ライズ6歳、何とか生きてます。
日本の父さん、母さん、僕はなんとか生きています。そんな事を素で言いたくなった今日この頃。
俺は未だ夢から抜け出せないでいた。正直このノリも面倒なのでぶっちゃけよう、俺はどうやら本当に異世界へと連れてこられていたらしい事がこの二年の間にわかった。
そう、二年だ。何の前触れも無くこの名も無い寒村に連れてこられてから約二年。最初のうちは夢だと信じて適当に過ごしていたのだが、こちらの生活を始めて一週間もすればそうもいかなくなった。この村で生きる事の現実を思い知らされたのだ。
まず食事問題。初日の夕食として出されたものは、スープとは名ばかりのお湯だった。よくわからない植物とカスのような固形物が混じったソレは、お世辞にも美味しいとは言えなかった。もちろんそんな物で育ち盛りの少年の胃が満たされるはずもなく、かといって同じものを黙々と食べている両親らしき人物に文句(そもそも言葉が通じない)を言う度胸もない俺は、そのスープもどきを胃に流し込んでさっさと眠った。
翌朝に出て来た食事も同じようなスープもどきだ。その夜も翌日も、その次の日も、変わらずそんな食事が出続けた。そんな状況にもかかわらず、例の少女(俺をこの家まで引っ張ってきた少女の事で、どうやらライズの姉らしい)もライズの両親も、黙々とそれを食べているのを見れば、彼らにとってこれが普通である事がわかる。
もちろん栄養など足りるはずがなく、誰もかれもがやせ細り、みすぼらしい身なりになるのも当然と言えた。服装も粗雑な物ばかりで、みすぼらしさが余計に目立つ。風呂なんてものも無く、水で濡らした布(この布も既に使い込まれていて汚い)で体を拭く程度。
戸惑ったのがトイレ事情だ。穴を掘って埋めていれば良い方で、ヒドい者は適当な場所で野外プレイだ。ペストやコレラのような疫病がいつ蔓延してもおかしくはない。衛生管理でかなり不安になるレベルだった。
建物もあちこちボロボロで、隙間風で凍えそうなほど寒い。夜寝るときは家族全員が寄り添って寝ないとまともに暖が取れないのだ。このあたりで命の危機を感じたため、行動方針を変更するに至り、俺は死に物狂いで言葉を覚えることに終始した。
その甲斐あって、半月ほどで拙いながらも日常会話はできるようになり、半年もすれば年齢相応の受け答えはできるようになった。できれば文字も覚えてしまいたかったが、この村の識字率はほぼゼロパーセント。唯一まともに文字が読めるのが長老だけだった。他にも長老から教わって読める者も居たそうだが、そういう人たちは早い段階で村を出て行ってしまうらしく、今この村にはいない。
その長老にしても既にボケが始まっており、まともな会話ができるような状態ではなかったため断念するしかなかった。
それまでの俺の仕事は、目下村に散らばった排泄物の処理である。ボロい布を口に巻いて、手ごろな木材を削って作った簡易スコップを装備し、前もって掘ってあった穴の中に放り込むという、まさに汚れ仕事である。そのおかげで、なんとか最低限の衛生は保つことができ、最悪の事態は起こらなかった。
最初はそんな俺を奇異の目で見てきた村人たちも、村の中が以前より綺麗になったことで心境の変化でもあったのか、日を追うごとに少しずつ村の中で汚物を見る回数が減少していったのは良い事だったと思う。主観ではあるが、それ以降体調を崩す率が下がったようにも感じるので自己満足度は高い。
他にも食生活の改善などにも手を出してみたのだが、こちらは何の成果も出せなかった。やはり素人には厳しいところなのだろう。
そうしていろいろ試行錯誤をしている内に、自然と鍛えられたのか、少しだけステータスに変化があった。
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ライズ 男 6歳
Lv.1
魔力10
筋力3
防御4
素早6
器用7
スキル:病気耐性Lv.2
ユニーク:初心の魔眼
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相変わらず魔力が一番高いのは変わらず、他はそこそこだ。筋力値が一番低いという点に納得がいかないが、概ねマシにはなっただろう。
あとは【病気耐性Lv.2】だが、これを目にした瞬間、背筋に冷たいものが走った。こんなものがスキルとして取得されていたとすると、相応の理由があるはずだ。知らぬ間に命の危険にさらされていた事にショックを受けたのを覚えている。
【Lv.2】というのも微妙だ。最高レベルがわからない現状、これでどの程度まで防げるのかが全くの未知数である。そう考えると、とても安心などできなかった。
それからはさらに衛生面に気を使うようになり、少しでも村の状況をよくしようと奮闘したのだ。だが所詮は子供のすること、大した影響も与えられず、現状はほとんど変わっていない。
ちなみにこのステータスだが、他人のものは見ることができないようだった。そもそもステータス、能力値という概念が無いみたいだ。もし他人のステータスがわかれば、目安になったのだが、残念だ。
これでも村の中では運動神経が良い方だと思う。まぁほぼ横一列でどんぐりの背比べと言われればそれまでだが……。
いや、俺には魔眼がある。これは十分にアドバンテージだと言えるだろう。そうだ、そうに違いない!そうであってくれ!
