第六話 買い物をするの
2014/9/21 浅那が気絶する表現を追加
そうだった。すっかり忘れていた。ということはオレは今まで顔に落書きをしたまま町を歩いていたのか。通りで道行く人全員が怪訝な顔をするわけだ。恥ずかしい。とりあえず元凶である沙耶を睨む。
「ふーふー」
そっぽを向いて鳴らない口笛を吹いていた。
「なぁ、沙耶さん?どうにかしてくれないか?確か『浄化』スキル使えるだろ?」
「ひゅーひゅー」
「……」
沙耶の頭を片手でつかみオレの側へと引き寄せる。そして両手で拳を作り、こめかみへと当てる。もうおわかりだろう。頭ぐりぐりである。
「痛いのじゃー痛いのじゃー」
「じゃあさっさと浄化をかけてもらおうか?」
「そんなことをすれば浅那の人格まで消えてしまうぞ?」
「オレは人格まで汚れきっているってか?」
「ああ、そうじゃ!!」
「いいからさっさとやれ!!」
「いて!うぅぅ、チョップは酷いのじゃ。ほれ。これでいいじゃろう」
すると顔の周りに光りが現れ、しばらくすると消えていった。なんか顔がすっきりする。冷水で顔を洗ったようだ。
「ああ、サンキューな」
「べっ別に浅那のためにやったのではにゃいのじゃ!!」
かんじゃったよ、この子。
「それで?食事かい?それとも宿泊かい?」
そうだった忘れていた。ここには宿泊するつもりできたんだった。ちなみに先程の幼女はどこかへと去っていった。
「宿泊と食事両方で頼む」
「それなら宿泊代26ハルに朝、晩の食事代6ハル、体を拭くお湯が2ハルでさらにふたりで泊まるなら60ハルでいいがそれでいいかい?ちなみにギルドカードでの支払いもできるよ」
「ああ、じゃあギルドカードで頼む」
そして制服のポケットの中に手を入れる。あれ?ギルドカードがない。
「なぁ、沙耶?ギルドカード持ってないか?」
「なんじゃ妾は持っておらんぞ」
まさかすられたか?いや冒険者ギルドから腹ぺこ亭までは20メトルだ。そんな短距離ですられるとは思えな……あ。
「ギルドカード貰うの忘れてた……」
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「はぁ全くもって情けないのじゃ」
「うっ……」
「普通気がつくであろう」
「……すみませんでした」
ちなみに「金がねーならさっさと出てけ!!」と追い出され、冒険者ギルドに向かっている途中である。またもやウェスタンなドアを通るとがたいのいい男達で賑わっていた。まずはあのおっさんを探さなければ。……いないな。休憩中か?とりあえず受付嬢さんに話しかける。
「すまない、先程、冒険者登録をした者なんだがギルドカードを貰うのを忘れてな、貰えませんかね?」
「すみません、担当した者を覚えていますか?」
「ああ、中年のおっさんだった」
そこでなぜか受付嬢さんの顔が引きつった。さらにはギルド内も静まりかえる。そして、後方からは怒声が聞こえてきた。
「おい、ガキャァァァ」
ガキさん?牡蠣さん?ガッキーさん?
「おい、聞いてんのかガキが」
おいおい、早く返事をしろよガッキーさん。怖くて後ろ振り向けねぇよ。とまぁそれは置いておこう。
「それでいるんですか?休憩中ですかね?」
受付嬢さんはまだ固まっている。
「無視とはいい度胸してんなこのガキ」
だから早く返事をしろよガッキーさん。するとオレの真横に剣が振り下ろされた。あぶねぇ。とっさに避けてよかったわ。それにしてもガッキーさん、オレの真後ろにいたのかよ。まったくもう、他の人の迷惑を考えてやって欲しいな。おっと、次はオレの真横から剣がなぎ払われた。それをオレは、後ろを向いたままでトンファーを使い、いなす。おいおい、いつまでオレの後ろにいるんだよガッキーさん。それはともかくオレには用事があるんだ。
「だからどうなんですか。いるんですか?いないんですか?別に急いでるわけじゃないんでいいですがなるべく早くしてもらいたいんですけど」
「あ、あ、あ」
受付嬢さんは、数回口をぱくぱくさせてからどこかへと去っていってしまった。極度のあがり症なのかな?まぁいいやきっと呼んできてもらえるだろ。そうだ、ガッキーさんに文句を言わないと。あんたのせいでこっちはいい迷惑なんだ。
「ガッキーさん、ガッキーさん。あなたいい加減にしてくださ……いよ?」
オレは後ろを振り向いた。するとそこには剣を持った男がいた。オレと男の間には誰もいない。……どうやらオレがガッキーさんだったようだ。横を見ると沙耶があきれた様子でこちらを見ている。
「にぶいのう。ほんとうににぶいのう」
「はい、すみませんでした」
しかし、謝ったところで問題は何も解決しない。
「あ、あのー。何があったのかは分かりませんが、話し合いませんか?」
