吹き込んでくる。
ベッドでほぼ埋まってしまうほどの小さな部屋に、所狭しとキラキラ光る石や貝殻で作った飾りがあちこちに彩られていた。
テーブルの上には朝食の時に出したグラスに入ったお茶が少し残っている。
この部屋にはベッドとテーブル、その周りに椅子が二脚あるだけだ。
色とりどりのクッションが並べられた枕元に寝そべった柔らかい二人の体はぴったりと密着して隣合わせに寝転んでいた。
「兎追いしかの山~…小鮒釣~りし~…かの川~…」
少女チカは消えそうな声で、このハローワールドでは誰でも知っている曲、ふるさとを口ずさんでいた。
チカはたくさんのクッションで覆われた枕元に顔を埋めているので、声はこもっているが、隣で寝転ぶアキはこの世界ではかなりの貴重品とされるノートパソコンを弄りながらそれを心地よさそうに耳に入れていた。
少女二人はお互いに13歳。
チカは髪の毛を肩にあたらないぐらいまで適当に切り落としていたが、癖がついて外にはねていた。
パソコンをカタカタと操作しているアキの柔らかな髪の毛は腰から下まで長く、前髪だけ短くきっちり切りそろえている。
どちらも混じりっ気のない漆黒の黒髪だった。
そもそもこのハローワールドの中ではアバターの髪色は黒に統一されており、システムを操作できるサブアドミニストレーターだけが真っ白の白髪であるというのは当たり前のルールになっていた。
二人は真っ白なワンピースに身を包んでいる。
この世界でアバターが一番最初に手に入れる服を二人はずっと着続けている。
成長する体と共に成長していくその不思議な服を来ているのは、この小袖浜シティの中ではこの二人ぐらいのものだ。
ハローワールドの中でもなかなかそこまで見た目に無頓着なアバターはいない。
しかし、二人は服よりも他にお金を使いたかったし、何より完璧なおそろいであることが重要だった。
このハローワールドに同じ服はこの白装束以外に無いからだ。
13歳なのでアカデミーに通わなければならない年齢の二人だが、二人はいつもここでこうしてスローな時間を過ごしていた。
アバターが年齢に応じて貰えるお小遣いをためて小袖浜シティのフリールームのサブアドミニストレーターからこの空間、フリールームをこうして一つ買い付けている。
12歳になればだれでもフリールームを買うことができる。
二人はいつもそこにいた。
家にはほとんど帰らない。
お互いの両親も二人を見放していた。
そしてお互い親の顔を見たくもないと思っているし、それは親も同じだった。
なぜなら、異性同士で愛し合うようプログラムされているはずのこのハローワールドで、この二人は異質だったからだ。
この少女二人は心からお互いのことを愛し合っていた。
お互い、いつからの事なのかも覚えていないが、出会ったときから愛し合っていた。
まるで何かに制御されているかのように。
「ねえ、チカ」
「んー?」
チカはうつ伏せになって寝そうになっていたが、アキの言葉で顔を上げた。
「この世界って仮想空間みたいなの。現実空間って言うのがあって、そこに私たちの本当の体があるんだって」
「なにそれ」
「メインシステムのアドミニストレーターマニュアルを見て分かったの。アバターって言葉は分身って意味で、本当の肉体とは別のものなのよ」
「ふーん。どうでもいいよ」
「まあそうね、どうでもいいことね」
「それに現実空間の私たちもきっと二人でいると思う」
「そうかしら?」
「そうだよ。だってこんなに大好きなんだもの」
アキはチカのストレートな言葉にいつもくすぐったい恥じらいを感じる。
くすくす照れ笑いをすると、チカは眠そうな目をしたままで首をかしげた。
「アキはどうなの?」
「大好きよ。いつも言ってるのに、もう」
二人はいつもここに引きこもっていた。
同性愛を毛嫌いする住民も多く、チカとアキを白い目で見る人も少なくはないので、外は居づらいのだ。
外は海辺が広がり、小さな住宅街が坂に沿って階段状に立ち並ぶ。
