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何もない日常の終わり


 『人生に意味なんてない』


 僕―――信楽友喜(しがらきゆうき)がそう悟ったのは、世間的にはまだ未熟な存在だと見られる中学二年生の頃だったけれど、一時の気の迷いなんかじゃなく、紛れもなく本気でそう思っていた。

 と言っても、なにか僕の人生観を変えるような、衝撃的な事件が起こった訳ではない。

僕の人生はいつだって、平和で、平凡で、そして平坦だった。

 そんな起伏のない日々を送ってきたからこそ、こんな考えに至ったのだと言えるのかもしれないが、僕には、それだけが原因だとは到底思えなかった。

 だったら、いったい何が原因なんだと聞かれると、非常に返事に困るのだけれど。

 少なくとも、中学入学直後の僕はサンタの存在を信じている程度には純粋だったので、こんな、中学二年生を飛び級して、一気に高校二年生になったような、擦れた考えを抱くはずがないのだ。

 少しはマシになった今、こうなった理由について偶に考えたりするが、まったく心当たりがない。

 いくら考えを巡らしても、結論はいつも同じ。

 原因不明、理解不能。

 中学時代の僕は、どうやらかなり複雑怪奇な奴だったらしい。

 これ以上の考察は時間の無駄だろう。

 とにかく今重要なのは、僕は中学二年生の頃に人生の意義について悟り、その思想に基づいて行動してきたということと、



 高校三年生の現在、ぼっちであるということだけだ。





 □□□





 朝の教室はとても静かだ。

 この学校が県内トップクラスの進学校だということもあるけど、何より、受験を間近に控えているということが大きいと思う。

 見渡してみれば大半の人が机の上に参考書を広げているし、そうでない人も机に突っ伏しているあたり、昨夜は遅くまで起きていたことが窺える。

 まったくご苦労なことだ。

 僕は高校入学時から勉学一筋だったので、今更慌てて知識を詰め込もうとする必要はない。

 学力なら、上位の国公立大学であっても余裕で合格できる程度にはあると自負しているし、そもそも僕が受けるのは地元にあるそこそこな大学である。これから試験日まで一切教材に目を通さなかったとしても合格できるだろう。

 それはひとえに今までの僕の努力の賜物なのだけれど……まぁ、単に勉強しかすることがなかったというだけなので、別に褒められるようなことではない。


 そろそろホームルームが始まるかな、と僕が黒板の上に架けられた時計に目をやったとき、バタバタと音を立てながら一人の女の子が教室に駆け込んできた。


「おはよ―――!!」


 女の子の元気な声が響く。

その騒々しい声に反応し、クラスの何人かが微かに顔をしかめる。

 受験一色に染まった教室において、明らかに異色な女の子。


 彼女はクラスが受験モードに切り替わった現在も、以前と何ら変わりなく過ごすことのできる貴重な存在だった。

 その明るい性格から「何某がいるとクラス全体の雰囲気が良くなるな!」と担任に絶賛されていたこともあったが、今に至っては、周囲が集中している時も騒がしい、空気読めない困ったちゃんである(実際この瞬間も、近くの席の眼鏡くんが彼女を睨みつけている)。

 だから、新年度当初は人気者であった彼女も今では浮いた存在となりつつあり、ほとんどの人が彼女を避けてすらいる。

 もちろん僕も例外ではない。

 というか、元々僕と彼女の間に繋がりはないのだから、話しかけることもなければ、話しかけられることもないのは当然だ。

 それに、名前も忘れた。

 人と話さないでいると人の名前を思いだせなくなるのだ。

 この前、中学時代の友人とばったり出会った時、全然名前が出てこなかったのでかなり焦った。


「おはよう。相変わらず、今日も元気だな」


 答えたのは僕ではない。クラス一のハンサムボーイ、霧ヶ峰くんだ。

 ちなみに霧ヶ峰というのは彼の本名ではなく、彼の名前を忘れた僕が今つけたニックネームである。

 彼は運動神経抜群(よく動き)眉目秀麗(スマートで)雰囲気爽快(クール)と、まるでエアコンを擬人化したかのような人物なので、心の中でそう呼ぶことにした。

 サッカーのスポーツ推薦で大学へ行くことを決めた彼も、困ったちゃんと同じく、受験ムードに縛られることのない数少ない内の一人だ。

 だから、ああやって彼女に対して余裕を持って接することができるのだけれど、彼に関して言えばたとえ進学を決めていなかったとしても、何一つ態度を変えなかったと推測できる。

 それほどの爽やかさの持ち主だった。


 困ったちゃんが来たのはかなりギリギリだったので、この後すぐに担任が教室にやってくるだろう。

 そこからはいつもの流れだ。

 担任がショートホームルームを始め、連絡が終われば入れ替わりに別の教師が教室にやってきて、一限の授業が始まる。

 そして、二限目、三限目と繰り返し受けていき、放課後になればすぐに家に帰る。

 これが僕の日常である。

 ちなみにこの間、僕はいっさい喋っていない。

 僕は自分が人見知りである自覚はあるので、積極的に友人をつくることができず、話し相手のいない現状についてはある程度の納得はしているのだけれど、それにしてもおかしい。

