口は災いとズッ友
プリム・ラ・ブルーデイジーを見て、美少女だと思わない人間はいない。
こんなことを言うと、些か言い過ぎな文言に聞こえるかもしれないけれど、彼女を一目見ればきっと納得してもらえるはずだ。
ぱっちりした目に長い睫毛。
瞳はキラキラと輝き宝石のよう。
小さな唇は瑞々しくぷるぷるで。
笑みを浮かべた時のえくぼがとってもキュート。
腰まで届くツインテールは、太陽の光を浴びて青い光を放ち。
ミニスカートから伸びる脚はスラッと細く。
ニーハイソックスによって生まれる絶対領域が眩しい。
こうしてざっと彼女の容姿について挙げていっただけでも、彼女が如何に魅力的な存在であるか、その一端を感じていただけたと思う。
しかし、本当の意味での彼女の魅力というものは、僕なんかが簡単に言い表すことのできるような、外見的特徴だけには収まらない。
上手く説明できないけれど、彼女にはなんというか、自然と人の目を惹きつけるような、そんな雰囲気がある。
彼女を前にすればありとあらゆる人が魅了されてしまうことだろう。
そんな確信めいた予感が、僕にはあった。
だからまぁ、僕が彼女に心を奪われてあんなことを口走ったのも、仕方ないことだよね。うん、仕方ない。
「…………………」
痛い、視線が痛い。
前言撤回。
やっぱりさっきのは、はっちゃけ過ぎだった。
よく考えれば……いや、よく考えなくても、初対面の人にする質問ではない。
セクハラギリギリっていうか、もはやバリバリ。
「すんませんっしたーーーっ!!」
ガバッと勢いよく土下座する。三人の冷ややかな視線をどうにかするにはこの方法しかない。
どんなことでも勢いがあればなんとかなる、とは中学時代の友人の言だ。
彼も良いことを言ったものである。
名前はちょっと、思い出せないけど。
「ぷはっ、ユウキってばやっぱり面白いねー。いいよいいよ。そんなに知りたいのなら、教えてあげようじゃないか!」
さっきまでの態度とは打って変わり、というかむしろノリノリで、どれから知りたい? ヒップ? ウエスト? それともバストかな〜? と、メイドちゃんが迫ってくる。
ふっ、今のはジョークさ……とクールに告げようとした僕だったけれど、現実はそう甘くない。
現実っていうか僕のコミュ力が、だけど。
コミュ力欠乏症の僕は彼女の積極的行動を前にして、えぇと……だとか、うぅ……と、狼狽えることしかできなかった。
現実って厳しいよね……。
「はぁ……なんか睨んでるのが、ばかばかしくなってきました……」
ドレス少女が溜め息をつく。
「シガラキさんもプリムも、あまりふざけないでください。周りはちゃんとしてるのですから」
ドレス少女の呆れ具合がありありと伝わってくるが、今はそれどころではない。
メイドちゃんの積極性は尋常ではなく、ついに僕との距離はゼロ。
ほとんど密着した形になっており、端から見ればご褒美ですといった感じだけど、僕からしてみればそんな余裕は全くない。
僕の心臓は破裂しそうなくらいバクバク言っている。
それこそメイドちゃんにも伝わるぐらいに。
……ニヤニヤした表情を見る限り、どうやら彼女は確信犯のようだ。
「シュワッチ!」
離脱。
これ以上は精神衛生上良くない。
取り敢えず、メイドちゃんから離れることに成功した僕だったが、胸の鼓動はちっとも鳴り止もうとしない。
微かに香る自分のものではない匂いや、接触部に残る柔らかな感覚が、否が応でも彼女の存在を意識させる。
