私と妹
本作は短編「私と姉」の続編となっております。こちらを読んでいただく前に、「私と姉」の方をご一読していただくことをお勧めします。
生。
希望。
朝の光。
清々しい。
春の温もり。
この子の体温。
どちらも柔らか。
生きていられれば。
いつしか楽しくなる。
迷信だろうと思ってた。
でも、それは偏見だった。
決して楽じゃないけれども。
決して幸福ではないけれども。
今いるこの場所こそエルドラド。
そう、思っている自分に気づいた。
妹の隣で眠りについて、気づけば朝。
妹は私の体に寄り添って安らかに眠る。
妹のその頭を優しく撫でて微笑んでみる。
寝息を絶やさずに眠る姿は、まるで幼子だ。
私はその幼子を優しく包み込んで、抱擁した。
妹の表情に、心なしか笑顔が浮かんだ気がした。
妹の体には、民家から盗んできたロングセーター。
ピンク色の鮮やかな色彩で、よく似合ってて可愛い。
ピンクが昔から似合わない私は、地味な黒地のシャツ。
こちらもロングで、一枚で腰下まで綺麗に隠れて便利だ。
ピンクの似合う女の子に生まれたかったなぁ、今更だけど。
マゼンタやピンクは女の子の憧れだったりするのだ(持論)。
あー、いろんな服を着てみたい。そして可愛く着飾ってみたい。
あの家に生まれたせいで、今までに衣服を着た経験はほぼゼロだ。
与えられたのは薄いモーフ一枚。それを体に巻き付けて生活してた。
あれから私たちは人間のクズに成り果てていた。何しろ住む家が無い。
毎日のように窃盗を繰り返して、その戦果で食い繋いでいるのが現状だ。
皮肉なことに、あの家にいたときより、今の方が立派な食事と成り得てる。
でも、それでもいい。生きるためには汚いことを使うのもアリだと私は思う。
どんなに周りから避難され、絶望の淵に追いやられたとしても、負けはしない。
今更失うものなど、妹の他には何もない。この子が側にいてくれればそれでいい。
この子と一緒に生きていけるなら、私はそれ以上何も望まない。むしろ願い下げだ。
こちらから望んで下手に触発されるのは嫌だし、私自身が他人からの施しが嫌いだし。
でも、いつかはそうもいかなくなる。誰かを頼らなければ抜け出せない壁に必ず当たる。
そのときこそ、私と妹が誰かに『信頼』という絵空事を生まれてはじめて抱く瞬間だろう。
まぁ、ありえない話ね。だって私たちに人を信じろって方が無理よ。感情、枯死してるもの。
それでも勇気を出して信じろと神が言うのならば、私はその神をなぶり殺してやるわ。激しく。
さて、私の気持ちとは裏腹に安らかに眠っている妹の髪に、指を絡めてみる。サラサラと流れた。
どこか心地よくて、こちらまで気概が緩む。いつまでも触っていたい衝動に駆られたが何とか退避。
すると、私の髪いじりが害になってしまったのか、妹がゆるりと私の肩から離れた。寝ぼけ眼を開く。
私を見留めると、柔らかく微笑んでくれた。差し込んでくる光がいい演出をして、輝く向日葵みたいだ。
私たちは空き家に身を潜めていた。外見はボロボロで、間違っても物好き以外は足を踏み入れないような。
しかし、案外なかは綺麗で、部屋中の埃を取り除けば生活するぶんには問題ない。ガスも電気も通ってるし。
ただ一つの難点は、生活居住区までの距離が遠いこと。盗みを生業にする身としてはとにかく不便極まりない。
でも、特別苦でもない。身を隠せる場所を確保できて、且つ火も灯りも不便ないのだ。贅沢すぎるくらいだろう。
妹が柔らかな欠伸を漏らす。その声が幼子のそれに聞こえて、思わず唇を奪っていた。長らく唇を重ね続けてみる。
妹も満更でもない様子。むしろ目を閉じてノリノリだ。私の心の中では愛らしさと愛しさと愛情がせめぎ合い始める。