真っ白な砂浜がすぐそこに広がっており、美しい風景だったが、二人にとってはこの空間の方が居心地が良かった。
チカはごろごろしながらぼうっとしていたが、アキはパソコンをいじったままだ。
手持ちぶさたになったチカは退屈そうに斜め上から覆い被さるように乗っかってアキの長い髪の毛を触りながら問いかけた。
「なんでアキはパソコン持ってるの?」
「なんでそんなこと聞くの」
「だってパソコンなんてサブアドミニストレーターとか村長ぐらいしかもってないのに」
「知らないわ。物心ついた時から持ってるの。それにやらなきゃいけないことがあるの」
「やらなきゃいけないこと?なにそれ」
「私も分からないの。でもやらなきゃならないの。言葉じゃ説明しにくいわ」
チカは顔を上げてアキのパソコン画面を見てみた。
真っ黒な画面にびっしりと1と0が羅列されている。
アキはそれをひたすらに修正したり書き足したりしていた。
「説明されても分かんなそう」
「そうね。でも、面白いことが出来るのよ」
アキはキーボードを叩き、操作を終えると、チカに笑いかけていた。
「何をしたの?」
「メインシステムから私たちのデータを消してみたの」
「えー?そんなことして大丈夫?」
「サブアドミニストレーターが管理するために使う情報を消しただけよ」
「ふーん…」
「私たちのことは私たちだけが知っていれば良いと思ったの。素敵じゃない?」
「そうだね、私だけのアキがいい」
「私もよ。私だけのチカがいいわ」
二人はいつもこんな調子で、愛情と独占欲にまみれていた。
何も知らない二人の恋はまるでおままごとのようだった。
17時を過ぎる頃になると、決まって来客が訪れる。
村長と呼ばれる、このシティの代表者だった。
サブアドミニストレーターと違って何も権限は無いが、象徴のような存在で、シティのアバター達も村長を慕っている。
村長は初老の男性で、短髪の白髪に柔らかい笑顔を浮かべている。
今日は近所に住む中年女性を連れていた。
「よう、アキ、チカ。今日もずっとここにいたのか?」
「あ、村長!」
チカはベッドから起きあがり、ベッドの端に座って村長と話し始める。
人と話すのが苦手なアキはノートパソコンを弄りつつ小さく会釈だけした。
「そうだよ、だって外行ったって海しかないんだもん」
すると隣にいた中年女性が口を挟む。
「海辺を散歩するのもいいものよ?二人ともこのままじゃ運動不足になっちゃうわよ、運動、運動!」
「もー、チヨおばさんはすぐ説教なんだから」
「ほら、海辺を歩いてるといいこともあるのよ?これ、浜辺で見つけたアサリで作ったの。雑炊よ。晩御飯にするといいわ」
「わあ!やったあ!アキ、アサリだって」
それを聞いて、アキは慌てて身を起こし、ベッドの上に正座して小さくお辞儀をした。
「いつも本当にありがとうございます。ここ、キッチンもないし、私たちお金ないから…本当に助かってるんです」
「あら、いいのよこれぐらい。作りすぎちゃって余っただけだから。チカもアキちゃんみたいにお礼言ったらどう?」
「感謝はしてるよー。村長もチヨおばさんもありがとね!」
「うふふ、良くできました。お礼の言葉だけは忘れちゃ駄目よ」
「そうだね、忘れちゃ駄目だね」
「他に困ってることはあるか?足りない物でもあったらいつでも言ってくれ」
「ありがと、村長。大丈夫、ここには何でもあるから」
「そうか。たまには家に帰らないと駄目だぞ」
村長は何の気なしに言ったつもりだったが、その言葉で二人は黙り込んでしまった。
二人の感情を察した様子の村長とチヨは顔を見合わせて、アイコンタクトをする。
「まあ、無理にとは言わないよ。私たちは出来る限り協力する。別に急がなくったっていいんだからな」
「うん…村長、ありがとう」
「じゃ、ほら、雑炊は冷めないうちに食べるのよ?ここに置くわね。私たちはもう行くわ」
「うん、またね」
「本当にありがとうございました」
