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10/21

悪いことは続くもののようです。

今回はいつもより少し長めです。

「大人しくしろ!」


 そう言って、俺たちの目の前に立ちはだかる頭の悪そうな男。背後にもふたり、逃げ道を塞ぐように陣取っており、俺たちは荷車を置いて逃げるわけにもいかず、立ち止まっていた。


 例の俺たちをつけて来ていた奴らだ。先日見た店主エノコーリオも、少しはなれた場所から、いやらしい笑みを浮かべて俺たちを見下している。


 目の前の男は前もって俺が確認していたヤツだ。名前はホンとなっている。背後のふたりもこんな状況になる前に確認しておいた。


*―*―*―*―*―*―*―*

バーツ 男 21歳

Lv.5

魔力0

筋力12

防御18

素早11

器用9


スキル:農耕Lv.1

*―*―*―*―*―*―*―*


 こいつは能力値も何もかも平凡だ。

 予想外だったのはもうひとりの方だ。


*―*―*―*―*―*―*―*

フリット 男 21歳

Lv.6

魔力0

筋力15

防御10

素早15

器用16


スキル:狩猟Lv.1

ユニーク:幻惑の魔眼

*―*―*―*―*―*―*―*


 こいつは魔眼を持っていた。それも【幻惑の魔眼】なんて言うヤバそうなものだ。

 魔眼の効果によっては、俺が考えていた強行作戦など全く意味がなくなる。俺にとってかなり不利な状況だ……と、思っていた。


 そう、思ってはいたのだ。だが、なぜかフリットという男は【幻惑の魔眼】を使うような素振りを見せず、どちらかと言えば、この状況に戸惑っているようにしか見えなかった。既に使われているのかと、警戒を強めてみたものの、特にそういうわけでもなさそうなのだ。


 そして、フリットと俺の目が合った瞬間、もうお馴染みになりつつある痛みが目玉を直撃した。

 【鑑定の魔眼】を手に入れたときと同様の痛みが走り、すかさず自分のステータスを確認してみれば【初心の魔眼(2)】になっていた。おそらく【幻惑の魔眼】を手に入れたのだろう。


 以前のように蹲りはしなかったものの、あまりの痛みに涙が溢れるのが止まらなかった。それを勘違いしたらしくホンとかいう男とエノコーリオ……面倒くさいな、もうデブでいいや。そのホンとデブが煽るように耳障りな声を上げていた。内容は、目の痛みの方が強くてよく聞いていなかったが、だいたいの予想はつく。


 憂さ晴らしに、早速【幻惑の魔眼】を使ってみることにした。【鑑定の魔眼】を使用するときと同じように【幻惑の魔眼】の存在を強く意識する。


 すると、【鑑定の魔眼】のときとは違い、なんとなく使い方が理解できる。

 頭の中に流れてきたイメージに沿って、俺は魔眼を発動した。


「おい?!てめぇ、なにしやがる!」

「うわっ?!」

「くそっ、このガキが!!」

「こらっ!大人しくしろ!!」


 突然目の前の男たちの様子がおかしくなる。ホンという男は突然何もない空間に向かって剣を振り回し始め、エノコーリオは何かに驚いたように尻餅をつく。背後のバーツとフリットは、何かを追いかけるように走り回っていた。


 ホンとエノコーリオには突然俺が剣を構えて襲い掛かってきたような幻覚が見えているはずだ。バーツとフリットは逃げようとする俺の幻影を捕まえようとしているのだろう。


 ちなみにミレアたちにも、その光景が見えているはずだ。というのも、まだ俺自身【幻惑の魔眼】の制御がうまくできないため、敵だけを効果指定できなかったのだ。


 なにはともあれ、いつまで魔眼の効果があるかわからないし、この場はさっさと逃げるべきだろう。


 そういえば、今回はちゃんと【初心の魔眼】で【幻惑の魔眼】をコピーできたわけだが、なぜデブのときは表示が変わらなかったのだろうか?あのときと今回で違う点はあっただろうか?


 考えてみると、あのときは短い時間内で二度ほど魔眼が発動していた気がする。同じ人間に続けて【初心の魔眼】を発動させると何かが変わるのだろうか?


