追われる者の修行
翌朝、学校は休みだった。窓から差し込む光を見つめながら、黒斗は天井を見上げる。「育てられている」という言葉が頭から離れない。
「……気持ち悪いな」
キッチンで何かを焦がしかけながら、ミオが言う。「なら立場を変えなさい」
「どうやって」
「追われる側じゃなく、超える側になるの」
黒斗はゆっくり起き上がる。「修行か」
「ええ。今度は“制御”よ」
前回は出力と耐久を上げる修行だった。今回は違う。
郊外の河川敷。風が強く、人影はない。
「昨日、影が勝手に動いたわね」
黒斗は頷く。
「ああ、だがあれのおかげで助かった」
「今はね。でも危険よ。影があなたの命令より先に動くのは進化でもあるけど、分離の兆候でもある」
「分離……?」
「影が別の意思を持ち始めたらどうなる?」
黒斗は答えられない。
ミオは地面に円を描く。「この中で影を出しなさい。ただし、一切動かさないこと」
黒斗は集中する。足元から影が伸び、地面に広がる。ざわりと揺れた。
「止めろ」
命じる。しかし影は脈打つように震える。昨日の戦闘の刺激が残っている。
「呼吸を落とせ」
黒斗は目を閉じ、戦闘時とは逆の呼吸を意識する。沈める。深く、ゆっくり。鼓動が落ち着くにつれ、影の揺れも小さくなっていく。
だが突然、影の一部が鋭く尖り、外へ向かおうとする。
「……っ!」
黒斗が目を開く。同時に、遠くの電柱の影がわずかに歪んだ。
ミオが低く言う。「見られてる」
直接の敵はいない。しかし確実に“観測”が続いている。刺激が送られ、影が反応している。
黒斗は歯を食いしばる。「俺のだ……!」
押さえつけるのではない。包み込むように意識を向ける。影を敵にせず、引き寄せる。呼吸をさらに落とす。揺れが次第に収まり、尖りが丸くなり、やがて完全に静止した。
風の音だけが残る。
ミオが小さく息を吐く。「今のが第一段階。観測されながら制御できるなら上出来よ」
黒斗は肩で息をしながら苦笑する。「落ち着いてる暇もないな」
「向こうはあなたの成長を見たい。なら見せてあげればいい。ただし主導権は渡さないこと」
黒斗は拳を握る。「ああ。強くなる。でも俺の意思でだ」
遠くの電柱の影は、いつの間にか元に戻っている。だが記録はされた。評価も更新された。
そして黒斗はまだ知らない。影を“包み込んだ”その瞬間、ほんの一瞬だけ、影の奥で何かが笑ったことを。




