影の芯
夜。山の空気は冷たい。
黒斗は地面に立ち、影を広げようとする。だが黒は滲み、輪郭を持てない。
「焦るな」
師匠の声は低い。
「お前の影は暴れているわけじゃない。揺れているだけだ」
「違いあんのかよ」
「大ありだ」
師匠は自分の影を広げる。黒は静かに地面へ沈み、揺れない。
「これが“芯”だ。影は力じゃない。形だ。意思だ。構造だ」
黒斗は睨む。「親父も、それ使えたのか」
一瞬だけ、師匠の影が揺れた。
「あの人は……もっと静かだった」
悔しさとも尊敬ともつかない響きが混じる。
「だが同じだった」
黒斗が眉をひそめる。「何が」
「型だ」
空気がわずかに張る。
「俺の影も、あの人の影も、根は同じ構造だ」
師匠は続ける。
「同じ型は、カリギュラには通じない」
黒斗の影がざわ、と波打つ。
「……どういう意味だ」
「相性だ。構造の噛み合わせだ。俺たちの影は“あいつ”にとっては読み切れる」
沈黙。
「だから俺は戦わなかった」
黒斗が顔を上げる。
「逃げたってことか」
師匠は否定しない。ただ静かに言う。
「戦えば、同じ結末になるとわかっていた」
風が吹く。
「俺はあの人が焦るのを止められなかった。だから同じ焦りは選ばなかった」
間。
「待ったんだ」
黒斗の影が揺れる。
「“違う影”が生まれるのを」
視線が落ちる。
黒斗へ。
「お前の影は似ている。だが同じじゃない。怒りを持ち、揺らぎを持つ」
一歩近づく。
「それが弱さか、突破口かは、お前次第だ」
黒斗は歯を食いしばる。
「俺は……親父じゃない」
影がわずかに沈む。
初めて、静けさが生まれる。
師匠が小さく息を吐く。
「いい」
夜はまだ冷たい。
だが黒斗の影の奥で、何かが確かに形を持ち始めていた。