 ヤバい、実験したい。目の前に丁度いい実験台(フリット)がいる。本人が乗り気であろうがそうでなかろうが、子供を襲おうとしたのだ、相応の報いがあって当然だろう。


 うん、いい感じに罪悪感が無くなった。せっかくだし試させてもらおう。


 目の前でエア鬼ごっこをやっているフリットのみ【幻惑の魔眼】を解除して、強制的にこちらを視認させる。


 フリットからしてみれば、目の前にいたはずの俺が、突然別の場所に現れたように感じるのだから、驚いて固まってしまうのも無理はない。


 おかげで大した抵抗も無く【初心の魔眼】の再使用ができた。


「いっ?!!」


 次の瞬間、【幻惑の魔眼】を手に入れた時とは比べ物にならないほどの痛みが眼球を襲った。目元を中心にして痛みは頭全体にまで広がり、まともに立っていられなくなる。


 受け身をとる余裕も無いまま、ドサリとその場に倒れ込み、息をするのも忘れてただ痛みが治まるまで耐えるしかなかった。


 とても長い時間、痛みにさらされていたような気がしていたが、涙で滲む視界の中には未だ呆然とこちらを見ているフリットが見える。どうやら本当に一瞬の事だったようで、少しだけ安心した。


 フリットに何かされても困るので、再度【幻惑の魔眼】で幻覚を見せておくと、改めて彼のステータスを確認した。


*―*―*―*―*―*―*―*

フリット 男 21歳

Lv.6

魔力0

筋力15

防御10

素早15

器用16


スキル:狩猟Lv.1

*―*―*―*―*―*―*―*


 フリットの【魔眼】が消えていた。


 つまり【初心の魔眼】は魔眼のコピーだけでなく、魔眼を奪い取ることまでできてしまうという事だ。今思いつく最大のメリットは、仮に敵が強力な魔眼持ちであったとしても、俺はそれを無効化できると言う点だろう。

 デメリットとして、あの激痛を伴う。戦闘になった場合、二度も【初心の魔眼】を使えるような隙があるかどうかも微妙だ。


 まあ強力なことには変わりない。使いどころを誤らなければ、俺にとってこれ以上の武器はないだろう。そもそもコピーできるだけでも破格なのだから、文句を言うつもりなど毛頭ない。ただ痛いのは勘弁願いたい。


 状況から考えて、デブの方も魔眼を持っていたのだろう。ステータスの表記に変更が無かった事を考えると、ヤツもミレアと同じく【鑑定の魔眼】を持っていた可能性が高い。


 この場合、同じ魔眼をコピー、または強奪しても、ひとつに統合されるだけなのだろうか?この辺りはまだわからないな。また時間があるときにゆっくり検討しよう。


(さてと、気になっていたこともある程度解消したし、そろそろ逃げようかな)


 先ほどのフリットを使った実験のおかげで、任意で幻覚が解除できるのはわかったので、呆然としているミレアたちの幻覚も解除しよう……


(待てよ?今幻覚を解除したら、説明がめちゃくちゃ面倒じゃないか?)


 そこに思い至って、作戦を変更する。ミレアたちひとりひとりに【幻惑の魔眼】をかけなおし、幻覚の内容を変更する。


 俺がミレアたちに見せたのは、悪事を働こうとする悪者を警察が捕まえるようなイメージだ。俺たち自身が解決するのではなく、運よく助かったと思えば違和感も少ないだろう。


「みんな出発しよう。急がないとすぐ日が暮れる」

「あ、ああ、そうだな。すまん」

「そう何度も野宿なんかしたくないしな、急ごうぜ!」

「ほら、パーバルたちもしっかりしろ!」

「へっ?あっはい!」

「……」


 俺が声をかけると皆それぞれ反応して、荷車を押し始めた。ミレアは未だボーっとしているが、大丈夫だろうか?


 俺たちは未だ幻に惑わされたままの男たちを放置して、進みだす。誰もアイツらの方を見ない。本当に見えていないようだ。


 この【幻惑の魔眼】想像以上に強力だ。ここで手に入れられたのは僥倖だった。


 それにしても、【ユニーク】と名付けられているわりには、【魔眼】を持ったやつが多いように感じる。先ほどのフリットも、一見してモブのようにしか見えなかったのに【幻惑の魔眼】なんて物を持っているくらいだ。


 この世界では、【魔眼】はどの程度の価値を持っているのだろうか?


