自己紹介をしようかい
ギフトによって一生ぼっちであることが確定した僕は、光の中で、どうしようもない絶望感に打ちひしがれていた。
あははは……ぼくにはぼっちのさいのうがあったのかー。ぜんぜんしらなかったなー。このせんそうでは、このさいのうをいかしてがんばろーっと。
無理。
どうするんだよ戦いようがないじゃないか。孤立って何? 敵の拠点で孤立する才能? やだよそんなの。真っ先に倒されるに決まってる。
そうやってギフトに対して不平不満を連ねている間も、光は収まっていない。
あれ?ちょっと長くないか?とか思っていると、脳裏に浮かんでいる画面に、新たな文字が刻まれていく。
<GIFT> 『孤立』『潔癖』
ギフトが増えた。
なんで二つも……たしか、貰えるギフトは一つだけだったはず……。一瞬そんな疑問が頭によぎったが、まぁいいかと考えるのをやめた。
きっと僕のことをあまりにも不憫に思った神様が、追加でギフトを贈ってきてくれたのだろう。
ラッキー。
でも『潔癖』も戦闘用ではない気が……。
「どうでしょうか? ギフトは手に入れられましたか?」
光が収まると、神父がそう問いかけてきた。
「はい。でも、これといって変わった感じはしないのですが……」
あまりの実感のなさに、霧ヶ峰くんも戸惑いを隠せない。
脳裏に文字が浮かんできたことから、ギフトを手に入れたのだとは分かるけれど、それなのに全く変化を感じないのだから、彼が困惑するのも当然だ。
そんな彼の様子を見て、神父が答える。
「そういうものです。先ほど言ったようにギフトとは、あなたの才能を強化しただけのものですから。それゆえに、違和感を感じずにいられるのです」
才能を強化、か。
ギフトを得る前でさえ、人と話したのは、中学時代の友人に会った時ぐらいのものだったのに、それがさらにひどくなるなんて、考えるだけで鬱になりそうだ。
「それと後、僕のは『疾風』というギフトだったのですが、これってどういうギフトなんですか?」
「そうですね……想像はできますが、断言は出来かねます。同じ名前のギフトであっても、中身は人それぞれですので、時間をかけて調べるしかありません」
同じ才能でも強度や方向性が違う、ということだろうか。それならなんとなく分かる気がする。
「時間をかけて? ……そういえば戦争が始まるのはいつからですか?」
霧ヶ峰くんが尋ねる。
戦争開始がいつからなのかは、ちょうど僕も知りたかったことだ。
「戦争が始まるのは六日後です」
余裕があるのかないのか。判断が難しい。
「ですから、みなさんにはできるだけ早く、ギフトを使いこなせるようになってもらう必要があります。早速訓練場に向かいますので、ついてきてください」
そう言って歩き出した神父を追って、僕たちは謁見の間を出て行った。
□□□
「ここが訓練場です」
神父が到着を告げる。
辿り着いたのは、石壁に四方を囲まれた、ドームのような広い空間だった。
訓練場と言うよりは、むしろ闘技場と言った方がイメージに近いかもしれない。
その訓練場には先客の姿があった。
十数人の男女が集まっているのだが、鎧を身に纏ってたり、コック帽をかぶっていたり、ドレスを着ていたりと、全く統一感が感じられない。
僕は、その集団をちらりと見て、そして目を大きく見開いた。
「メイドが、いる……!」
そう、メイドがいるのだ。
一人の少女がミニスカートの給仕服に身を包んでおり、また、長く伸ばされた青色の髪は、二つに分けてツインテールにされている。
これは誰にも言っていないことなのだが、実は僕、メイドには目がない。
いや、メイドに目は、あるのだけれど、もちろんそう言う意味ではなくて、要するに、僕はメイドのことが非常に好きなのだ。
正道とか邪道とか関係なく、僕は、メイドという概念自体を愛している。
しかしだ。僕の目を引いたのは、それだけが理由ではない。
いくら僕がメイド好きであると言っても、ただメイドの装いをしているだけであれば、こんなにも、視線を釘付けにされることはなかっただろう。
うまく説明できないのだが、彼女には、なんというか、華があった。
