第八話 異世界トリップするの
「みなさん、お久しぶりです。山田千春です。えー、今回の話はとても時間がかかってしまい……ぐはっ」
「いいからさっさと本編にいくのじゃ。それは活動報告か、ついったーとやらででもしてればいいのじゃ。ということで、これからもよろしくお願いしますなのじゃー」
ザッザと靴と地面の摩擦により発せられる音が近づく音を聞きながら、彼女は後ろにある壁に背中を預け、右手を握る力を強める。そしてその人物が近づくのを静かに待っていた。そして足音が止まり、声がかけられる。
「おい、なんで律子がここにいるんだよ?」
高崎高校第二体育館裏――ここは、『この場所で告白をすると成功率が1.5倍になるかもしれない』という何とも微妙な噂が高崎高校生の間でまことしやかにささやかれる場所。つまり、いわゆる告白スポットである。ちなみにこの場所は『裏』というのにもかかわらず、日当たり、風当たり共に良く、昼休み、放課後には多くの生徒達でごった返している。そんなわけで誰にも見られずにこっそり告白を……ということはほとんど不可能に近い。そういうわけで告白をする場合は人気のない早朝、深夜、各授業ごとの短い休み時間。もしくは衆人環境の中で告白をするということになる。ちなみに後者を選択した場合には周囲に野次馬と過去の経験者からの視線を全身で受けることになる。そうなるのであれば1.5倍という微妙な恩恵に預からなくてもいいと考えるのが常人である。しかし、いつの時代、場所、つまりどんな所にもイレギュラーは存在するものである。
そんな多くのイレギュラーが崩れ落ちた場所に一組の男女が向かい合っていた。しかし両者の間には不穏な空気が流れていた。お世辞にもこれから恋人同士になるかもしれないというような甘酸っぱいような、くすぐったいような雰囲気には見えない。それもそのはず早蕨涼馬が意を決して桐山梨琉花を呼び出したら梨琉花の親友であるはずの千早律子が待っていたのだから。
「梨琉花の代理ってとこかな?それはともかく、これは返すわ」
そして律子は制服のポケットから一通の便箋を取り出し、涼馬に突きつけた。それは昨夜涼馬が徹夜までして書き上げ、今朝梨琉花の下駄箱に放り込まれていた物――そう、ラブレターである。
「いらねぇよ!そんなことより梨琉花は来ないのか?」
「だから言ったでしょ?『代理』って。私が代わりに話を聞いてやんだからさっさと話しなさいよ」
「……大事な話だから本人に直接話したい」
「じゃあだいたいどんな話かだけでも。その手紙にはこの時間にここに来いとしか書かれてなかったし、なんのことだかわかんないのよ」
「……言えない……というか言いたくない」
「ふん……じゃあこれでも黙秘を続けられる?」
そして右手に握られた物を涼馬に突きつける。
「脅しか?言っておくがお前の竹刀を避けるなど俺にとっては朝飯前だぞ?」
涼馬は律子に竹刀を突きつけられても涼しい表情を崩さない。余裕綽々とまではいかないが律子が実力行使に出た場合にも避けきれると考えているようだ。それもそのはず、涼馬は運動神経抜群で1年生にもかかわらず、レギュラーに抜擢され、先輩方に負けず劣らずの活躍をみせている。対して律子は入学当初は家が剣豪の子孫であり、兄は全国で活躍していることもあり過度な期待がかかっていた。しかし、子供の頃から真面目に練習に打ち込んでいた兄と違い、律子は逃げ、今までまともな練習をしてこなかった為に実力が伴っていない。そんなわけで、一時期『最強の1年生』と呼ばれていたが、今ではふたつの二つ名を有している。その内のひとつが『最弱ってほどでもないけど多分普通の1年生』であり、この二つ名は全校生徒が知っていると言っても過言ではないだろう。ちなみに律子は、その名声を欲しいままにし、誇りに思っている。
「確かにそうかもしれない……。じゃあどうしよっかなー?うーん。あれっ?なぜかポケットに写真が入ってたぞ-?」
そして便箋を取り出したポケットとは別のポケットから今度は一枚の写真を取り出す。そしてその写真を見た涼馬の顔色が一瞬変わるが直ぐに取り繕う。
「……それがどうしたというんだ?」
「あれれー?なんだこれー?わー、これってボイスレコーダーってやつかなー?」
写真を出したポケットと同じポケットから長方形の機器を取り出す。それを見た涼馬の顔色が今度こそ変わる。
「それをどこで?」
「そんなの知るわけ無いでしょ。ばかじゃないの?だって私自身もなんでこんな物が入ってたのかが分からないんだから。で?どう?そろそろ話す気になった?」
「うっ……言うわけ……な……」
そこで律子のポケットからさらに写真を取り出す。そして涼馬が口を開けままま固まった。暫くしたあとにようやく言葉を発する。
「なっ何が望みだ?」
「まぁまぁ、そんな固くならずに。どーせ、梨琉花に告るつもりだったんでしょ?応援はしたいんだけど(おもしろそうだから)……、悪いんけど今はちょっと遠慮してもらえないかな?」
「な……なんで?」
「そりゃ決まってるでしょ。今は時期が悪いのよ。『果報は寝て待て』って言うでしょ?」
「うーん。いやっ!それでも俺は行くんたらかんたら……」
涼馬の声が最後、尻すぼみになったのは律子がさらに懐から写真を出したからだ。
