椅子取れないゲーム
「教えることも全部教え終わったわけだし、適当に城の中でも探索してみない?」
困ったちゃんがひとしきり泣き終え、落ち着いた後、メイドちゃんがそんなことを言った。
「いいの?」
泣いている姿を見られたのが恥ずかしかったのだろうか。
困ったちゃんの顔は、泣きはらした目と同じく真っ赤だった。
「うん。他のグループはまだまだ時間がかかるだろうし。アイリスもいいよね?」
「そうですね、大丈夫……だと思います」
「よし!それじゃあレッツらゴー!」
「ちょっ、あわわ」
メイドちゃんは困ったちゃんの手をつかみ、善は急げとばかりに駆け出していく。
全力で走るメイドちゃんとそれに引きずられるようにして進む困ったちゃんの二人は、まるで二人三脚をしているかのようだった。
…………とりあえず困ったちゃんの無事を祈っておこう。
「それでは、私達も移動しましょうか」
心の中で合掌していると、ドレス少女がそんなことを言う。
しかしながら、声をかけるべき相手は既に走り去ってしまった後だ。
それなのに『私達』だなんて、彼女も案外抜けたところがあるらしい。
彼女のお茶目な一面に心の中で、笑みを浮かべていると。
「……ユウキさん? 行きますよ?」
とドレス少女は言った。
………………。
……どうやら僕がお茶目さんだったみたいだ。
数年間、『私達』『みんな』『クラスの友達』のカテゴリに入ってなかったから、ナチュラルに自分をハブってしまっていた。
なるほど、この『私達』には僕が含まれていたのか。
ふむふむ、そうかそうか。
ん? となるとどうなるんだ?
最初は四人いて、それからメイドちゃんと困ったちゃんがいなくなったから……。
四引く二で……。
二 人 き り じ ゃ ん
「ユウキさんどうしました?」
二度の問いかけにも動こうとしない僕を怪訝に思ってか、ドレス少女が心配そうな表情を見せる。
待ってくれ僕はコミュ障タイプのぼっちで女友達なんて当然いないし、まだぼっちじゃなかったときから女性免疫だけはなくてそれなのに二人きりだなんてあばばばば。
「……? 行きますよ?」
僕の内心も知らず、ドレス少女は歩を進め始める。
…………僕の手を取りながら。
あばばばばば。
□□□
「着きました。ここが食堂です。プリムが来るならおそらくここだと思うのですが……」
くそっ! 素数もダメだ! まったく鼓動が静まりやしない!
次は……そうだ! 身近な人だと思いこめば! ってそんなの僕にいるわけが……いた! 母さんだ!
今手を繋いでいるのは母さんだから何も問題ない何も問題ない何も問題ない―――
「ユウキさん?」
―――この人は母さんこの人は母さんこの人は
「どうしましたかユウキさ「ユ、ウ、キ!!!」」
「母さッ…!!!」
突然、背中に衝撃が奔る。
「ぐふぇッ……!」
思い切り床に叩きつけられたことで、変な声がもれる。
予想外の出来事に一瞬思考が止まるが、床に打ち付けた胸と膝小僧から伝わる痛みと共に、沸々と怒りが湧いてきた。
誰だこんなことをするのは! とっちめてやる!
まだ痛む体に鞭を打ち、上半身を起こして、僕の背中をぶっ叩いた犯人を確認すると、そこにはメイドちゃんが立っていた。
ああ……メイドちゃんか、なら仕方ないね。だって可愛いもん!
すぐさま考えを反転させる。僕の意思なんてこんなものである。
「何してるんですか! プリム!」
「へぇー、手を繋いで歩いてくるなんて、随分とユウキはアイリスと仲良くなったんだね?」
僕の代わりに抗議するドレス少女を無視しながら、そんなことを言うメイドちゃんの口元には笑みが浮かんでいたが、視線には怒気が込められているように感じられ、僕は戸惑う。
なんでメイドちゃんは怒ってるんだ?