二人が去ると、チカはどさっとベッドに寝転んだ。
手持ちぶさたに上に伸ばした手がアキの長い髪に当たったので、そのままそのさらさらな長い髪の毛をそっと撫でる。
しばらくの沈黙の後、チカがぽつりと言った。
「みんな言うよね、家に帰れって」
「そうね、みんな言うわね」
「私、この間海でお父さんとお母さんとすれ違ったの。絶対気づいてたのに無視された」
「私もそんなものよ。ママがよくヒステリックになって…ほら、ここ」
そういって、アキは二の腕の傷跡をおずおずと見せた。
「フォークで刺されたのよ。怖くて痛みは感じなかったけど…」
「そんな…なんで早く言わなかったの!?膿んでるじゃない!」
「ごめん…思い出したくなかったのよ…」
「じっとしてて。こうすれば治るってヤチおじさんが言ってた」
チカはアキの傷跡を優しく舐めた。
傷がしゅわっと音を立てて痛みを引かせていき、傷も見る見るうちに目立たなくなっていった。
ハローワールドのルールとして、お互いに好意を持つアバター同士ではこのような治療方法もできることになっている。
優しい体温を感じているうちに、アキはあの時の恐怖、悔しかった激情、虚しさ、様々な気持ちがこみ上げ、思わず涙をこぼした。
一つ二つ、涙が零れて、ついには声を上げて泣き出してしまった。
「ううっ…どうして…どうしてママは、許してくれないの…!どうして…」
「大丈夫だよ、アキ。私がいるよ。次は絶対私が守るよ」
「私…ママが怖いよ…」
「そうだね、怖いね。だからここにいよう。ずっと一緒にいようよ」
「ありがとう…ありがとう…ずっとずっと側にいてね」
「うん、側にいるよ」
「約束よ」
「うん、約束」
チカは黙ってテーブルに手を伸ばし、チヨがおいていった雑炊を手に取った。
それをチカは優しい手つきで、泣き続けるアキにスプーンで食べさせてあげた。
不思議とこの雑炊は温かみがあり、心が落ち着いていくのだった。
二人で分けて食べているうちに、荒れた感情も落ち着いてくる。
軽く食事をとった後、チカは優しくアキの髪の毛を撫でていた。
少しでも落ち着くようにと出来るだけ優しく。
「チカ…」
「なあに?」
「私、こうされるとすごく落ち着くの。気持ちいいわ」
「私も、アキの髪の毛、綺麗で大好き。ふわふわしててさ」
アキは顔をチカの胸にうずめ、目を閉じた。
チカもアキの髪の毛に頬を触れさせて、ぽつりと呟く。
「ずっとこうしていられたらな…」
「そうね」
シティのアバター達の中には村長を始め、色んなアバターが、チカとアキを可愛がり、助けてくれていた。
食事を提供したり、親を説得したりしてくれるのだが、一向に両親からの理解は得られない。
ハローワールドの消灯時間になり、部屋が暗くなった頃、二人はぴったりくっついて眠り始めた。
「眠れないわね」
「眠れないね」
「でも眠くなるわね」
「うん、眠い」
「不思議だわ」
「何が?」
「ハローワールドって…何なのかしら」
そんなやり取りをしながら二人は薄いシーツの下で密着したまま眠りに落ちた。
チカはとにかくアキを助けたい、独占したいという気持ちに囚われていた。
アキもそれは同じだったが、それ以上にアキが気になることがあった。
ハローワールドとは一体なんなのか。
彼女だけが小さいころから持っているノートパソコン、そこには1と0の機械語で様々な情報が溢れている。
アキはなぜ自分が機械語を理解出来るのかも、自分がノートパソコンで毎日やっている作業がなんなのかもよく分からない。
でもやらなければならないのだ。
朝日が昇るのは毎日決まった時間、それに合わせてシティの住民たちも活動を始める。
次の朝、朝食は昨日の残った僅かな雑炊を分けて食べた。
いつものようにお茶を飲んで、退屈になった二人。
アカデミーにもしばらく通っていないので、いつも時間をもてあます。
そこで、チヨの言うとおり浜辺を散歩することにした。