それでも、せめて外面だけは取り繕おうと僕は、平然とした態度で、メイドちゃんを視界から外すように、他のグループの方へ視線を移した。
左奥のグループの方を見ると、ちょうどデモンストレーションが行われようとしている所だった。
鎧を纏う熊みたいに大柄な男性が、その身の丈に負けないほどのサイズの武骨な大剣を構え、ギャラリーの前に立っている。
「『鉄腕』っ!!」
男はそう叫ぶと同時に、大剣を振り下ろす。
大剣がドンッと叩きつけられると、その衝撃は地を揺らし、爆音と共に、振動がここまで伝わってきた。
肌にビリビリ感じられるほどの衝撃は、それだけでも僕を驚愕させるには十分だったけれど、さらに、土煙が晴れた後の地面を見て、僕は絶句した。
「あははっ、またやったのかー」
「笑いごとじゃないですよ……今は使用人もいないのに、誰があれを直すんですか……」
男が大剣を叩きつけた場所を起点に、数メートルほど亀裂がはしっているのだ。
なんて力だ……。
地面の亀裂は一直線ではなく、ひび割れている。
つまり、あれは槌を叩きつけるが如く、ただ力まかせに大剣を振るった結果だということだ。
おまけに、それだけではない。
大剣と槌ではまるで違うのだから、あんな無茶をして腕になんの影響もないなんて、普通はあり得ない。
いくら大剣が叩き斬るための武器だからと言っても限度がある。
たとえどんなに腕力の強い人であっても、あんな長柄の得物を地面へ叩き込めば、腕にくる負担は相当なものになるはずだ。
それなのに、あり得ないはずなのに、彼の両腕は健在で、今も大剣を振り回してさえいる。
思い当たることは……あった。
ギフトだ。
彼は直前に『鉄腕』と叫んでいた。
まさか、ただの掛け声ではあるまい。
『鉄』のように強靭な『腕』。
おそらくそれが彼のギフトで、あの声が発動の合図なのだろう。
「わぁーっ!すごーい!!」
困ったちゃんがまるで幼い子供のように声を上げた。
「ふっふーん。どうだ!」
「どうしてプリムがそんなに誇らしげなんですか」
メイドちゃんが、さも自分がしたことであるかのように、胸を張る。
そんな様子にドレス少女も呆れ気味だ。
「ねぇねぇ!プリムとアイリスもあんなことができるの!?」
困ったちゃんの無邪気な問い掛けに、メイドちゃんはうぐっ、と声を詰まらせた。
いや、それは―—――
「残念ながら出来ません」
出来ないのが当然だろう。
神父曰く、キャラクターギフトは人格と属性を表したものなのだから。
とてもじゃないが、地面を割るような真似が出来るとは思えない。
竹を割ったような性格でも竹は割れないし、押しが強くても相撲取りではないのだ。
期待が外れて、子犬のようにシュンと肩を落とす困ったちゃん。
それを見たメイドちゃんは慌てて、
「でっ、でも、キャラクターギフトにも良い所が、あ、あるんだよ!」
と言い繕う。
困ったちゃんはバッと顔を上げるが、ドレス少女が、何言ってんだコイツ、みたいな目でメイドちゃんのことを見ているので、本当は良い所なんてないのだろう。
しかし、一度口に出した言葉はもう戻せない。
さっきまでの僕のように、うぅ、と呻くメイドちゃんを眺めていると、なんだか優しい気持ちになってきた。
凄い。これがキャラクターギフトの効果か!(違う)
「よしっ」
こうなったら自棄だ!と完全に開きなおったメイドちゃん。
腰に手を当てドンと構え、マイクを片手に、……マイクを片手に!?
「ハーイ!ちゅーもーーく!!」
と叫んだ。
今どこからマイク出したの!?