先に主張しておくが、私は決して同性愛者ではない。ただちょっと妹が好きなだけ。間違いの無いようにお願いしたい。
英語風に言えば、アイムノットレズビアン。バット、アイムピュアシスターコンプレックスだ。ピュアが重要なので注意。
唇を離し、妹の顔を見つめる。可愛そうに、頬は未だに痩けていて全体的に弱々しい。それでも、目鼻は綺麗に整っている。
妹贔屓になるかもしれないが、私はこの子はとても美人だと思う。私などよりもずっと。あと少し栄養が足りればモデル級だ。
だから私は盗んできた食料を分けるとき、いつも自分よりも倍の量を妹に渡している。まぁ、結局は妹が遠慮して半分になるが。
妹が私にすり寄ってくる。歳は変わらないはずだが、どうにも甘えん坊なこの子はまるで生まれたての子猫のようだ。可愛いすぎ。
さて、いつまでもベタベタしていられない。私は優しくその頬を撫でてから、静かに立ち上がった。そして台所へ向かい朝食の準備。
昨日盗んでおいたレトルトカレーと、無料で配布していたパンの耳を取り出してテーブルに広げる。食事としては申し分ないほどの量。
妹が後からやってきて、自分も手伝うと言い出した。手伝うことは何もないのだが、せっかくの好意なので、とりあえずラブ注入を所望。
すると妹は了解の旨を示して、私の背中にぴったりくっついてじゃれついてくる。背中にふくよかとは言い難い胸部が当たり興奮指数上昇。
背中に体温が伝わってくる。その温もりが体に浸透して、私はそこでやっと生きていることを実感した。妹に宿る生命は、今も息づいている。
そして、今まさに体温を感じてる私もまた、体に生命を宿してる。それは素晴らしいことではないだろうか。それこそが幸せではないだろうか。
不覚にも考えてしまった哲学を払拭し、朝食の準備を終える。妹とダイニングのテーブルに向かい、そこでパン耳オンカレールーを咀嚼していく。
その際、妹はパンの耳をくわえると、反対側を私に示し出す。偏に意味を悟った私は、その反対側を口にくわえる。そしてお互いにもぐもぐからの。
そこからは想像にお任せする。私たちの日常を赤裸々に公開するのは気が引けて仕方ない。私たちだけの情事だ。秘密にもしたくなる。姉の意地です。
さて、お互いに朝食を住ませたあと、二人で一緒にシャワーを浴びる。お互いに体を優しく、愛しく撫で合って清潔にしていく。この時間が最も至福だ。
それを済ませたあと、服を着こんで、外に駆り出す。窃盗行為のスタートだ。まずは適当なスーパーに入り、缶詰めコーナーを冷やかす。ツナ缶は必須だ。
難なくツナ缶を発見。とりあえず五個をキープした。妹はミックスベジタブルを三つほど、加えて、マトン肉の缶詰めを四つ確保していた。マトン好きだね。
次は飲料水コーナー。そこで、飲料水ではなく隣に置かれる携帯ゼリー飲料を五つ確保。この時点で妹はパン屋に向かい、パンの耳の詰め合わせを貰いに行く。
もちろん会計はスルーして、次は奥にあるアルカリイオン水配給コーナーに向かう。そこで水をボトル三つほど満タンに満たし、そちらはレジに通す。カモフだ。
お会計は三百円だった。私はポケットから小銭を取り出して支払いを済ます。金銭は民家から盗んできたものだ。最初は諭吉一枚だったけど。そろそろまた盗もう。
スーパーを後にして帰路を辿る。この時間がもっとも恐怖を駆り立てる。後ろから店員が追いかけてきたら逃げ切れるかどうかは怪しい。体力など皆無同然だからだ。
無事に帰宅。妹と抱き締め合って、お互いに無事を実感。演技抜きで涙が出てくるもんだから情けないことこの上ない。私たちはそれほどに脆弱で、また儚い生き物だ。
