帰路に落ちる影
夕暮れ。
空は赤く、街は静かに色を落としていく。
黒斗とミオは並んで歩いていた。
「……今日、変だった」
黒斗がぽつりと呟く。
「視線?」
ミオは前を向いたまま答える。
黒斗は頷く。
「敵意はなかった。でも……測られてる感じがした」
その瞬間。
風が止む。
音が、抜ける。
足元の影が、わずかに歪む。
ミオの足が止まる。
「来るわよ」
地面が、ひび割れるように暗く染まる。
そこから、滲み出る。
黒い塊。
液体のように揺れ、骨のように硬質化し、
人の形を取る。
顔はない。
目もない。
だが、空洞の中心から圧が放たれる。
「……マリス」
ミオが低く呟く。
黒斗の背中に冷たい感覚が走る。
戦場の気配。
だが以前とは違う。
濃い。
重い。
マリスは動かない。
ただ、立っている。
見ている。
黒斗の影が、勝手にざわつく。
(勝手に……?)
自分の意思ではない。
影が、応答している。
「黒斗、これは試しよ」
ミオが一歩前に出る。
「本隊じゃない。圧力をかけに来ただけ」
マリスの腕がゆっくり持ち上がる。
空気が軋む。
一瞬で距離が消える。
黒斗は反射で腕を上げる。
衝撃。
地面が砕ける。
だが吹き飛ばされない。
踏みとどまる。
「……軽い?」
以前より。
確実に。
マリスの拳を受けながら、黒斗は理解する。
(俺が強くなってる)
ミオは動かない。
見ている。
黒斗がどう対応するかを。
マリスは二撃目を放つ。
今度は避ける。
体が、自然に動く。
影が補助している。
マリスが一瞬止まる。
記録している。
評価している。
その瞬間。
黒斗の影が、逆に伸びる。
意思とは別に。
マリスの腕を掴む。
「……っ!?」
黒斗が驚く。
影が“攻撃”を選択した。
マリスの身体が崩れかける。
だが完全には壊れない。
崩れながら、後退する。
そして地面に溶ける。
消える直前。
黒斗の脳裏に、声のようなものが走る。
適合率、上昇。
静寂。
夕暮れが戻る。
黒斗の呼吸が荒い。
「今の……なんだ?」
ミオはゆっくり息を吐く。
「観測が終わったのよ」
黒斗は地面を見る。
ひび割れは消えている。
だが、確実に感じる。
日常は、もう安全圏ではない。
ミオが黒斗を見る。
「もう“対象”じゃないわ」
「え?」
「あなたは、段階が上がった」
遠く。
ビルの屋上。
誰かが端末を閉じる。
「予想値を超過。次段階へ移行」
夜が、静かに降りてくる。




