影、浮上
朝。霧は昨日より薄い。
黒斗の影は地面に広がる。揺れているが、崩れない。
ミオが小さく呼ぶ。
「……玄真」
空気が止まる。
黒斗が振り向く。
「誰だよ」
「この人の名前」
男は視線を落とす。
「久世玄真」
黒斗は少し笑う。
「玄真、な」
男は否定しない。
「呼びたければ呼べ」
その声は静かだが、わずかに硬い。
ミオは見逃さない。
「まだ背負ってる」
玄真の目が細まる。
「余計なことを言うな」
黒斗が割って入る。
「で、玄真」
初めて名を使う。
「次は何だ」
沈黙。
玄真は一歩前に出る。
「安定は終わりだ」
影が広がる。
「今日からは“崩壊”だ」
黒斗の眉が動く。
「は?」
「お前の影は揺れる。それを消すな」
玄真の影が黒斗の影に触れる。
「揺れを最大まで引き上げろ」
空気が重くなる。
黒斗の影が一気に膨らむ。
ざわ、と地面が軋む。
ミオが息を呑む。
「止めなくていいの?」
玄真は動かない。
「まだだ」
黒斗の視界が歪む。
父の影が脳裏をよぎる。
怒り。
敗北。
カリギュラ。
影が浮く。
地面から、離れる。
玄真の目がわずかに見開く。
「……浮いた?」
影が黒斗の足元から剥がれ、背後に立ち上がる。
父とは違う形。
尖っている。
荒い。
黒斗が歯を食いしばる。
「飲み込め……!」
影が暴れ、岩を砕く。
玄真が初めて動く。
踏み込み、拳で影を打ち抜く。
衝撃。
黒が霧散する。
黒斗が膝をつく。
静寂。
玄真は低く言う。
「今のが、お前の可能性だ」
ミオが黒斗の肩に触れる。
「怖い?」
黒斗は息を荒くしながら笑う。
「いや」
目を上げる。
「面白い」
玄真の口元が、ほんのわずかに緩む。
「なら続ける」
霧の向こうで、何かが揺れた。
それは、遠くから見ている。
まだ姿はない。
だが――
確実に、気づいた。