それからは昼時まで、また二人でじゃれ合い出す。ハグもキスも無礼講の禁断の時間だ。禁断と言えどそれ以上の行為に及ぶことはないので、話し半分で聞いてください。
昼になると、私たちは缶詰を開けて食し始める。缶詰は楽だ。調理の手間がかからない。冷えているのがいささか不本意ではあるが、食せて害がなければ温度など関係ない。
昼食を終えると、私たちは再び窃盗フェイズに入る。RPGではシーフのジョブに該当すること請け合いだ。今度は別のスーパーに向かい、レトルト食品を中心に漁っていく。
ここでも無事に帰還できた私たちは、またもお互いに生を喜び、またもイチャイチャラブラブのスーパー姉妹タイムに突入。だってこの子が可愛いいんだもーん。仕方なーいー。
日が暮れるまでバッチリお互いにお触りをこなしたあと、私たちはフィールドをお風呂場へと移す。風呂を沸かして共に浸かり、充分暖まっていたテンションにα波を相乗させる。
風呂から上がると夕食の支度。二人で手伝い合いながら、すぐに食品を並べていく。夕飯にレトルトをチョイスしたのには理由があり、風呂に浸からせればそれなりに暖まるからだ。
一日の内で暖かい食事をとることが出来るのはこの瞬間だけだ。その分、やはり朝食や昼食と比べると美味に感じる。ビバ温かいメシ! と謎の掛け声を挨拶代わりにして食事を開始。
食べ終わると、レトルトの袋をしっかり処理してからしばし余談に浸る。明日のメニュー、新しい衣服、してみたい髪型など、話題は年相応の女性と大差ない。私たちも女の子ですから。
しばらく会話を楽しんだあと、しっかり歯磨きをしてから、一緒に就寝態勢につく。と言っても布団や毛布などは持ち合わせていないので、お互いに抱き合ってくっつくしかない。うふふ。
ここからは熱い夜に突入することもあれば、疲れて寝てしまうこともある。キスだけで甘く浸る日もあるし、会話して笑い合うこともある。いずれにせよ、私たちが片時も離れることはない。
妹から、優しく口づけを交わしてきた。私は、夜はいつも妹に任せっきりだ。自分いわゆるマゾですから。イニシャルMですから。攻められるの大好きですから。こんな女性は嫌いでしょうか。
しかし、今日は普段とは違った。妹は唇を離すと、突然私を強く抱き締めた。そして儚げな瞳で私を見上げた。普段はあまり負の感情を表に出さない子なので、私は途端に心配の念に侵食される。
「姉さん……」「なーに?」「私、姉さんが一番大切だから」「私だってあなたが一番大切よ?」「ん……わかってるんだけど……」「どうしたの今日は」「いや……ずっと、一緒にいれたらなって」
「あら、そんなの当たり前じゃない。いつまでもずっと一緒よ?」「……ほんと? どこにもいかない? 一人にしない?」「うん、絶対本当。ずっと側にいる」「……そっか……えへへ、ならいいや」
「まったく、心配症なんだから」「たまには不安にもなるのです」「まぁ、気持ちはわかるけどね」「でしょ? ……あの、姉さん」「なーに?」「甘えん坊になっていい?」「いいよ」「あのね、寒い」
「あらあら。……だったら、温かくしてあげましょうね」「うん、お願い」「はい、任せて。……それじゃあ、リラックスして」「はーい。―――――」―――私たちはより一層抱き合い、より一層堕ちた。
これが、私と妹。これが、私たち。
神からしたら不潔極まりないだろう。
でも、これは運命ではなく必然。
たぶん、私たちにはこれ以外の道はなかったのだ。
だから今後もこのままで。
姉妹でずっと、仲良く行こうね。
〈完〉
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