オー マイ ギフト!!
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円陣が終わった後もしばらくの間、くだらないことを言って笑いあったりして、賑やかな時間が続いていた。
まるで一学期の頃に戻ったかのようだった。
まぁ、僕は一学期とか二学期とか関係なくぼっちなんですけどね。
「おや?これはいったい何の騒ぎですか?」
賑やかな声を不思議に思ったのだろう、先ほどまで何処かに行っていた神父が後ろの扉から顔を覗かせる。
「ケートスさん。まだ時間はありますが、僕達は、みんなで戦争に参加することに決めました」
「それはそれは。こちらとしても、承諾してもらえて嬉しい限りです」
戻って来た神父は、戦争参加の意志を霧ヶ峰くんから伝えられ、最初に会った時のような穏やかな笑みを浮かべた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。皆様が過ごす部屋の準備が整いましたので、ご案内します」
やっとだ。やっと、この場から抜け出せる。
周りの人間が騒いでる中、一人だけぽつんとつっ立っているのはかなり苦痛だった。
せめて、本やら音楽プレーヤーやらが有れば暇を潰せたのだが、そんなものは持って来ていない。
僕のポケットには、ハンカチとティッシュしか入っていなかった。
「それでは、私の後ろをついて来てください」
ぞろぞろと、神父に続いて部屋を出る。
さっきまで居た部屋と同じように、大理石で出来ている廊下を、床に敷かれている真っ赤な絨毯に従って歩いて行く。
壁には白く塗られた木枠にガラスをはめたような窓があるが、下枠が僕の頭の高さにあるので青い空しか見えない。
「ここです」
しばらくの間、階段を降りたり、廊下を歩いたりを繰り返していると、扉がたくさん並んでいる区画で神父が立ち止まった。
「元は他国の貴族を招いた時に使っていた部屋らしいので、快適に過ごせるとは思います。それでも万が一何かございましたら、この後召使いを廊下に立たせておくので、お申し付けください。食事の準備が出来ましたらお呼びします」
そう言って、神父は再びどこかへ去って行った。
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神父の用意した部屋は一人部屋だった。
霧ヶ峰くんの指示によって振り分けられた(スルーされかけたけれど、さすがにここでは声を上げた)部屋の扉を開けると、そこには大きなベッド、鏡付きの化粧台、筆記具が備え付けられた机、椅子があるだけのシンプルな空間が広がっていた。
一人で過ごすには広いと思えるくらいスペースには余裕がある。
「………………」
とりあえずベッドに腰掛けてみたが、何もすることがない。
ボ〜ッとしていてもいいんだけれど、せっかく非日常を体験しているのだから、それは勿体無い気がする。
外に出て召使いさんと話してみるか。
いや無理だ、そんなコミュニケーションスキルは、僕にはない。
頭に浮かんだ考えを一瞬で否定する。
そもそも、初対面の人と談笑できる能力が僕にあれば、今頃は友達の部屋にでも行っていただろう。
仕方がないので、これからのことについて考えてみることにする。
僕は戦争に参加する。
神父は戦争について詳しいところまで話しはしなかった。
神父が話したことをまとめると、
・戦争には、蒼の国が崇めている神の代理として参加する
・神の力に守られているため戦争中に傷つくことはない
・はじめに自分にあったギフトをもらえる
・勝てばギフトを持って帰れる
・ただし、記憶は持ち帰れない
・結果に関わらず戦争が終わればこの世界から消える
ということになる。
今思えばなぜ戦争をするのかだったり、何と戦うのかだったり、そもそも僕達なんかが戦えるのかだったり、いろいろと突っ込みたいところがたくさんある。
説明がガバガバ過ぎだ。
よくこんな説明で参加を決められたな、みんな。
正直、僕は乗り気ではない。
積極的に参加するつもりはもともとなかったし、空気を読んで参加を決めたのだって、傷がつくことも、痛みを感じることもないと言われたからだ。
その保証がなければスキルというものがどれほど魅力的だったとしても、必ず断っていただろう。
痛いのは嫌だ。
グロいのも無理。
僕は温室育ちのお坊っちゃんだからR-15はNGなのだ。
教室環境は極寒だろ?とか言っちゃいけない。
ぼっちはもう慣れた。
今では、ぼっちをネタに笑いをドッカンドッカン起こせるくらいだ。
ネタを披露する相手は、いないのだけれど。
笑えよ………。
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僕がいつ友達が出来ても大丈夫な、爆笑必至の素晴らしいギャグを生み出したちょうどその時に、食事の呼び出しがかかった。
召使いは道を歩けば誰もが振り返るような美少女メイド……ではなく、男だった。
低位の貴族の子弟らしく、王城に下働きに来ているそうだ。
クラス全員で食事場所へ向かう際、召使いの男は、夕食は蒼の国の王族と数人の貴族を交えた、立食形式のパーティになると言った。
お偉いさんがいると知り、クラスみんなの表情が強張ったが、その姿を見た召使いがウィットに富んだジョークで場を和ませる。
僕も、不覚なことに笑ってしまった。
なんて素晴らしいジョークなんだ。
ブラックジョークのようでありながら、決して自虐的ではなく、むしろ堂々としており、その誇らしげな様子が見るもの全てを笑いの渦へと引き込んで行く……。
えっ?どんなジョークだったのかって?