 それに気になる事がもうひとつ。先ほどの様子を見た限りでは、フリット自身、自分が【魔眼】を持っている事に気付いていなかったように思う。能力値を見ても、あの場を仕切っていたホンに負けていない。【幻惑の魔眼】がある事を考えれば、フリットの圧勝だろう。それにも関わらず、フリットはまるでホンの手下のように振る舞っていた。


 俺が【幻惑の魔眼】を使用した時も、何かに気付いた様子は無かった。


 考えられるのは、やはり自分が魔眼保持者だと気付いていないのだろう。そもそも、自身のステータスを把握するという事が普通の人はできないらしい。これはイェンネたちにも確認したから間違いない。聞いた瞬間、変な顔をされたのは嫌な思い出だ。


 自分のステータスが確認できないのであれば、魔眼を持っていることなど気付かないのもありえるのか?いや、それでも咄嗟に発動してしまう事だってあるはずだ。


 そういえば、フリットもデブも魔力がゼロだった。もし【魔眼】の発動と魔力が関係していたとしたら、どうだ?

 彼らは【魔眼】を発動するための魔力がなかった。だから、自身が魔眼保持者である事にも気付かず生きてきた。一応説明はつくが、正解かどうかは怪しいな。断定するには比較対象が少なすぎる。


 そんな風に考え事をしていても、荷車を押したぶん疲労はたまる。あまり無理をしないように数時間ごとに休憩を入れながら、俺たちは滞りなく進んで行った。


 その間、ホンやデブが俺たちを追ってくるような様子もなかったので、一安心だ。いつまであの幻覚に悩まされるのか知らないが、俺の知った事ではない。



 そして夜、いつも通り交代で見張りを立てて休んでいると、


「おい!大変だ!みんな起きろ!!」


 突然イードの大声に起こされた。何事かと野営用の簡易テントから出ると、エイルが剣を振り回しながら何かと戦っているようだった。


 俺が目を凝らして見ようとすると【鑑定の魔眼】が発動する。


*―*―*―*―*―*―*―*

フォレストマウス 雄 1歳

Lv.2

魔力0

筋力6

防御4

素早17

器用5


スキル:噛みつきLv.1 ひっかきLv.1

*―*―*―*―*―*―*―*


 ネズミだ。六〇センチほどの大きなネズミ。全身が草色の体毛で覆われており、保護色となって視認し辛い。それが十匹ほど荷車に群がるように襲ってきている。今はエイルが剣を振り回して牽制しているが、囲まれれば終わりだろう。


 俺は【幻惑の魔眼】を発動し、フォレストマウスに俺たちが一斉に襲い掛かる幻覚を見せる。すると、ネズミたちは一斉に逃げ出してしまう。


 追い払っていたエイルも突然の事に呆けるが、すぐに気を取り直したようだ。しかし、俺は警戒を緩めていない。なぜなら未だ少し離れた場所でネズミたちが留まっていたからだ。


(俺が見せた幻覚は消えていないはずだ。なのに、どうして逃げない?)


 どうもこちらの様子を見ているようにも感じる。幻覚が決定打になっていない。匂いで気付かれたか?それでも、幻覚に反応したのだからある程度は視覚に頼っているはずだ。少し厄介だが、それなりにやりようはある。


「まだあそこに居る!気を付けてくれ!!」

「あ、おう、わかった!」


 俺がネズミの方を指さして知らせると、エイルが驚きつつも頷いた。


 それを確認した後、剣を構えて荷車とネズミの間に入るように位置取り、一匹だけ幻覚を解除する。しかし、こちらに向かってくる様子が無い。


 たぶんこいつらは群れでしか行動しないのだろう。だったら次だ。


 今度は背後から追い立てるように幻覚を見せた。警戒心だけは高いらしく、慌ててこちらへと向かってくる。匂いで俺の存在には気付いているようだが、俺の姿は見えていない。


 【幻惑の魔眼】で視覚と聴覚は混乱させているので、大きな音を立てても問題ない。

 俺は一気にフォレストマウスまでの距離を詰め、剣をふるう。だが、ネズミの動きは予想していたよりもかなり早く、剣の先が触れただけで傷を負わせるには至らなかった。


 さすが野生動物なだけあって、勘が鋭い。相手が人間なら今ので終わっていただろう。まあ相手が人間なら俺はこんなに躊躇なく剣を振る事はできなかっただろうが、今はどうでもいい。