「うるせぇガキがぁぁぁ」
男が剣を振りかぶりながらこっちに近づいてくる。そしてオレはそれを避けながら力いっぱい叫ぶ。
「オレの名前はガッキーじゃない!アサナだ!!」
「「「「ツッコムとこそこ?!」」」」
四方から声が飛んできた。当然そこである。
「あんたはガッキーさんに恨みがあるんだろ?けどおれはガッキーじゃないんだ。悪いが他を当たってくれ」
決まった。どややー。今のオレはどや顔である。
「「「「ばっばかな!!あいつこの状況でまだ気づいてないぞ!?」」」」
「ありえねぇ……」
「どこまでバ……鈍感なんだ?」
「はぁ~~~」
あれ?なんか間違えた?オレとしては完璧だったはずだが。
「浅那!!とりあえずぶっ倒すのじゃ。話はそれからなのじゃ!!」
「えーめんどくせぇ」
「ぐずぐず言ってねぇでさっさとくたばりやがれ!!」
『言語理解』のスキルを持っていても理解できない言語というのはおかしいのではないだろうか?ちなみに浅那は知らないが、使おうと思えば「すみませんがお兄さん、気に食わないことがあるので斬りかからせていただきます」と翻訳することができたりする。
まぁ、無抵抗でやられるわけにもいかないのでテキトーにあいてしてやるか。痛いのはやだし。誤解があるならば後で話せばいいことだ。
相手は怒りに身を任せ愚直なまでに突っ込んで来る。こうなれば後は簡単である。剣を左のトンファーではじき、右のトンファーを相手の首筋に叩き込む。よし、これでフィニッシュだ。一般人ならこれで気絶するはずである。しかし相手は少しの間動きを止めただけで気を失うまではいかなかったようだ。さすがは冒険者。タフさが違う。
「まさかこのワザを使わされるとはな。くらえ『センギ・スラッシュ』!!」
「なに?スラッシュだと」
すると男の剣が蒼白の光を纏い、なめらかな洗礼された動きでオレの首筋に迫っていた。間違いない。これはサフラン・コードの戦技の1つである『スラッシュ』だ。オレはそれをトンファーで止めようとするが弾かれてしまう。そして、その一瞬の隙で、後ろへ下がる。
――どういうことだ、この世界に戦技があるなんて聞いてないぞ
目線だけで沙耶と会話を行う。
――当たり前じゃ、言ってないからの
――なんで言わなかった?
――決まっておろう?
嫌な予感がする。
――めんどくさいからじゃ
見事に的中だ。沙耶は無い胸を張りどや顔をしている。
――よし、後で頭ぐりぐりの刑だ
――嫌なのじゃー許してたもぉー
そこで沙耶から目線を外す。
「はぁ、はぁ、はぁ」
どうやら今のでスタミナを使い果たしたようだ。しかし、危険なことには変わりない。さぁ、どうするか。オレの所持スキルで戦闘に使えそうなものは…………ない。くっ失敗したか。するとそこで、俺たちに声が掛かかった。
「そこまでだ。これ以上暴れるのならギルドとしても何らかの処置をとらせてもらうぞ」
そこにはあがり症の受付嬢さんとあの中年のおっさんが立っていた。
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どうやらあのおっさんはギルドマスターだったらしい。そしておっさん呼ばわりしたのを聞いたあの男が怒って斬りかかってきたと。ちなみにその男の名前はガッキーさんだった。
「すまねぇな。俺が暇つぶしとばかりに受付嬢の真似事なんかをしていたせいでこんなことになっちまって」
「いえいえ、おっちゃんは何も悪くないですよ」
ちなみにギルマスだと分った瞬間に「ギルドマスターさん」と呼んだが「おっさんのままでいいよ」と言われたのでお互いの妥協点としておっちゃんとなった。
「そう言ってもらえるとありがたい。ほらよ、これがギルドカードだ。カードの上に手を乗せて魔力を込めてみろ」
言われた通りに魔力を込めてみると一瞬カードが淡く輝いた。そして、文字が浮かび上がってくる。そこには名前、年齢、職業病、ランク、貯蓄金額などが記載されていた。
「ちなみに『ステータス』と唱えるとステータスも確認できるぜ」
「なるほど、後で確認しておこう」
「言っとくが絶対になくすんじゃねぇぞ?身分証明にもなるし金も入ってるんだ。一応、他人には使えないようになってるが再発行には金がかかるからな」
「ああ、ありがとう」
「じゃあな、気をつけるんだぞ、兄ちゃん」
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「次はどこに行くんじゃ?」
「そうだな、これで宿には泊まれるし、まずはこれからのことを話合いたいな」
「その前に何か食べるのじゃー、妾はお腹がすいたのじゃー」
「そうだな、じゃあ食事しながら話し合うか」
時刻は既に12時を回っていた。1日何も食べていなかったことになる。
