先に触れる者
放課後。
夕方の光が校舎を橙色に染めていた。
黒斗は昇降口で靴を履き替える。
胸の奥の違和感は消えていない。
だが確証はない。
(考えすぎかもしれない)
そう思い込もうとする。
校門の外。
ミオは静かに立っていた。
視線は二階、三列目の窓。
「……降りてくるわね」
数分後。
一人の女子生徒が校舎から出てくる。
歩幅は一定。
視線は泳がない。
だが黒斗の背中を見たあの目と、同じ温度。
ミオは進路を遮るように、自然に一歩踏み出した。
女子生徒は止まる。
「……何か用ですか?」
声は柔らかい。
だが、感情の起伏が薄い。
ミオは微笑む。
「黒斗を見ていたでしょう?」
沈黙。
風が吹く。
制服の裾が揺れる。
「見ていません」
即答。
速い。
否定が速すぎる。
ミオは一歩、距離を詰める。
「あなた、“観測側”ね」
その瞬間。
女子生徒の瞳が、ほんのわずかに収縮する。
正解。
だが次の瞬間、元に戻る。
「意味が分かりません」
ミオはそれ以上踏み込まない。
ここは戦場ではない。
校門前。
人の目がある。
「忠告しておくわ」
声の温度が下がる。
「彼はまだ未完成。でも….」
一瞬だけ、空気が変わる。
「壊せるものじゃない」
女子生徒は静かにミオを見る。
初めて、感情が揺れる。
「……護衛ですか?」
「違うわ」
ミオは首を横に振る。
「私は、選択肢」
意味が分からない、という表情。
だが女子生徒はそれ以上聞かない。
代わりに、静かに告げる。
「彼は対象です。それ以上でも以下でもない」
対象。
その言葉に、わずかに殺気が混じる。
だが暴れない。
「誰の指示?」
沈黙。
女子生徒は微笑む。
初めて、人間らしい笑み。
「観測は、命令ではありません」
そのまま横を通り過ぎる。
ミオは振り返らない。
追わない。
「……厄介ね」
呟く。
あれは刺客ではない。
記録者。
評価者。
黒斗が“どこまで育つか”を測る存在。
そして。
それは単独ではない。
校門の向こう。
黒斗が歩いてくる。
何も知らずに。
ミオは表情を戻す。
「おかえり」
「……何かあったか?」
「いいえ」
嘘ではない。
だが、すべては言わない。
まだ早い。
黒斗はまだ、自分で立たなければならない。
遠く。
ビルの屋上。
別の影が、二人を見下ろしていた。
観測は、始まったばかり。




