初めて遭遇した魔物はワイバーンでした。
よく考えると本日二話目!
このお話には少々グロテスクな表現が含まれています。直接的な描写は避けたつもりですが、苦手な方はブラウザバックでお戻りください。
鋭い眼光でこちらを見下ろす竜に、俺はなんとか恐怖心を抑え込んで【鑑定の魔眼】を使用した。
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ワイバーン 雌 69歳
Lv.60
魔力42
筋力209
防御301
素早232
器用22
スキル:飛行Lv.8 噛みつきLv.9 打撃Lv.8 風魔法Lv.5
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それを見た瞬間、その姿も相まって根こそぎ戦意を喪失した。勝てるはずがない。なんとかして逃げなければ。そんな思いばかりが先走っても、恐怖でまともに体が動かない。
そんな俺には目もくれずギョロギョロと目を動かし、鼻をひくつかせている。その仕草はまるで何かを探しているようだ。そこに思い至れば、自然と逃げるように去って行ったデルクたちの姿が浮かぶ。きっとあいつらが何かをしたんだ、そのせいでこんな化け物がこの村に現れた。
少しだけ、恐怖を怒りが塗りつぶした。そのおかげと言うのも難だが、体の震えも随分とマシになり、ひとまずその場を離れようと俺が動いた。
それとほぼ同時に、今まで村の上を旋回しているだけだったワイバーンの動きが変わる。
急降下をしてきたと思ったら、突然その巨大な尻尾を振り下ろした。近くにあった民家は軽々と薙ぎ払われ、瓦礫が凄まじい勢いで吹き飛ばされる。そこかしこで村人たちの悲鳴が上がり、一拍ほど遅れて土埃が舞い上がった。
襲われたのは馬車が停めてあった辺りだ。ワイバーンは破壊したばかりの場所へ降り立つと再び何かを探すような仕草をしている。
今のうちに逃げるのが良いだろう。そう判断してその場を離れようとした時、かすかにうめき声が聞こえた気がした。思わず振り返った俺は、ワイバーンから数メートルほど離れた場所で瓦礫に挟まれて動けなくなっている人影を見つけてしまった。誰かまではわからないが、この村で知らない人間などいないのだから、判別がつかなくとも関係ない。
(助けなきゃ……でもどうやって?)
ワイバーンが人影に気付けば襲われるかもしれない。先ほど匂いを嗅ぐような仕草をしていた以上、嗅覚も良いのかもしれない。だとすれば気付かれるのは時間の問題だろう。助けるならワイバーンの気を逸らして別の場所に誘導するしかない。
俺自身が囮になって逃げたとして、逃げ切れるのか?……無理だ。さっき見たワイバーンのステータスならあっという間に追いつかれて終わる。だからといって見捨てられるのか?……クソッ!なんでアイツらのせいで俺たちがこんな目に……待てよ?だったらアイツらに責任を取らせればいいじゃないか。
問題はどうすればヤツらの逃げた方向へ誘導できるかだが、俺がワイバーンの気を引いて誘導するしかないだろう。言葉が通じればもっと楽なんだが、変な期待はしない方が良い。デルクたちが村から出て行ってから、まだそんなに時間は経っていない。いくら馬車でもワイバーンのスピードならすぐに追いつくだろう。死なばもろともだ、行くぞ!
俺は気合を入れて村の入り口付近に立つ。ここからでも声は十分ワイバーンに届くだろう。届かなかったら……近づいて石でもぶつけよう。
「こっちだトカゲ野郎!!」
大声でそう叫んでから、そういえばあのワイバーンは雌だったな、と場違いなことを考えている自分がいた。意外と余裕があるのかもしれない。
ワイバーンは俺の声に反応したようで、こちらに顔を向けた。こっからは運任せだ。失敗すれば体力勝負、どう転んでも俺が生き残れる可能性は低い。まぁせいぜい足掻いてやろうじゃないか!