常人なら霞んでしまうような、雑多で個性的な集団の中にあってなお、彼女は異彩を放っている。
例えるなら彼女は、花畑に咲き誇る大輪の花だ。
一言で言えば、
かわいい。
「ギフトには大きく分けて三種類あります。すなわち、スキルギフト、センスギフト、キャラクターギフトの三つです」
神父が話し始めたので、慌てて視線をメイドから外す。
「一つ目のスキルギフトは力と技の才能。あなたの身体能力や技能を強化したものです。二つ目のセンスギフトは知と創造の才能。こちらは思考能力や発想力を高めたものになります。三つ目のキャラクターギフトは、他の二つとは少し色合いが違い、こちらはその人自身を、つまりは人格であったり、属性であったりを際立たせたものになります」
そこで、神父が集団の方を指し示す。
「皆さんにギフトの扱い方を知ってもらう為に、ギフト所持者の方々に集まっていただきました。 今説明したギフト毎に分かれていますので、自分のギフトがどのギフトなのかを考えて、同種類のギフト所持者の所に別れてください」
そう言って神父が説明を終えると、各々がそれぞれの場所に散らばり始めたので、流れに合わせて僕も移動することにする。
僕が向かうべきなのはどのギフトの場所か。
僕の『潔癖』のギフトは、おそらくキャラクターギフトである。(『孤立』?知らない子ですね)
ゆえに本来なら、僕はキャラクターギフトの集まりに行くのが正しいのだろう。
だがしかし、今の僕には、そんなことはどうでもよかった。
行き先はただ一つ。
待っててね!メイドちゃん!
□□□
「まずは自己紹介をするね。ボクの名前はプリム・ラ・ブルーデイジー。プリムって呼んでね☆」
目元でピースしながらウィンクするメイドちゃん。
かわいい。
ただでさえ美少女メイドなのに、その上ボクっ娘でもあるとか、すごい僕得だ。
ここに来て良かった…!
メイドちゃんがいるグループは、奇しくもキャラクターギフト所持者の集まりだった。
集まり、と言っても、メイドちゃんの他には、ドレスを着た銀髪の少女がいるだけという、他のグループに比べて、明らかに人数の少ないものだったけれど。
教える側がたった二人だけなんて大丈夫なのか?と思われるかもしれないが、全く問題は無い。
教えてもらう側も少ないからだ。
ここに来たのは僕以外に、困ったちゃんだけだった。
「私はアイリス・オセアニウムです。アイリスと呼んでください」
メイドちゃんに続いて、ドレスに身を包んだ少女が自己紹介をする。
オセアニウムというのは……えぇと、たしか、この国の名前だったような気がする。
ということは、彼女はお姫様なのだろうか?
ドレスを着ていることから、身分が高いことが窺えるし、あの王様ほどではないにしろ、気品も感じとれる。
「はいはーい! わたしっ、白子茉莉って言います! プリムもアイリスもよろしくねっ!」
困ったちゃんは手をビシッと挙げて、元気な声で名乗りをあげた。
今日も彼女は絶好調だ。
彼女の太陽の如き明るさには、一点の翳りも見られない。
「こちらこそよろしくね、マツリ♪」
それにしても…と、メイドちゃんは他のグループの方を見渡してから言った。
「ボクたちの担当はマツリちゃん一人だけなんだねー。他のトコにはあーんなにいるのに」
―—―明かされる衝撃の事実。
ひょっとして僕、人数に含まれてない?
いや、確かに、三人が互いに触れられる距離にいるのに比べて、ちょっとだけ離れてるし、チラチラとしかメイドちゃんの方見れてないけど。
メイドちゃんに認識すらされてなかったのか、僕は……。
「?…何を言っているのですかプリム?もう一人いるじゃないですか。そこに男性の方が」
ドレス少女が不思議そうに首を傾げる。
「うん? あっ本当だ。あははは、見落としちゃってたよ。ゴメンね?」
申し訳なさそうに、こちらに向けて謝るメイドちゃん。
大丈夫ですメイドちゃん。
これも全部『孤立』って奴が悪いんだ!!
『孤立』許すまじ……!
「えーっと、君の名前は?」
メイドちゃんが僕に名前を尋ねる。
自己紹介……これはもしやっ、ギャグを使うチャンスじゃないか!?