「……? プリムもマツリと手を繋いでましたよね?」
「それは! …………そうだけど、そうじゃなくて……ああっ、もうっ!」
ドレス少女も僕と同じように感じたのか首を傾げ、疑問を呈する。
しかし、それに答えるメイドちゃんは歯切れが悪い。
「変なこと言って誤魔化さないで、ユウキさんに謝ってください」
「いや誤魔化したわけじゃ……」
「謝ってください」
「…………ごめんなさい」
ドレス少女に叱られてしゅんと項垂れるメイドちゃん。
あまりの落ち込み具合に、かえってこちらが居た堪れなくなる。
「あ! おーい! みんなー! こっちに来てみてよ! 美味しそうな料理がいーっぱい並んでるよ!」
気まずい雰囲気をうち破るように声が響く。
声のする方へと目をやれば、困ったちゃんがぶんぶんと手を振っていた。
□□□
「おおっ」
と、思わず声がもれる。
食堂のテーブルにはたくさんの料理が整然と並べられていた。
昨夜のパーティーのようなビュッフェスタイルとは違い、一席ごとに配膳されている料理ではあったが、見る限り質は全く劣っておらず、食堂というよりは高級レストランを想起させるような様相である。
「ね? すごいでしょ! 美味しそうな料理がいーっぱいだよ! これって食べていいのかな? かな?」
「おおっと、お嬢ちゃん。喜んでくれるのは嬉しいが、ちょっと待ってくれや。そろそろ弟子が他の奴らを連れてくるはずだからよ」
今にも料理に飛びつかんとばかりの困ったちゃんを止めたのは、黒のコックコートに身を包み、顎先に無精髭を蓄えた男であった。
「ねえねえ。ひょっとして、この料理作ったのってお兄さん?」
「お兄さんとは嬉しいこと言ってくれるねえ、こんなおっさんに。まぁ、流石に一人でこんだけの量全部は作れんから、下ごしらえは弟子と二人でやったさ」
下ごしらえは、ということは、調理自体は全て一人でしたのだろうか。
であれば、クラスメートが三十五人、訓練場には指導役の人が大体十五人ぐらいいたのだから、最低でも五十人前もの料理をたった一人で作ったことになる。
本当なら尋常ではない所業だ。
これが給食のように、一度で大量に調理ができる料理であるならまだしも、そんなふうには見えなかったのだから。
「料理を用意して下さり、ありがとうございますボイル様」
「様付けは勘弁して下さいお姫様。背中がむず痒くなっちまいます」
「いえ、そうはいきません。ボイル様はこの国、ひいてはこの大陸一の料理人であり、その道を志すものであれば誰もが憧れる先達です。そんな方に対して礼を失した態度をとれば、国を治める者としての資質を疑われることになります」
「んー、大げさだと思いますがねぇ」
「そんなことはありません。それに……」
顔には出さずともドレス少女は、口調に隠し切れない物寂し気な雰囲気を滲ませる。
「それに、ただ王の娘である、というだけの私の方こそ、敬称を付けて呼ばれるにはふさわしくありませんから……」
「それこそ言い過ぎだと思いますが。……まぁ、お姫様の言いたいことも分からない訳じゃあ、ありませんよ。何しろあの王様ですからね」
コックは腕を組み、顔をしかめながら言った。
「五年前の『青血のクーデター』により電撃的に王権を奪取。その後も政界の掌握に始まり腐敗貴族の取り潰し、貿易の円滑化等の迅速果断にして周密精到な施政の数々。当時はこれほどの男が、よくもまあ今まで市井に埋もれていられたなと思ったものです」
「…………」
「中にはあの男のことを苛烈だのなんだの言う奴もいましたが、いつ『赤の国』という脅威が襲ってきてもおかしくなかったあの頃、止まらない国力の低下を抑えるための対応として、あの男の迅速な行動は完璧と言って良いものでした。そんな王様と比べれば、誰だって劣って見えることでしょうよ」
最後はまるで冗談を言うような口調であったが、それでも彼の内心が窺えた。
つまり、『青の王』アルー……アレー……あー…………。
あの王様は、大陸有数の料理人にここまで言わせるくらいの傑物であるということだろう。
そして、それは僕――恐らくクラスメイトたちも――が抱いた印象と違いなかった。
昨日の晩餐会、王様が僕とみんなの前に現れた時間は僅かではあったが、それとは反比例して、とても強烈なインパクトを与えられた。
まず存在感からして違うのだ。たとえ名乗られることがなかったとしても、彼がこの国において最高位の存在であることが容易に想像できるほどに。
「何にせよ気にし過ぎるのも馬鹿馬鹿しいってもんです。お姫様にはお姫様の役割ってのがあるでしょうし。……間違っても王様のスペアなんて目指しちゃあ駄目ですよ」
□□□
食堂の入り口が騒がしくなり、何だろうと思っていると、訓練場にいた面々がやって来たようだった。
自然と話は終わり、食事をするため席に着くことになった。
なったのだが……。
「どこに座ろう……」
座る場所がない。
空いた席はあるのだが、座れない。
いや、空いた席あるのならそこに座れよと言われるかもしれないけれど、座れないのだ。
というのも、このテーブルと僕の性質に原因がある。
まずこのテーブルであるが、円卓だった。
当たり前だが五十人強が囲めるようなバカでかい代物ではない。水玉の如く点々と八人掛けのテーブルが配置されている。
これはいけない。
これが長方形のテーブルであればまだ良かった。端の席を陣取ればいいのだから。
しかし、これは円卓である。
端の席なんてない。
さらに言えば、八人という手頃なサイズであるがゆえに、自然とコミュニティ毎に座ることが確定される。
友人同士で集まったグループの中で、一人ぼっち。
肩越しに交わされる会話に、自然と縮こまる肩……。
想像するだけで、震える程の悪寒が背筋を駆け上る。
なんとしてもそんな事態は避けなければならない。
狙うのは、四人と三人、あるいは二人と五人に別れた二つのグループに挟まれた席だ。
そこであれば、肩越しに会話を交わされるようなことはないはず。
条件を満たす席を目を皿にして探す……が、そんな席はない。
二つのグループに別れているテーブルはあるが、グループ同士の仲も良いらしく、会話が飛び交っていて、とてもじゃないが、その輪の中に入っていくような真似はできない。
非常に不味い。席がどんどん埋まっていくにも関わらず、居場所を見つけられず、焦りが止まらない。
流れる冷や汗はますます量を増し、絶望が胸の奥底から湧き上がる。
席を立っている人の方が少なくなり、もはやこれまでと、目の前が真っ暗になりかけたとき、ソレは見つかった。
他と比べて、少し離れた場所にあるテーブル。
配置場所ゆえか、まだ誰も座っていない。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
このままでは、肩身の狭い思いをするのは確実。
なら、いっそのこと賭けにでるか?
一歩、足を踏み出す。
この先に待つのは希望か絶望か。
それは未だ歩き続ける僕には分からないことだった。