 事務的な会話すらしていないのだ。

 授業で先生にあてられることもない。

 ある意味ラッキーだが、ここまでいくとかえってアンラッキーかもしれない。

 最後に学校で喋ったのは何時だったか……、そんなことを考えていると教室の前の扉が開き、担任の教師が入ってくる。


「起立、礼」


 眼鏡くんが声をかけ、今日もまた、何もない一日が始まる。



 □□□



 僕としては別に、僕の学校生活についてずっと語っていてもいいのだけれど、僕の日常なんて大したことはない上、小したことも起きないのだから、読者の諸君を大変退屈させることになる。

 それにこのままでは、この物語は学園物になってしまうではないか。

 それはとんでもないレギュレーション違反だ。

 この物語はファンタジーである。

 ゆえに、事件は放課後に起こる。


 何もない一日なんて、大嘘だった。



 □□□




 最後の授業を終えた僕は手早く荷物をまとめ、家へ帰る準備をしていた。

 また今日も誰とも話さなかった……と、心の中で少し落ち込んでいると、突然、教室の床が光り出した。


「な、何だこの光っ!?」


 野球部の何某が尻もちをつき、驚愕を顔に浮かべて叫ぶ。

 他の人も前触れなく起こったこの不可思議な現象に大なり小なり動揺していたけれど、僕としてはむしろ、野球部くんの大袈裟な芸人的リアクションの方に気をとられていたため、それほど動揺はなかった。

 彼の丸い頭は野球選手になる為でなく、芸人になって輝く為にあるのかもしれない、と、そんな場違いなことすら考えていた。


 光は円形に、まるで僕たちを囲い込むかのように教室中を照らしている。

 僕が教室の様子を確認していると突然光が強まり、視界の尽くを白に染め、次の瞬間には、


 僕達は王宮のような場所にいた。


「ようこそ、蒼の国へ」


 声のする方へ目を向けてみると、そこには人のよさそうな初老の男性がいた。

 神父服に身を包み、首元に十字架をさげたその姿は、まごう事なき聖職者だった。


「まずは自己紹介をさせていただきます。神教会蒼国支部最高神官のケートスと申します」


 長々しい肩書きを、一呼吸で言い切ったケートスは、そのまま腰を折り、こちらへ向かって礼をした。

 そして、ゆっくり頭を上げ、こちらに向けて微笑みかけてくる。


「僕は、桐谷健司と言います。えっと、これはどういう状況なのですか?」


 真っ先に反応したのは、クラス一の爽快系男子、霧ヶ峰(仮)くんだ。

 さすが、究極爽快生命体は格が違った。

 混乱の渦中からいち早く抜け出し、誰に言われるまでもなく、率先して状況把握に努めようとするあたり、彼の爽やかレベルの高さがうかがい知れる。

 というか、霧ヶ峰くんの名前、キリタニケンシっていうのか。

 知らなかった。


「この状況についてはこれから説明していくつもりです。しかし今のままでは、みなさん混乱されているようですし、まともに話が頭に入っていかないでしょうから、まずはある程度、私とあなたで現状を整理していくことにしましょう。何から訊きたいですか?」

「あの、聞きたいことが多すぎるっていうか、多すぎて、どこから聞けばいいのか……」

「何でも訊いてください。ゆっくり、一つずつ整理していきましょう」


 神父が優しく、キリタニくんを落ち着かせるように言った。


「じゃあ、ここはどこなんですか?」

「ここは、蒼の国オセアニウムの主都ヴェニスにある王城の最上部、謁見の間です」

「オセアニウム?どこの国でしょうか?そんな国は聞いたことありませんが……」

「それは当然です。ここと貴方達がいた所とでは世界が違うのですから」

「世界が違う、ですか」

「すぐには信じられないと思います。しかし、外に出れば分かることですから。今は納得していただけなくても結構です。そういうものだと思っていてください」

「は、はぁ」


 俄かには信じがたい話だ。

 教室の超高速模様替えだと言われた方がまだ説得力がある。

 いや、どっちもどっちか。


「さあ、次の質問をどうぞ」

「それじゃあ、なぜ僕達はここに……、それに、いったいどうやって僕達をここまで連れてきたのですか?」

「連れてきた、というのは少し語弊がありますね……、まぁ、そろそろみなさんも落ち着いてきたようですし、あわせて説明しましょう」


 視線をこちらへ向けてそう言ったケートスは、先ほどまでとはうってかわって真剣な表情を浮かべ、口を開く。


「貴方達は元々いた世界からここに移ってきた訳ではありません。正確に言えば、写真を撮って現像するように、写され、ここに現われたのです」

「えぇと……、すみません、もう少し分かりやすくお願いします」

「そうですね……、簡単な言い方をすれば、ここにいる貴方は元々いた世界の貴方のコピーなのです。貴方の本体は向こうから離れていません。ここに来る直前、周囲に光が出てませんでしたか?」