「お前の大事なもんを盗って行ったやつらはあっちに逃げた。追うつもりなら急いだ方が良いぞ!!」
言葉を理解してくれてるといいなぁという希望的な意味を込めてそう言ってみたのだが……
『グォォォォォォォォォォ!!』
重低音の咆哮を上げてこちらへと向かってくるワイバーンを見て、とても言葉を理解しているとは思えなかった。やはり無理だったかと心の中で舌打ちしつつ、踵を返してデルクが逃げて行った方へと走り出す。
だが、やはりと言うべきか数秒と経たずに追いつかれてしまった。人間の足と飛行するワイバーンでは勝負にすらならなかったのだ。当然と言えば当然の結果だが、呆気なさすぎて笑えてくる。
容赦なく振り下ろされる尻尾を見て、咄嗟に回避行動に移る。直撃は何とか避けられたものの、大地を抉るほどの攻撃は盛大に土埃と土の礫を周囲にまき散らした。
俺も礫までは避けきれずいくつか食らってしまった。至る所に擦り傷や切り傷、打撲ができてしまったが、動けない程ではない。土埃が煙幕代わりになった事もあり、再びワイバーンを誘導するために移動を始める。
あと何発あんなでたらめな攻撃を凌げばいいのだろうか。気の遠くなるような思いだが、気力を振り絞って足を動かした。
ワイバーンが俺の姿を見失わないように、ある程度距離が開いたら、敢えて気付かれるように声を出す。何度かそれを繰り返した頃、全身の痛みのせいか意識が朦朧としはじめた。未だ6歳児でしかないライズの体はすでにボロボロだ。致命傷が無いのが奇跡だと言える。
(さすがに……もう、動けない……かな)
繰り返される尻尾の振り下ろしで飛ばされた場所が、運よく子供一人隠れられるくらいの茂みだった。そのおかげでトドメを刺されるには至っていないが、それも時間の問題だろう。
村からはそれなりに距離が離れた。さすがに馬車に追いつくなんて事はできなかったが、村の犠牲を減らすことができたのだと考えれば悪くは無いと、全身を襲う痛みに顔を顰めながら思う。
(たった二年しか過ごさなかった貧乏な村での生活だったが、わりと楽しかった。できれば一度チート能力で無双してみたかったけど、運が悪かったかな)
そんな事を考えたあと、ワイバーンの様子が気になって視線を向けてみる。そこで、ワイバーンの様子がおかしいことに気付いた。
最初は俺を探しているのだと思っていた。だが、違う。ワイバーンは鼻をヒクヒクとさせながら、道の先を見ているのだ。
まさか、と否定的な考えが浮かんだ。同時にもしかしたら、とも思う。俺の脳が答えを出す前に、ワイバーンが動き始めた。
蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、強風を生み出しながら、その巨大な体を宙に浮かせる。そして、先ほどと同じように重低音の咆哮を上げたかと思うと、凄まじいスピードで彼方へと飛び去ってしまったのだ。俺の運も捨てたものじゃないらしい。
進んだ方角は間違いなく馬車が逃げて行った方だ。思わず口元が吊り上る。今俺は6歳児とは思えない程邪悪な笑みを浮かべているんじゃないだろうか?
このまま放っておいてもワイバーンは馬車に追いついて商人たちを蹂躙するだろう。いい気味だざまぁみろ。
そんなとき、なぜか不意に少年のような恰好をしたミレアの姿が脳裏を過ぎった。思い浮かんだその顔は、つまらなそうで、どこか寂しそうな表情に見える。
そうなってしまえばもうダメだった。体中が痛みで悲鳴をあげているのも無視して、ワイバーンの飛んで行った方向へと体を動かす。
(きっと今から行っても間に合わないだろう。行っても無駄だ、もうとっく死んでいるさ)
そんな考えが次々と浮かんでくるのに、体は関係なく進む。俺ってこんなヤツだっけ?と自分で自分が信じられない。
(ワイバーンがあいつらを襲うように仕向けたのは俺自身だろう?今更行ってどうする?)
