観測の理由
黒斗はゆっくり立ち上がり、窓の外を見た。街は静かだ。だがもう、以前のようには見えない。
「つまり、俺が強くなるほど連中は試してくるってことか」
「そういうこと」
「潰しに来るのか」
ミオは首を振った。「まだ違う。今は育ててる」
その言葉が一番重い。
育てている。誰の意思で。何のために。
部屋に沈黙が落ちる。そのとき、間の抜けた音が響いた。
ぐぅ……
黒斗が振り向く。ミオは視線を逸らした。
「……聞こえてないわよね」
「腹鳴ったな」
「鳴ってない」
一拍置いて、ぼそりと付け足す。「……少しだけ」
黒斗は小さく息を吐いた。「飯、どうする」
「私が作る」
嫌な予感しかしない。
キッチンから包丁の音が響き、その後すぐに焦げる匂いが漂ってきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」
煙が立ちのぼる。
十分後、テーブルに置かれた皿を見て黒斗は固まった。黒い。全体的に黒い。
「これは何だ」
「ハンバーグ」
即答だった。
箸でつつくとやけに硬い。黒斗は覚悟を決めて一口食べる。焦げの苦みと塩気が容赦なく広がった。
水を飲み、静かに息を整える。
「……どう?」
ほんの少しだけ不安が混じった声。
黒斗は正直に答える。「まあ、死なない」
「合格ね」
「合格ではない」
それでもミオは小さく笑った。昼間の鋭い表情ではない。ただの少女の顔だった。
黒斗はもう一口食べる。やっぱり焦げている。
だが、不思議と悪くない。
「……悪くない」
ミオが一瞬止まる。「本当?」
「嘘は言ってない」
空気が少しだけ柔らぐ。
外では夜が深まっていく。観測は終わっていない。敵も動いている。だが今は、焦げたハンバーグの匂いと、不器用な静けさだけがこの部屋を満たしていた。
ミオがぽつりと言う。「強くなるなら、ちゃんと食べなさい」
黒斗は苦笑する。「その前に料理を修行しろ」
「……検討するわ」
窓の外、遠くの屋上で小さな赤い光が一瞬だけ点滅した。
観測は続いている。
そして黒斗はまだ知らない。自分が“育てられている側”であることの、本当の意味を。