 チラッと他のネズミも確認してみるが、未だに一定の距離を保ったままこちらを見ている。諦める様子はなさそうだ。エイルたちには俺も一緒にネズミを警戒しているようにしか見えていない。後々面倒事にならないようにするための配慮だ。


 その後も何度か攻撃を当てようと奮闘してみたが、ギリギリで避けられて一向にネズミを倒せない。だんだん情けなくなってきた。


(……燃やせばいいんじゃないか?)


 ふと天啓のようにそんな考えが浮かんだ。もちろん実際に燃やすのではなく、あくまで幻覚の炎で周囲を囲うのだ。一か所だけ逃げ道を開けておくのも有りかもしれない。


 やるだけやってみようと、行動に移す。ネズミの周囲をぐるりと火でCの字になるように囲む。俺はその先で姿を隠したまま、待ち構えていた。


 ネズミは突然現れた炎に驚いて、予想通り一目散に炎のない場所から逃げ出そうと動いた。混乱しているためか、一直線に俺に向かってきたため、タイミングを合わせて剣を突き出す。


 次の瞬間、手元に感じる重みが増した。


「キー……キー……」

「うわぁ……」


 剣に串刺しになったネズミが鳴き声を上げながらジタバタと暴れている。ドクドクと傷口から血が流れ、鉄臭いにおいが鼻についた。


 別に動物を殺したのが初めてというわけでは無いが、慣れない。けれど、このフォレストマウス……実は食べられる。あの村の付近にも生息していて、狩人たちが狩ってきたものがたまに食卓に並ぶのだ。調理風景を見た瞬間ドン引きしたのはいい思い出である。


 貴重なタンパク源であるネズミはできるだけ確保しておきたい。あまり美味しくは無いが、肉は肉だ。今なら蛙の肉だって抵抗なく食べられる気がする。欠食男児の食欲は侮れないのだ。


 まだまだネズミは沢山いる。あいつら全部狩って焼肉パーティするのもいいかもしれない。ジュルリ……


 ネズミに対して有効な手段は確保できた。あとは狩るだけだ。

 幻覚で一匹ずつ仕留めたように誤認させれば問題ないだろうし、さっさと片付けてしまおう。


 そうしてネズミと格闘する事十数分。なんとかすべて倒し切り、今は全員でネズミの解体タイムだ。エイルは慣れた手つきで、仕事が早い。イードもエイルには及ばないもののそれなりの速さで解体している。

 問題は俺たちだ。俺とミレアはこういった作業に慣れていないため見よう見まねで進めているが、難しい。パーバルも手順は知っているようだが、不器用らしく俺たちとあまり変わらない作業スピードだ。


 倒したネズミは一二匹。ひとりで相手するには多すぎる数だ。正直疲れた。


 解体も一通り終えると、既に辺りが明るくなり始めていた。

とりあえず、朝食として解体したばかりのネズミ肉を火でよく炙って食べている。


(やばい、今すぐに寝てしまいたい……)


 そんな欲求が止まらない。珍しく食欲まで満たされているものだから、余計に眠く感じるのだ。なんとか目を開けていようと堪えているが、これは時間の問題かもしれない。


 そんな風に考えている時、ふいに脳内にステータス情報が入ってくる。


*―*―*―*―*―*―*―*

ゴブリン 雄 3歳

Lv.5

魔力2

筋力22

防御15

素早15

器用10


スキル:噛みつきLv.2 ひっかきLv.1 打撃Lv.1

*―*―*―*―*―*―*―*


 同じような情報が続けて四つ伝わってきた。つまり、少なくとも五匹が近くに居るという事だ。おそらく血と肉の臭いに反応しているのだろう。俺の視線の先は先ほどネズミを殺した場所だ。