アキはこうやって海辺に来るときでも、どんな時でも、ノートパソコンを手放さない。
右手でチカの手を握り、左手でパソコンを抱いていた。
手をつないで歩いている二人を数奇な目で見るアバターも少なくない。
同性愛者である二人のことを知っている人は嫌悪を込めた目を向け、聞こえるように噂話をすることもあった。
「みんなが見てるわ…怖い」
「嫉妬してるんだよ。私たちが幸せそうだから」
「そうなのかしら?」
「ひそひそ話してる人は可哀相ね。きっと妬んでるの」
「そう…なのかしら…」
「ちゃんと手を握ってて」
「うん」
波はいつも穏やかで、天気はいつも晴れている。
決まって毎日快適な温度で、暖かく、過ごしやすい。
砂浜は無限に広がっており、いくら歩いても延々と続いていて果てがない。
いくら歩いても、振り返ればすぐそこに、いつまでたっても街が見える。
アキは不意に足元を指さし、呟いた。
「ここ、ちっちゃな穴があるでしょ?」
「あ、ほんとだ」
「この下にアサリがいるのよ。チヨおばさん、アサリを捕るために本当に頑張って掘ったんだと思うわ。感謝しないとね」
「そうだね、しないとね」
他愛のない話をしていると、ちょうど良い岩場があったので、どちらからともなくそれに二人で腰掛けた。
すると、アキはまたパソコンを開いてあの白黒画面で1と0をひたすら打ち始める。
それを放っておいて、チカは暫く波打ち際をだらだら歩いたり、アサリのいる場所を掘ってみたりしていた。
どうしてもアサリを見つけられず、一人遊びにも飽きてきて、アキの隣に座り、顔をのぞき込んだ。
「アサリ、いないよ」
「もっと深い所にいるのよ」
「…ねえ、今、何やってるの?」
「この世界のことを調べているのよ」
「あの変な白黒画面で?」
「そうよ」
アキは周りを見渡し、人が居ないことを確認すると、チカの耳に口を寄せ小さく話し始めた。
「あまり憶測の話はしたくないんだけど…このハローワールドって、もしかしたらたった一人のアバターのような存在が作り出した小さい世界かも知れないって思うの」
「どういうこと?」
「私がこのパソコンを管理しているように、このハローワールド自体がパソコンのようなもので作った一つのプログラムに過ぎないのかも知れないってことよ」
「そんなわけないじゃない」
「でも、私、この世界の秘密を一つ、知っちゃったわ」
「秘密?」
「この世界を好きなように操作できる鍵のような物が、このハローワールドにはある。セキリティが脆弱な所を見ると、この世界はアドミニストレーターにとって大した意味を持たないプログラムなのかも」
「私にも分かるように言ってよ」
「つまり要約すると…パスワード一つでハローワールドを乗っ取ることだってできちゃうってことよ」
「え!?そんな…」
「そのパスワードはね…」
アキは言いかけて、急に口を閉じた。
「なんなの?」
チカは次の言葉を催促したが、アキがチカの後ろを凝視して固まっているのに気づき、後ろを振り返ってみた。
そこにいたのはチカもよく知るアバターだった。
茫然と立っていて、海水を入れたバケツと熊手を持っている。
潮干狩りをしていたようだ。
アキによく似た顔をした大人で、髪型もアキに似ている。
そのアバターは喉の奥から低い声を出した。
「全然家に帰らないと思ったら…ここで何してるのよ、アキ」
「マ…ママ…」
それはアキの母親だった。
まだ7歳の弟が後ろにいるが、冷めた目つきでアキを見つめている。
「またアカデミーをさぼっているのね?どれだけママに迷惑かければ気が済むのよ!そんなに私が憎いの!?私があなたに何かしたの!?」
「ち、違うのママ…」
「言い訳なんて聞きたくない!」
アキの母親は持っていた海水の入っているバケツで、思いっきりアキに向かって海水をぶちまけた。
勿論すぐそこにいるチカも海水で濡れてしまう。
「つめたっ…!」
「ママ…ごめ、ごめんなさ…」