まぁそんなこんなで、6歳となった今の俺の生活と言えば、既に日課と化した村の清掃作業に始まり、村の子供たちと共に狩りの練習、家や近隣住人の畑仕事を手伝い、心身共に疲労しきった状態で量も味も不満だらけな飯を食い、こっそり筋トレなどをして泥のように眠る。その繰り返しだ。
6歳児にしてはかなりストイックな生活ではなかろうか。などと思ったが、他の子たちを見ればそう大差はなかった。子供であろうとこの村にとっては立派な労働力なのである。
最初の頃は日本での生活との落差に途方に暮れたが、さすがに二年も過ごしていれば、ここの生活にも慣れてくる。何だかんだで村の人たちは良い人が多いし、仲間意識も高い。人間関係だけに注目すれば、日本に居た頃よりも断然こちらの方が居心地がいいのだ。
貧しい村だから、もっと殺伐とした雰囲気だと思っていたのだが、実際はそうじゃなかった。普段生活している分にはいいが、もし体調を崩しでもしたらすぐに生きていけなくなる。そうなると、誰かに助けてもらわなければいけない。それが身に染みてわかっているからこそ、村人たちは積極的に他の住人たちと交流するのだ。
要は「俺もアンタたちを助けるから、もしものときは俺の事も助けてくれよ」という事だ。こんなことを言うととても打算的に聞こえるかもしれないが、理由がはっきりしている分、相手を疑う必要が無い。純粋な善意だろうが、偽善だろうが善は善だ。一方的に損をさせられるなら怒りもわくが、損が無いならそれでいい。命あっての物種だ。
そういう大人の姿は子供達にも受け継がれており、村の中で目立ったいじめは無い。もちろん多少の優劣は存在するが、日本のいじめ問題に比べれば本当に些細なものだ。ひとりが完全に孤立する事はまず無い。そんな貧しいながらも平和な時を過ごしている。
今日も近所の子たちと共に、村の畑仕事を手伝って回っていた。
そんなとき、俺の目に見慣れないものが映った。馬車である。
二年間も過ごしていて一度も見た事が無い。それも当然、自分たちですら食うに困っているのに、馬を飼育する余裕など無いからだ。馬だけでも相当値が張るらしいのに、馬車までとなれば、持っているだけでそいつは富豪扱いになるだろう。もちろんこの村の中だけの話である。
他の場所ではどうか知らないが、少なくともこの村での常識はそんな感じだ。
「あ、あれって馬車だよね!すごいなぁ、いつか僕も自分の馬車が欲しいなぁ」
俺の横で興奮気味に話す少年。名前はホールン。ダークブラウンの髪と瞳で年齢はライズよりひとつふたつ上だった気がするが、身長はライズと大差ない。手足も細く、頼りないイメージが強いが、この村の子供はだいたいこんな感じだ。
ちなみにライズの容姿だが、姉と同様くすんだ金髪に赤みの強い茶色の瞳。やせ細ってみすぼらしくはあるが、良く見れば目鼻立ちは整っており、将来有望なイケメンだった。この体でいつまで生きていくことになるかわからない以上、そういった外見的アドバンテージはあった方が助かる。
と、まぁそれはさておき、今注目すべきは馬車である。御者をしている中年の男性はゲームか何かに出てくる商人風の服装で、人当たりの良さそうな人物だ。ちゃんと手入れもされているらしく、綺麗な金髪をしている。
他にも護衛らしき戦士風の屈強な男が数人と、物珍しそうに馬車の幌から顔を出す少年がいた。
おそらく行商の途中なのだろうが、この村の先には険しい山くらいしか無い。だからこそ、今まで商人の馬車がこの村に来ることなどなかったのだが、一体彼らはどうしてこんな辺鄙な村に立ち寄ったのだろうか?
そんな事を考えている間にも馬車はどんどん近づいてくる。村の人たちも珍しい来訪者に気付いたようで、何事かと様子をうかがっている。
誰かが村長を呼びに行っていたようで、少し慌てたようにこちらへ走ってきているのに気付いた。
村長はそのまま村の男数人と一緒に馬車まで駆け寄っていき、何やら話しかけているようだ。気になって、内容を聞きに行こうとしたのだが、途中で村の大人たちにつかまってしまい、畑仕事の手伝いを再開するよう言われてしまった。
こうなればさっさと終わらせるしかないだろう。
説明回になってしまった……。
次回は少しだけチートっぽくなります。できれば戦闘させたい。