 ファンタジー世界の定番住人と言えるゴブリン。多くは序盤に出てくる雑魚として扱われ、弱いイメージがある魔物だ。だが、ただの村人である俺たちにとってゴブリンは恐怖の代名詞となる。


 小さな子供くらいの身長しかないにも関わらず、腕力は大の大人以上であり、多少の知恵もある。なにより数が多いのだ。過去、俺たちの村も何度か襲われたことがあるらしく、ゴブリンを見かけたらすぐ知らせるようにと大人たちから日々言い聞かせられている。


「みんな、逃げよう。ゴブリンだ」


 ゴブリンたちを刺激してしまうと危険だと判断し、出来る限り声は抑えて全員に伝える。ゴブリンと聞いてイードとエイルの顔が強張った。パーバルはどの程度の脅威なのかが把握できないらしくオロオロとしているだけだ。ミレアは……寝ている。おい、起きてくれ。


「どっちから来てる?」

「あっちだ」


 イードに方角を聞かれたので答える。目を凝らせば何かがこちらに向かってきているのが見えた。もう視認できるまで近づいてきている。


「よくあんなの見つけられたな。ライズ、狩人やったほうがいいんじゃないか?」


 こんな状況でも軽口をたたくエイル。だが、表情が引き攣っているので強がっているのがバレバレだった。


 俺たちは慌ててその場を後にする。テントだけは何とか回収したが、焚き火や、ネズミの肉などは放置するしかない。せっかくのタンパク源が……。


 遠目に俺たちが野営していた場所を確認してみると、数匹のゴブリンが群がっているのが見えた。おそらくネズミの肉を食っているのだろう。そちらに気をとられている間は、俺たちは安全だが、そう余裕があるわけでもない。


 全員命がかかっているとあって、いつも以上に荷車を押す力が強い。俺たちは追ってくる個体がいないか警戒しながら道を進んで行った。



「そろそろ大丈夫じゃないか?」


 そう言ったのはイードだ。結構な時間歩いたし、野営地からも離れた。だが……


「ダメだ。追ってきてる」

「……うそだろ」


 俺の方は未だ意識すればゴブリンのステータス情報が表示されるのだ。間違いなく居る。


「あっ」


 そんなとき、ミレアが何かに気付いたように声を上げる。何事かとそちらに目を向けてみれば、いつの間にか小麦が入った袋に穴があいており、そこから点々と小麦の粒が落ちているのだ。


「これか……」

「くそっ、いつの間に」


 おそらくネズミの仕業だろう。気付かないうちにやられたらしい。俺たちは適当なものでその穴を塞ぎ、重い体に鞭打って再び移動を開始する。


 さすがにこれ以上は追ってこないだろうと全員が内心安堵していた。もう俺たちを追ってこられるような痕跡も無い。大丈夫だ。


 そう思っていたのに、いつまで経ってもゴブリンの情報が見え続ける。そしてついに…


「みんな、ゴブリンが来るぞ!」


 追いついてきた。青白い不健康そうな皮膚に動物の皮を身に着けただけの小柄な姿。鼻の大きな老人のような顔で、目玉は黄色く濁っている。これがこの世界のゴブリンだ。


「なんでだ?!小麦の穴は塞いだだろ?」

「轍だ!荷車の車輪の跡。たぶんあいつらコレを追ってきてたんだ!」


 今更ながら気付く。荷車は大量に小麦の袋を積んでいてかなりの重量になっている。踏み均されていない地面の上を通れば、結構くっきりと車輪の跡が残ってしまうのだ。


 だが、まさかそんなものを追ってくるとは思わなかった。知能がある事は知っていたが、そこまでの知恵があった事に驚いた。


「今はとにかく逃げよう!」


 向こうの数は八匹になっている。戦うべきじゃない。【幻惑の魔眼】で攪乱できないか試してみたが、まだ敵が遠すぎて意味が無いようだった。


 近づいてから魔眼を試してもいいが、万が一ネズミのように視覚以外の感覚に優れていたときは危険だ。純粋な能力値も数的有利もすべてゴブリン側が有利だ。とても危険を冒せる場面では無い。


 俺たちはただ、ゴブリンたちが諦めることを願って、全力でその場を離れた。


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