「もうここでいいか?」
「食べられるならもうどこでもいいのじゃー」
そうして2人は『ハングリーな人達カモォーン、おらがもてなしてやるだ〜産地直送の食材を使って〜』に入っていった。
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「いらっしゃいませーご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいませ」
「ああ、なぁ、どれにする?」
「そうじゃのー、この『ぶり大根定食』なんていいのー」
「いいな、ぶり大根。この世界にもあったのか。おっこっちには『きんぴらごぼう定食』もあるぞ?」
「何?きんぴらじゃと、妾はそれにするのじゃ」
「うーん、じゃあオレは『豚汁定食』にするかな。すみませーん」
「はいはーい」
「ピザとナポリタンください」
「ウソじゃ、今の注文をなしにして『きんぴらごぼう定食』と『豚汁定食』を頼むのじゃ」
「かしこまりましたー」
看板の割に全く訛っていないが屈強な大男がオーダーを聞き、さがっていく。
「早くこないかのー」
「そうだな、今初めて、ご飯が目の前にあるのにもかかわらず待ったをかけられる犬の気持ちが分った気がする」
「ふふふ、2人っきりでの食事なのじゃ。これはまさかデー」
「お待たせしましたー」
「おお、おいしそうだな。いっただきまーす」
「むー。いただきますなのじゃ」
2人が異世界にきて初めて食べた物は異世界感の欠片もないきんぴらと豚汁だった。
「なぁ、定食なのに米じゃなくてパンとはどういうことだ?」
「なんじゃ、そんなことか。サフラン・コードは中世ヨーロッパがイメージの世界、そしてこの世界もまたしかりじゃ。そんな中で米が出てきてみよ、興醒めなのじゃ」
「うーむ、わからんでもないが。でもぶり大根やきんぴらとか豚汁が出てきた時点で興醒めだけどな。それにパンじゃなくて米で食べたくないか?」
「それもそうじゃの。まぁ世界のどこかには米を食べる国や自生している場所もあるやもしれん。それまでお預けじゃな」
「うーん、それまでの辛抱か」
こうして米を見つけるための旅は始まろうとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「次はどこに行くんじゃ?」
「ああ、異世界トリップのテンプレにのっかってみようと思う」
「なんじゃそれは?図書館に行って情報収集でもするのかの?」
「それもあるな。でも今やるべきことは違う」
「ああ、そうか、分ったのじゃ。薬草採取クエストでも受けるんじゃな?図書館は入館料がかかる場合があるからの」
「いや、違う」
「じゃあいったいなんなんじゃ?」
「唐揚げを作る」
「…………え?」
「唐揚げを作るんだ」
「いやいや、なんで唐揚げを」
「え?異世界に来たら現代知識チートを駆使して唐揚げ作るって常識じゃないのか? 」
「いったいどこの国の話じゃ」
「よし、そうと決まったら買い物だ」
「ちょっちょっと待つのじゃ」
「まずは鶏肉の代わりになる物を買わないとそれから料理する場所も必要か。他には…………」
「待てーい」
「ぐはっ……」
殴られた。
「はぁー全く持って何を考えておるのじゃ。もっとしっかりせよ。この場合作るのは…………プリンが先じゃろ?」
浅那はその場に崩れ落ちた。意識を手放す中、視界の隅に見たものは、沙耶の怪しい笑顔だった。
ツッコミ役が存在しない今、2人の暴走は止まらない。
浅那「なぁ、買い物してなくないか?」
沙耶「これからするんじゃ」
浅那「タイトルさ……」
沙耶「それを言ってはだめなのじゃ」
浅那「おっおう……。そういえば、へんめがの設定資料が投稿されてたな」
沙耶「そうなのじゃ。でも読む際にはネタバレなど注意が必要じゃな」
浅那「ああ、この世界の説明や何人かのクラスメイトの説明などあるからな」
沙耶「それはそれとして、変な小説も投稿されてたのじゃ」
浅那「ああ、『納豆っておいしいよねって話』だろ?」
沙耶「どこで道を間違えたのじゃ」
浅那「いいじゃないか、おいしいし」
沙耶「友人からは『結局納豆っておいしいの?』とか言われるのじゃ」
浅那「おいしいです。納豆」
沙耶「そちらの方もよろしくなのじゃ」
浅那「次回、『クエストを受けるの』こんどこそまともに」
沙耶「なるわけないのじゃ」
-----編集後記?-----
浅那「なんかさらりとオレが気絶する表現が入っているのだが?」
沙耶「細かいことは気にしたら負けなのじゃ。ほれ、本編では気絶しているから喋らずに倒れているのじゃ」
浅那「これ本編と連動してたのかよ……。まぁ、細かいことは気にするなよ」