「あ、はい」

「それがカメラで言うフラッシュなのです。光によって貴方達を認識し、解析し、ここに再現させたのです」

「はぁ、なんとなく分かった気がします」

「次に、貴方達を呼んだ理由ですが……」


 神父は、一拍間隔をあけ、さらに自らに注目を集める。

 そうだ、理由だ。物事には全て理由がある。


「特にありません」


 ズコー。

 とんだ肩透かしをくらった。

 ちなみに今のは野球部くんが滑りこけた音だ。やはり彼には芸人の才能がある。僕の目に狂いはなかった。


「じゃあ、何の為に…」

「と言っても、貴方達を指定して呼んだのではない、ということであって、誰かしらを呼ぶ必要はあったのです」


 ―――神々の代理戦争の為に




 □□□





「それでは、明日の朝までに考えておいてください」


 そう言うと神父は、沈黙する僕達を尻目に、後方の扉から部屋を出て行った。

 おいばか、これからどこに行けばいいとか指示してから帰れよ。

 ぼっちに何の目的も与えないでそのまま集団の中に放置するとか、鬼畜の所業だぞ。


「……みんな、どうする?」


 キリ……えっと、キリ…………。

 ………………。

 霧ヶ峰くんがそう話を切り出す。


「参加しようよ!何だか楽しそうじゃん!」

「何が楽しそうなんだ。戦争だぞ。」


 困ったちゃんがはしゃぎながら言った言葉を、眼鏡くんがバッサリ斬り捨てる。


「えー、でも神父さんも言ってたじゃん。『戦争といっても命の危険はまったくありません。スポーツみたいなものです』って」

「しかしだな……」

「あれれぇー、ひょっとして、委員長びびっちゃってる?」

「そんなことはないっ!!」

「じゃあ参加するよね。戦っても痛くないんだからゲームみたいなもんじゃん。ほら何て言ったっけ、たしかVRMMOってやつ」

「ゲームなんてくだらないっ! そんなことする暇があったらもっと勉強するさ!」

「ここで勉強しても元の世界に戻ったら全部忘れちゃうのにー? それにここには参考書もないじゃん」

「…………」


 ウザッ! 困ったちゃんの「あれれぇー」ウザっ!

 一言で完全に眼鏡くんを煽りきった。

 頼みの勉強も、記憶を元の世界に持ち帰れないとなればする意味がない。

 これでは眼鏡くんも参加せざるを得ないだろう。


「それに負けても別にペナルティはないし、勝てばギフトってやつがもらえるんだよ! 絶対、参加した方がお得じゃん!」


 そう、ギフトだ。

 この世界には、ゲームやバトルものの漫画にありがちな不思議な能力が存在する、らしい。

 戦争に参加すれば配布され、勝利すれば、その時点で持っていたギフトを元の世界の自分にフィードバックすることができるそうだ。

 記憶は持ち帰れないがギフトは別らしい。

 ちなみに、どうやってフィードバックするのかを神父に聞いたところ(聞いたのは僕ではない)、『神の御業』だそうだ。


「僕は参加したいと思っている」


 最初に話を始めてからずっと黙っていた霧ヶ峰くんが、ポツポツと語り始めた。


「みんな、受験生だから、仕方ないかな、とも思っていたんだけど、今回のこれは、いい機会だと思うんだ」

「何の?」

「ほら、最近っていうか、夏休み開けからずっと、なんか、教室中がピリピリしてたよね。みんなが受験に向けて頑張ってるのは分かってたけど、なんていうか、それまでの、半年の学校生活が全く無かったことにされたようで、少し、悲しかったんだ」


 だから、と霧ヶ峰くんは続ける。


「僕はこの世界で、みんなと、一学期の頃のように楽しい思い出を作りたい! もちろん、元の世界に戻ればこの世界で過ごした記憶が失われるのは分かってる………それでも! たとえ独りよがりの自己満足だとしてもっ! もう一度! みんなで笑い合った日々を取り戻したいっ!!」


 沈黙が場に広がる。

 爽やか王子の初めて見せた熱さだ。

 みんな、こんなことを霧ヶ峰くんが考えていたなんて想像さえしてなかっただろう。

 かく言う僕もそうなんだから、彼に近しい人の受けた衝撃は計り知れないものだったはずだ。


「…………ケンシがここまで言ってるんだ。参加してやろうぜ!!」


 野球部くんがそう言う。

 さすが芸人、凍った空気に耐えられなかった……というのは冗談で、やはり、霧ヶ峰くんの言葉に感じ入るところがあったのだろう。

 周りから、野球部くんの発言を皮切りに次々と賛同の声が上がっていく。


「み、みんな……、ありがとう!」


 クラスが一つにまとまっていくのを感じる。


「よーし、円陣組もうぜ! 円陣!」


 声が上がるやいなや、すぐに円陣が出来上がる。

 そんな中、流れに置いていかれた人間が一人いた。

 眼鏡くんではない。彼は早々にデレた。

 僕である。

 円陣の外に目を向ければ、そこには、一人ぽつんと立ち尽くす僕がいた。


「戦争!絶対勝つぞ!!」

「「「「「オーーー!!!」」」」」


 分かりきっていたことだけれど、元の世界だろうが、異世界だろうが、本体だろうが、コピーだろうが、


 僕はぼっちのままらしい。



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