これまでに僕が考えてきたギャグの数は、優に百を超える。
日の目を見ることがなかったそれらだったけれど、ついに、披露するときがやってきたのだ。
自己紹介にギャグを混ぜることを、恥ずかしいと思う気持ちが、僕に無い訳ではない。
加えて、ギャグが滑るリスクもあるのだから、この自己紹介で攻めていく必要なんて、別にないのだろう。
とは言え、滑るリスクがあるのなら、当然ウケる可能性もある訳で、これはチャンスでもある。
それに、『孤立』なんてギフトがついた今、この機会を逃せば、次にいつ僕が人と話す時が訪れるのか分かったものではない。
だから、僕はこの瞬間に全てを賭ける。
これが、僕の全力だ……っ!!!
「僕の名前は信楽友喜っていいみゃひゅ!」
場が、シーンと静まりかえる。
……やってしまった。
困ったちゃんばりの大声で、噛んだ。
そうだった……ギフトとか関係なく、そもそも僕はコミュ障なんだった……。
思い返せば、新学年最初の自己紹介とかいつも噛んでた気がする……。
全く反省していない。
なんて馬鹿なんだ僕は……。
千載一遇の機会を、盛大に棒に振ってしまった僕が項垂れていると、くすくすとしのび笑いが聞こえてきた。
「うふふ。面白い方ですね、シガラキさんは」
ドレス少女に面白い人認定をされた。
いや、でも、噛んだのは別にギャグとかじゃ……。
「ぷっ、あははは!ユウキ最高だよ! みゃひゅって! みゃひゅって!」
僕の噛み方がよほどツボに嵌まったのか、メイドちゃんはいまにも転げ回りそうな勢いで、腹を抱えながら爆笑している。……っていうか今転がった。
空気が凍った時はどうしようかと思ったけど、こんなにも、メイドちゃんに笑ってもらえたのだから、むしろ噛んで良かったのだとさえ思えてくる。
「プリム、さすがに笑い過ぎです」
「ひーひー……あー面白かった!」
メイドちゃんはしばらくの間転がった後、パンパンと給仕服についたほこりを払い、立ち上がる。
「じゃあ、マツリとユウキ、あらためてよろしくね☆」
「ユウキもよろしくっ!それでそれで、プリムとアイリスはどんなこと教えてくれるの?」
「ふっふーん、マツリはどんなことが知りたいのかな〜?今ならボク、なんでも答えちゃうぜ☆」
目を輝かせながら尋ねる困ったちゃんに対し、メイドちゃんがおどけてみせる。
「こらっプリム。適当なこと言わないでください。私たちはギフトについて教えるのでしょう?」
「アイリスは固いなーもう。教えるって言ってもだいたい神父が言った通りだしー、使い方だって、キャラクターギフトは常時発動型なんだから、教えることなんてないじゃんよー」
「それは、そう…ですけど……でもっ、きっと聞きたいことがあると思うんですっ」
ねっシガラキさん?と、完全に傍観者シフトを取っていた僕に、ドレス少女が話を振ってくる。
僕は、突然の彼女からのパスに動揺した。
先ほどといい今といい、なぜ彼女は僕に話しかけられるのだろうか。
僕の高校生活に会話なんてものは、全く存在しなかった。
僕に話しかける人はいなかったし、僕を気にかける人もいなかった。
だから、この状況が分からない。
「……アイリスさんは、なんで」
「はい?」
思わず、考えていたことが口に出てしまった。
「―—―いや、何でもないです」
先刻の発言を取り消す。
こんなのは、聞いても仕方のないことだ。
すると、そんな僕の様子を見て何を思ったのか、ドレス少女は、
「……さっきはああ言いましたけど、どんなことでもいいんですよ。私、なんでも答えちゃいます」
と、メイドちゃんを真似て、おどけてみせた。
……どうやら、気をつかわせてしまったみたいだ。
いろんなことが一気に起こり過ぎて、一杯一杯になっていたのかもしれない。
陰鬱な気持ちが表情に表れていたのだろう。
これではいけない。
僕は、そうですねぇ……と、ドレス少女の気遣いに応えるために、質問を考え始める。
せっかく人と、それも、メイドちゃんやドレス少女なんていう美少女と話せるのだから、喜ぶべきだ。
今は、余計なことは考えずに楽しもう。
だから、僕が聞くべきは……。
「メイドちゃんのスリーサイズはいくつですか!!」
僕の問いに答えは与えられず、ただただ、三対の冷たい視線が突き刺さっただけなのだった。