鬱展開など大嫌いだ。目指すならチートハーレムだろ?そういえばミレアって子の顔は結構整ってたな。将来は結構な美人になるかもしれない。今助けておけば、恩が売れる。青田買い、または光源氏計画?とか言うやつだ。
俺は決して良いやつなどではない。ただ変な罪悪感を感じたくないから進むだけだ。おそらく他人が聞けば偽善としか思わないだろうし、それで間違いない。俺は自己満足のためだけに進むのだ。
生きているなら助ければいい。もし、死んでいたら……丁重に葬るくらいはしてやろう。そんな思いで体を動かし続けた。
しばらく歩き続けていると、木材の破片のようなものが飛び散っているのに気付いた。周囲を見てみれば、木材以外にも様々な物が散乱している。既にワイバーンの姿はどこにもなく、引き返してきたワイバーンと再び遭遇しなかった事に安堵の息を漏らした。
キョロキョロと見回していると、瓦礫に混じって大量の血の跡があり、その中には無残に食いちぎられた人間の死体があった。
初めて見る人間のグロテスクな死体に吐き気がこみ上げてきた。なんとか吐くのは堪えたが、鼻の奥がツンと酸っぱくなり、目に涙が溜まる。この死体は大人のものでミレアのものじゃない。鎧の残骸を身に着けているのを見れば、それが護衛の誰かだったのだろうと予測がついた。
そこから少し離れた場所にデルクのものらしい死体が転がっており、他三人の護衛らしき死体も発見できた。だが、肝心のミレアの姿がどこにも見当たらない。この状況ではとても生きているとは思えない。
(まさか……食われたのか?)
嫌な想像をしてしまったが、可能性としてはありえない事ではない。いや、そういえばまだ俺は馬の死体を見ていない。だとすれば逃げている可能性が高いが、もしかするとミレアだけは馬で逃げ延びたのか?
ひとまず、この近くには居なさそうだと判断し、もう少しだけ道を進んでみることにした。そろそろ心身ともに限界は近い。引き際を誤れば野垂れ死にだろう。
しばらく歩いて探してみたが、馬の姿はどこにも見当たらない。よく考えれば、もしも馬に乗って逃げたなら、こんなボロボロ状態の俺が追い付けるはずがないのだ。健常な状態であっても追いつくのは無理だろう。あー馬鹿馬鹿しい、やめよう。さっさと帰って眠りたい。……いや、でも、もう少しだけ、あの岩場の辺りまで歩いてみよう。それで居なければあきらめて帰るんだ。
岩場に到着したが、誰も居なかった。無理だな、帰ろう。そう思って踵を返そうとしたとき、ふと視界の端に人影のようなものが映った気がした。俺は思わず振り向いて、目を凝らすが、この距離では判然としない。だが、人が倒れているように見えるのだ。
俺はその人影らしきものに慌てて近づいて……それが、ちょっと人っぽい形をした岩だと気付いた。
「……」
もうこんなところまで来てしまったのだ。もう少しくらい進んでも大して違いは無いだろう。そんな風に開き直って俺は再び歩き始める。何度か似たような事を繰り返しつつもう少し、もう少しと移動距離を伸ばしていく。
そして、俺はついに倒れ伏した小さな人影を発見した。今度こそちょっと人の形っぽい岩だったり、服のように見える布の切れ端などではなく、生身の人間だ。目を凝らしてみればステータスが表示され、それはハッキリと名前の欄に「ミレア・カフス」と表示されている。
もうなんだかよくわからない感動を覚えながらも、生きていることを確認するため、重たい体を引きずって近づいた。
おそらく逃げている途中で馬に振り落とされたのだろう。彼女はいくつかの傷を負い、気絶していたものの、致命傷は見当たらなかった。ちゃんと息をしており、脈もある。そこでようやく大きな安堵のため息をついた。
あとは帰るだけだが……さて、どうやって帰ろう?
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まぁ……そんな奇特な方が居ればのお話ですが(´∀`;)