それはだな……。
「着きました。この部屋です」
おっと、どうやら到着したようだ。
召使いが開けた扉から部屋の中へ入って行く。
部屋に入ってまず目に入ったのは、テーブルの上に並べられたたくさんの料理だった。
これらのまだ湯気が出ている料理は全て僕達の為に作られたものなのだろう。
これではパーティと言うよりは食事会と言った方がいいかもしれない。
大人相手に社交なんて出来る訳もない、僕達への配慮が感じられる。
「わぁ〜!美味しそうな料理がいっぱいだよっ!!」
色とりどりの料理を見た困ったちゃんが、パッと花が咲いたような笑みを浮かべ、歓声を上げる。
しかし彼女の喜ぶ声とは裏腹に、他の面々は黙り込んでしまっていた。
部屋の最奥の壇上から、神父と共に明らかに偉い人と分かる男性が、従者を引き連れて歩いて来ているのが見えたからだ。
豪華な装飾を施された服装をしており、彼が身分の高い人物であることが分かる。
それに、オーラが凄い。心なしか後光が差しているようにも思える。
あれっ?もしかして本当に光出てない?あの人、めっちゃ輝いているんですけど?
「ようこそ俺の国へ。俺は国王のアルバート・オセアニウムだ。アルバートと呼んでくれ」
男は国王だった。随分と若い気がする。
しかし、いくら言葉が親しげであろうとも近づくことが躊躇われるような、そんな、王の気品とも言えるものが彼の振る舞いからは感じられた。
王様なんて今まで見たこともないのだけれど。
「話したいこともあるんだが、まずは食事を取ってからにしよう。そこのお嬢さんも料理を楽しみにしてくれているみたいだしな」
「はいっ!ちょー楽しみです!!」
彼女には緊張というものが無いのか。
いや、無かったな、確かに。
大物というか、お気楽というか、まぁその胆力は羨ましく思うけれど。
美味しそうな料理を目の前にしてよだれまで垂らしそうな勢いだ。
「うんうん元気が良くて結構だ。君達が戦争に参加するのなら明日からは忙しくなるからな。今日のところは、思う存分碧の国の料理を堪能していってくれ」
そう言って、王様は再び壇上に戻って行く。
途中、従者に言っていくつかの料理を取らせながら。
あんたも食べるのかよ。
「よーし、いっぱい食べるぞー!」
困ったちゃんが料理に向かって駆け出して行く。彼女は果てしなく自由だ。
料理は魚がメインだった。肉が無かった訳ではないけれど、それ以上に、貝であったり海老であったりと、海鮮類が目立つ。
試しに、伊勢海老みたいなものを使っている料理を食べてみる。
「どうですか?楽しんでもらえていますか?」
美味しい。身がプリップリだ。今まで食べたどんな料理より美味しいかもしれない。
「あの…聞こえていますか?」
異世界で伊勢海老を食べる……いや、ダメだ、今のなし。
「………………」
ひょっとして他の料理もこんなに美味しいのだろうか?
ちょっとワクワクしてきた。
「……もう、いいです」
別の料理を取りにテーブルへ足を運ぶ。
もしかするとさっき、もの凄いチャンスを逃したかもしれない。
まぁいいか。だって料理美味しいんだもん。
今度は貝を食べてみよう。
異世界で貝を食べる。
うん、うまい。
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僕が数々の料理に舌鼓をうった後、紅茶を飲みながら「僕食後の紅茶とか飲んじゃってる、スゲェ」とか思っていると、不意に、部屋が静かになった。
「食事も一段落した様だから、一つだけ話をさせてもらおう」
王様が壇上に立つ。
「まず最初に、此度の戦争への参加、感謝する」
そう言って、礼をする。
「それで、俺から言っておきたいことがある。これは大臣から止められていたことなんだが……」
「国王様っ!!」
「俺の独断で話すことに決めた」
大臣のらしき人の制止を無視して、王様は真剣な口調で語り始める。
「君達が参加するこの戦争は名目こそ神の代理だが、実際は国の代理だ。戦争の結果次第では国が滅びることもあり得る」
初耳だった。
国が滅びるなんて、そんなこと、神父からは聞いていない。
「参加を決めた君達にはこの国の命運がかかっていることを知っていて欲しい」
―—―そして、これは俺からのお願いだ
「君達に、絶対戦争に勝てとは言わない。ただ、全力を尽くしてくれ。直接戦争に参加できない俺達が、負けた時に仕方がなかったと思えるように。……話は以上だ」
王様は話を終えると、部屋から出て行った。
部屋の空気が、先ほどまでとは比べようがないくらい重い。
僕達はこの国のために、いったい、どれだけのことができるのだろうか……。
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あの後すぐに解散となり、僕達はそれぞれの部屋に帰って行った。
考えることが多すぎてあまり眠れなかった。
起きてからも上の空だったので、朝食を食べたはずなのに何を食べたのかも覚えていない。
現在、ギフトをもらう為に謁見の間にいる。
神の力を受けるには、高い所か、協会のような神聖な場所である必要があるらしい。
「ギフトと言っても超能力ではありません。文字通り、才能と言った方がいいでしょう」
神父が説明する。
「貴方の中に眠る才能を過剰なまでに誇張したものがギフトなのです。例えば、力の強い人であれば石を砕くほどの握力がギフトとなりますし、記憶力に自信のある人でしたら、一目見た物を忘れない完全記憶能力がギフトとなります」
ほう、なるほど。
あれ?そうなると、もしかして僕のギフトは……。
「後は実際にギフトを手に入れてもらった方が早いと思います」
そう言った神父は胸元の十字架を握り、祈りを捧げる。
すると、すぐさま周囲が光り始める。教室からここに来た直前のように。
そして、これまた同じように視界が白に染まる。
いや、変化があった。
脳裏に文字が浮かんで来たのだ。
あぁ、理解してしまった。これがギフトか……。
分かっていた。分かっていたのだ。神父の説明を聞いた瞬間から。
<GIFT> 『孤立』
もう、僕に友達が出来ることはないかもしれない……。