「わっ分かったから……、分かったから」
もうすでに涼馬は涙目になっている。そこで律子は涼馬を一瞥してからその場を後にする。その行動は涼馬の事がかわいそうになったのか。それともただ単に、このやりとりに飽きたのか。いや、四時間目の授業に遅れるのが嫌だっただけかもしれない。そんなわけで律子は物陰に隠れ様子を伺っていた涼馬の取り巻き達を一睨みずつしながら教室に戻るのだった。
残された彼らは皆、その場に立ち尽くすだけだった。なぜなら律子のもう1つの二つ名である『鬼侍』の存在を知ってしまったのだから。
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「あっ、りっちゃん!もー、どこに行ってたの?急にいなくなるんだもん。心配したよー」
「ごめんごめん。ちょっと……ね?」
「ごまかそうったってそうはいかないんだからね!もう今日は朝からおかしいよ」
「あー(そういえば、梨琉花の下駄箱からあの手紙を見つけてからずっと上の空だったかもしれないなー)」
斜め上を見ながら律子は今朝からの行動を振り返る。
「ほっほら、そんなことより今日はちゃんと昼食を持ってきたの?」
「へ?あー、うん!今度こそばっちりだよ!!」
この桐山梨琉花という少女は料理は上手いくせに怠慢なのだ。だからいつもコンビニや購買などでパンや弁当を購入している。そして昨日昼食として持ってきたのがなんと即席麺。いわいるカップラーメンと呼ばれる品物だったのである。
「いやー、昨日はお湯を忘れちゃったからね。ふふふ、でもご安心を!なんと本日は電気ポット持参です!!」
「……あんたの行動には時折驚かされるわ……。そんな重い物を学校に持ってくる暇があるなら朝早く起きて弁当でも作ったらどうなの?」
「いやーそれとこれはべつだよ」
「それで?他には何か持ってきたの?」
「じゃーん!」
そして梨琉花はどこからか開封済みのカップ焼きそばを取り出す。これは2つの商品を繋げ、大盛りと称し販売されている物だったり、未確認飛行物体とかではなく『わかめスープ』が付いてくるあのカップ焼きそばだ。
「……なんで、わざわざお湯を捨てる必要のあるカップ焼きそばをチョイスしたとか聞きたいことは色々あるんだけど……とりあえずは1つ聞かせて?なんでこれ開封されてるの?」
「うっ……それは……」
律子だって別にビニールが取れていたり、蓋が開けられていたりする理由が知りたいわけじゃない。知りたいのは蓋が完全に取れていて、さらには中に麺は無く、キャベツと思われる物が容器に付着し、内側がしめっているという点だ。ここから導き出される真実は1つ!
「はぁ、時間を間違えたのか、よっぽどお腹が空いていたかは分からないけど、食べようとしたら、お湯を捨てる時に……」
「その先は言わんといてぇ」
「どうしたのよ、急に。それでどうするの?」
「ふふふ、実はもう1つ持ってきているのだ!」
またもや梨琉花はどこからか即席麺を取り出す。そこで律子は引っかかりを覚えた。その正体とは。
「あれ?たまごは?」
そう、これは麺の上にたまごを乗せるあれだったのである。別にたまごがあろうと無かろうと食べることは出来るが、どうせ食べるのならたまごを乗せて食べたいと考えるのが人情というものである。
「あああああぁぁぁぁぁーーーーー。忘れてたぁぁぁぁぁーーーーー」
梨琉花の絶叫と共に授業開始のチャイムが学校中に鳴り響いた。
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「ここがこうなるから答えは――」
律子にとって授業時間というものはとても退屈な時間だ。この単元はもうすでに予習済みだし、この問題も簡単に解ける。確かに授業中に気づかされることもあるがそんなことは滅多にない。
そこでなんとなく視線を周りに走らせる。梨琉花は眠気と戦いながら必死にノートをとっている。いや、眠気と同時に空腹とも戦っているようだ。
そしてその隣の浅那に目を向けると、窓の外を見ていた。そこで無性に腹が立ってきた。なんでだろうと思いながらも、何を見ているのだろうと律子も窓の外を見る。しかし、雲が見えるだけでなんの変哲もない、ただの青空だ。
ああ、いっそ未確認飛行物体とかテロリストがやって来ないかしら。そうすれば、こんな退屈な毎日じゃなくて、もっと刺激的な毎日になるのに。
「あーあ、こんな世界じゃなくて、もっと楽しい世界に行けたらなー」
と誰にも聞こえないぐらい小さく呟いた途端に誰かの腕時計がピッピという音を発する。どうやら時刻が12時になったらしい。何とも無しに音が聞こえた前列に視線を移すと自然に黒板が目に入る。すると、その黒板が光り輝いた。
「――みひょ?」
あまりにも突然の出来事に目を瞑り、素っ頓狂な声を上げてしまい、思考が追いつかない。しかし、律子の本能はこう告げていた。
『日常から非日常への変遷――そう、もう学校に行かなくてもいいんじゃね?』
――と
律子「うわぁ!」
梨琉花「うわぁ!目が。目がぁー」
九重「なんじゃこりゃー」
律子・梨琉花「「誰だよっ?!」」
九重「次回、『第九話 グレネードワンダースキルチョイスなの』」
梨琉花「おっ、いいねぇ!それ採用でー」
律子「まじで?!」