「あなたがいるからこうなったのよ!そんなみっともないデフォルトの服なんて着て外を歩かないで頂戴!ママは恥ずかしいわ。うちの家庭はもうめちゃくちゃよ!?なんで私だけこんな思いしなきゃならないのよ!よその子はみんなちゃんとアカデミーに通って家の手伝いだってしているわ。なんであなたは出来ないの!?どうして良い子にしてくれないの!」
悲痛に叫びながらアキの母親は熊手を思いっきり振りかざした。
たまらず、チカは立ち上がってアキの前に出て両手を広げた。
「ちょっと、アキになにする気!?」
「生意気な口利かないで!あなたがうちのアキをたぶらかせたんでしょう?あなたと出会ってからアキはアカデミーにも通わなくなったわ…引きこもってばかりで村長さんにも迷惑かけて!アキはいいわね、自分勝手に遊んでるだけなんだから。こっちの気持ちなんて知ったこっちゃないんでしょうね!誰がここまで育ててあげたと思ってるの!?あんたなんか生まれてこなければよかったのよ!」
「ママ…ママ、ごめん…ごめんなさい…」
「あのフリールームはさっき売りに出してやったわ」
その言葉を聞いて、チカは素っ頓狂な声を上げた。
「そんな、ベッドは!?あれも売ったの!?」
「売る価値もないわ、処分してやったわよ!あなたはさっさと早く消えて!アキ、帰るわよ」
アキの母親はこちらを睨んだまま身を翻す。
アキは、自然と岩場から腰を上げ、ゆっくりと母親について行った。
「アキ…」
「チカ、ごめんね…ごめん…」
アキは消えそうな声で謝罪の言葉を呟きながら、大事そうにパソコンを抱いて、重い足取りで母親の後を追う。
チカは一気に頭に血が上った気がした。
家に帰ったらまた酷い目に遭うに違いない、守らなくては。
チカは、砂を蹴って走り、アキの手を握った。
固くアキの手を握ったまま、この大人から逃げる。
行く当ては無いが、とにかく街のある方向へ走った。
「チカ!?」
「アキをあんな酷いやつに渡さない!逃げよう、一緒にいれば、きっと大丈夫だから!」
「チカ…」
アキは、喚きながら追いかけてくる母親の方を何度か振り返ったが、チカと一緒に逃げることを決めた。
自然とこみ上げてくる涙をこらえきれない。
毎日のように流す涙は止めることができない。
ぽろぽろと泣きながら、チカに引っ張られるがまま走った。
二人は砂浜を走って街へと飛び込んでいった。
二人はまずフリールームに向かった。
入り口横にはいつもサブアドミニストレーターの老人の男性が煙草を吹かしてぼーっとしている。
フリールームの管理人というだけなのだが、やはりサブアドミニストレーターの証として真っ白な白髪だった。
「サイじいちゃん!」
「ああい、どうしたそんなに慌てて」
「ねえ、私たちの部屋は!?部屋はある!?」
「さっき売りに出されてもう初期化も済んでるよ」
「嘘…そんな、本当に!?」
「アキちゃんの母さんが許可はとってあると言うのでねえ」
「お願い元に戻して!お願いよ!」
「初期化が済んでしまったらもう戻せんよ…入りたいならパスを買わんことにはな」
「い…いくらなの?」
「11万円ぐらいだあな。母さんに買ってもらいんさい」
二人は思わず言葉を失った。
13歳のアバターが月に貰えるお金は5000円。
苦労して買ったフリールームを買い戻すことなどほぼほぼ不可能だった。
きらびやかに色どっていた大事な二人の居場所が、こんなに簡単に奪われるとは夢にも思っていなかった。
サブアドミニストレーターのサイは煙草をふかしたまま素知らぬ顔をしている。
この老人はただ管理をするだけなので、二人の感情など知る由もない。
「アキ…泣かないで」
消えそうな声でチカは呟いた。
それでもアキの涙は止まることもなく。
「ごめん…チカ…ごめんなさい…」
「アキは悪くない。大丈夫、大丈夫だから…」
何かにすがるようにチカはアキの手をとってしっかりと手をつないだ。
どうしようもない虚無感に包まれながら、二人は当てもなく歩き始めた。