「ボクの歌を聴けーーっ!!」
唐突に始まるワンマンライブ。
いや、なんでだよ……。
□□□
「みーんなー!ありがとーー!!」
ウォォォオ!!!と地の底から響くような声があがり、いつの間にか魅了されていた、僕を含むここにいる全ての人が、メイドちゃんに拍手喝采を浴びせる。
「お疲れさまです、プリム」
ドレス少女がメイドちゃんを労って言う。
「最初は何も考えずに、マツリにああ言ったのかと思っていたのですが、ちゃんと考えていたのですね」
「え?…あっ、う、うん。ちゃ、ちゃんと考えてたに決まってるじゃないかー」
目を泳がせるメイドちゃん。
「…プリム?」
「ど、どうだったかなーマツリ。キャラクターギフトも、スキルギフトに負けてなかったよね?」
これ以上追求されないよう、メイドちゃんは困ったちゃんに話を振る。
「うんっ!すごかったよプリム!!」
確かに、メイドちゃんのパフォーマンスには目を見張るものがあった。
歌声は澄み渡り、踊りは軽やかに。
そして、表情が、仕草が、振る舞いが、その全てが彼女を輝かせていた。
「でも、アレってギフトだったの?」
困ったちゃんが首を傾げる。
僕にも、彼女がギフトを使っているようには見えなかった。
それに、仮にギフトを使っていたとしても、それは歌とダンスなんだから、キャラクターギフトではなく、スキルギフトじゃないのか?
「もちろん!ボクのギフトは『アイドル』なのさ!!」
そうメイドちゃんは言った。
『アイドル』?
「キャラクターギフトには、職業の適性などが表れることもあるのです」
非常に珍しい例ですけど、とドレス少女が補足する。
「ほぇー、そうなんだ〜」
「なんと言っても、一つのギフトに複数の効果が表れるのですから。これはキャラクターギフトだけの特権ですね」
セットでお得です♪、と言って頬を緩ませるドレス少女。
上流階級らしき見た目と物腰の割に、少しばかり俗っぽい。
「それでそれで、プリムのギフトは分かったけど、アイリスのギフトはどんなのなの?」
「え?私のギフトですか?」
そう言って、ドレス少女は一寸考え込み、そして言う。
「………私のギフトは『王女』です」
「『王女』?アイリスってお姫様だったの!?すごいっ!!」
困ったちゃんは憧憬のまなざしでドレス少女を見つめる。
「うっ、これはなかなかグッときますね……」
胸を抑えるドレス少女。
「わ、私達のことはいいのです。それよりもマツリとシガラキさんです。お二人のギフトは何ですか?」
動揺が見え隠れしながらも、ドレス少女は僕達に話を促す。
彼女の問いにまず答えたのは困ったちゃんだった。
「わたしのギフトは『陽気』だよ!」
『陽気』。
なんと彼女にぴったりなギフトなんだろう、と僕は思った。
まぁ、ギフトはその人の才能であるが故に、その人に合ったモノになるのは当たり前なことなんだけど。
僕のギフトも、『潔癖』はともかく『孤立』なんて、的確に僕の存在を表しているじゃないか。
……ははっ。
「……えっと、シガラキさんはどんなギフトですか?」
黙ったままの僕を不審に思ったのか、ドレス少女が上目遣いで様子を伺ってくる。
ドレス少女もタイプは違うけれど、メイドちゃんに負けず劣らず美少女なので、そんな風に見られると正直堪ったものではない。
「僕のギフトは―—―」
そこまで言って、止める。
何と答えればいい?
僕には二つギフトがある。
しかし、両方とも戦闘用ではない上、誇れるようなものでもない。
『孤立』のギフトは、僕はぼっちですと宣言しているようなものだし、そもそもキャラクターギフトであるかもあやしい。
『潔癖』のギフトは、そんなつもりはないのに潔癖症の面倒くさい奴だと思われかねない。
それじゃあ駄目だ。
魔の高校生活を乗り越えて、三年ぶりにできた繋がりだ。
たとえいずれは失われる関係だとしても、自分から手離すような真似をしてはいけない。
「僕のギフトは……」
どうする、考えろ、考えるんだ僕。
キャラクターギフトになりそうで、彼女らに誇れるようなものを―—―
「僕のギフトは『勇気』です!」
言った。言ってやった。
もう後戻りは、出来ない。